102.マフィンの行方


「ま~えさ~かくん!!」

「?」


 神鳥さんからの拉致&面談という、謎の行事が終わった翌日。

 いざ昼休みで食堂に行こうと足を踏み出したところ、扉の目の前で立ちふさがる人物が一人。


 その脇を通り過ぎようと横にずれると彼女も横へ。

 再度逆方向によけたら同じ方向へ。


 後方の扉から出ようとしたら服をつかまれた。


 …………はい。回避不可能ということですね。わかりました。


「も~! なんで無視するの~!」

「いや、だって……ろくな事にならなさそうだし」


 目の前にいる少女――――小北さんが頬を膨らませて怒ってますというように眉を尖らせている。

 ほら……ただでさえ小北さんは人気あるんだからそんな声出すと注目が集まるじゃないか。


「ロクなことってなに~! 前坂君はカラオケ誘っても着いてきてくれないし……私ってウザいかな…………?」

「えっ……ちょっ……! 小北さん……!」


 段々としぼんでいく声。

 突き刺さるは背後、教室からの視線の山。主に女子によるものだ。

 小北さんは両手で顔を隠し、その肩を小刻みに揺らしている。


 そこまで行けなかった事を気にしていたとは。俺からも話しかけに行けばよかった。

 そう思って警戒し、離れていた距離を少し縮めていく。


「ごめん小北さん……全然そんな事思ってなんか…………えっ――――」


 語りかけながら一歩、また一歩と距離を詰めていたその時だった。

 突然彼女の手が俺の手首に伸び、しっかりと掴まれる。


 全く予想していなかった彼女の行動に俺も間抜けな声が出てしまう。


「……捕まえたっ! 前坂君!食堂いこっ!!」

「えっ…………えっ!?さっきのは!?」

「ごめんね、半分ウソ。もう半分は今日こそ捕まえられないかな~って思ってね」


 ウィンクをし、軽く舌を出す小北さん。


 やられた。

 それを狙っていたのか、彼女の右手は俺の左手首をしっかりホールドしていて離す様子がない。全力で抵抗すれば出来ないこともないがそんな大人げないことはしたくない。

 その計画性と演技力には脱帽だ。諦めて俺は両腕を上げる。


「食堂……だっけ?」

「うんうん! さ、行こ!前坂君は何食べるの!?」


 行きながら会話するのはいいけど離してくれませんかね?

 教室から食堂までの長距離、俺は知り合いたちの視線を受けながら彼女に引っ張られて食堂へと足を運んだ。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「え~! 私の作ったマフィン、リオ様に食べられてたの~~!?」


 食堂の一角。

 目の前に座る少女が目を丸くして小さく叫ぶ。

 その叫びは決して周りの目を引くような声量ではなく、ちゃんと配慮してくれているようだ。

 それでも少し驚いて目を丸くしたものの、すぐに居住まいを正して彼女と向き合う。


「小北さんが帰った後すぐにリオが教室に来てね……」

「教室に!?」


 やっぱり驚くよね。俺も普通なら信じられないよ。リオだからできる芸当だ。


「いいなぁ~。あの後すぐ来てたんだ~。 私ももうちょっと残ってたらお会いできたのになぁ……」


 いや、多分そうなったらリオは姿を表さなかったと思う。

 あれ?小北さんはリオが来ることに疑問を持たないの?


「それで!? リオ様はなんて言ってた!?」

「え…………え~と、美味しいって。また食べたいって言ってたよ」

「~~~~~!!」


 その言葉を聞き、テーブルの上にあるサンドイッチを避けて頭から倒れ込む小北さん。その上拳を作ってテーブルを叩いている。

 また食べたい、というのは付け加えたが確かに美味しいと言っていた。きっと憧れの人に食べてもらえたのが嬉しいのだろう。



「…………そういえば」

「?」


 しばらく机に伏せって悶ていた小北さんが小さく呟く。その声色は落ち着いてはいたが、なんとなくそれを超えて少しだけ拗ねたような感じだ。


「あの日、もう家を出たお姉ちゃんがさ、マフィン片手に帰ってきたんだよね……」

「はぁ…………」


 唐突の話題の切り替わりにただ俺も音を出す。


 小北さんにはお姉さんがいたのか。

 妹もそうだが、きっと美人なのだろう。


「それでね、よくよく見たら私が作ったのにソックリだったんだよね……誰に貰ったのって聞いても教えてくれないし、のぞみちゃ……姪っ子も口をつぐんじゃうし…………」

「……んん?」


 のぞみちゃん?マフィン?

 あれ、どこかでその話聞いた覚えあるんだけど……しかもピンポイントであの日だし。


「ねぇねぇ前坂君、何か知らない?」

「…………シラナイカナ?」

「ホントぉ?」

「…………」


 しばし二人して見つめ合う。

 それは決してロマンティックなものではなく意地の張り合い。嘘を付いていないと告げるため。

 俺は決して言ってたまるかとその目を逸らさずに、綺麗な彼女の瞳をジッと見つめ――――あ、やっぱムリ。


「あ~!目を逸したぁ! やっぱりそうだったんだぁ!!あの日お姉ちゃんもリオ様と会ってたんだぁ!!」

「い、いや! あれはあくまで偶然で! たまたま公園で知り合ったからリオが遊び相手になって…………」

「遊び相手になってくれたの!? のぞみちゃんの!?」


 しまった。

 語るに落ちるとはこういうこと。

 今更口をつぐんでももう遅い。俺は諦めてあの日のことを伝える。


「…………あの日はね、教室にリオが来て、それからプラプラとしてたらボール遊びしてたのぞみちゃんたちと知り合ったんだよ。リオが一緒にボール遊びして、その帰り際にマフィンを渡したってわけ」

「いいなぁ~。 私も遊んでほし~」


 流石に未就学児相手だからやったわけであって、リオも高校生相手にはやらないと思う。そもそもリオのほうが年下でしょうに。


「いいなぁ……前坂君はあのお三方と知り合いで…………ん?プラプラって、デート?」

「あ、いや……デートじゃなくって…………」

「ふぅん……」


 良い言い訳が見つからなかったからかその目は懐疑的だ。

 しばらく彼女はジト目で此方を見つめてきたが、すぐにため息を一つ吐いて元通りの顔へと戻る。


「ま、エレナ様と知り合いなんだしそういうこともあるよね。 それでさ前坂君、本題なんだけど……」

「?」

「週末、どこか遊びに行かない? ほら、前行けなかったカラオケとか!!」

「…………週末、かぁ」

 

 彼女が腰を上げて誘ってくるのに対し俺が食いつくことはない。


 週末といえば、彼女たちの家に家に言って大掃除をする日だ。

 その申し出はとても嬉しいが先約がある以上、承諾するわけにはいかない。


「もしかして……何かあった?」

「うん。 ごめん」

「……そっか。 うん、私こそごめんね変なこと言って。 さ、前坂君も食べ終わったみたいだし教室戻ろっか?」


 小北さんは机の上を片付け始めるのにあわせて俺も続いてお盆を手に持つ。

 彼女のその言葉の奥には何か抑える物があるように思えて何も返事をすることは出来なかった。



「――――でも! 前坂君、私は諦めるつもりはないよ!絶対!絶対一緒にカラオケ行ってもらうんだからねっ!!」


 そう言って手にしていた俺のお盆を奪い取り、一人小走りで返却口まで持っていく小北さん。

 あぁ、この元気さ、優しさがモテる秘訣なんだろうな。俺はさっき見えた表情とは違い、抑えるものが何も無い表情を見て彼女の後を追っていった。

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