014.デート?
電車を二つほど乗り継いで早1時間弱。
俺の家ともエレナの家とも生活圏からは遠く離れた街、それが今回指定された場所だった。
待ち合わせ場所となっている駅で電車を降り、発車標にある時計を確認する。
「ちょっと早く来すぎたかな……」
現在時刻は午前12時半。待ち合わせ時刻の13時までにはまだ時間がある。
そのまま待ち合わせ場所でノンビリ待つということもアリだが30分間ずっと立ちっぱなしというのも味気ない。さてどうしよう。
……そうだ。たしか改札を出た先にコーヒーチェーン店があったはず。そこでフラペチーノか何か買って待つのがいいだろう。
そう自分の中で結論付け、改札をくぐるためICカードを取り出す。
「あのぅ…………弟くん、ですよね?」
「えっ?」
改札でカードをタッチしようとしたその時、突如後ろから声を掛けられたのは先週も、昨日でさえ聞いた、透明感を感じさせるような綺麗な声。
彼女が改札内に居るのはおかしいと思いつつも振り返ると、そこには以前と同じように変装を施した江嶋さんの姿が。
「よかったぁ……違ってたらどうしようかと……」
「えと、電車で来たんですか?」
ほっと肩を撫で下ろす彼女へ真っ先に気になることを聞いてみる。
いくら変装しているとしても人の多い電車に乗るのはいささかリスクがあるだろう。
辺りを見渡す限り気にしている人は居ないようだから幸いにもバレては居ないようだが。
「ま……まさか! タクシーで来てそこのお店で待ってました。あそこなら来たらすぐわかるので……」
その視線の先にはポツンとハンバーガーショップが。たしかに、窓に向けてカウンター席が設けられていてこちらの様子が丸わかりだ。
それでも、今はまだ集合30分前だというのに彼女はいつから待っていたのだろうか……
「それに……ほら、私って地味ですから。きっと誰からも気づかれませんよ。 この変装だって外しちゃってもいいくらいに……」
「えっ……いやいや! それは絶対に止めてください!」
突然、往来のど真ん中で帽子とサングラスを軽く上げるものだから慌ててそれを静止させる。
危ない……一瞬男性恐怖症のことを忘れててその手に触れるところだった。
「絶対にバレませんのに……試したことないですけど」
「絶対にバレるので止めてください。ただでさえ人目を惹くほど可愛いんですから……」
本日の彼女はエレナと色違いの黒のキャスケットに白いティーシャツ、踵上まである紺色のロングスカートにヒールサンダルと、涼しさを感じさせる夏の装いだった。
また、目をそらしながらもサングラスの隙間から見える茶色の瞳がチラチラとこちらの様子を伺うように動き、その仕草からして彼女の可愛さが滲み出ている。
「それは……えっと、ありがとうございます……」
「い、いえ……」
お互い、改札口の真ん前だというのに黙りこくってしまう。
幸いなのは日曜で往来が少ないのと、数の多い改札かつ端に居たことだろう。たまにこちらの様子を伺うような視線を感じるもののただそれだけだ。
「そっ、そうです! 今日は何か用事あったんですよね!?」
「は、はいっ! それも含めて、歩きながらお話しますね」
俺の言葉に彼女は目が覚めたかのようにキビキビと動き出して改札を出ていく。
すれ違った時に見えたその耳は真っ赤に染まっていて、俺も顔が暑くなっていることに気がついたが誤魔化すように首を振って後ろをついていった。
「今日エレナを呼ばなかったのって何か理由があるんです?」
駅から出て人の流れに従いながら彼女と少し距離を開けて歩くのもそこそこに、昨日から気になっていたことを問いかける。
「あっ、やっぱりご存知なかったのですね。 来週末はえーちゃんの誕生日なので、その意見を頂けたらと思ったのと……弟くんも買うべきですよね?プレゼント」
彼女は一旦振り返って可愛らしく首をかしげて聞いてきた。
そうか、もうエレナの誕生日なのか。以前調べた時はそこまで見ていなかった。
弟といっても偽の関係だし買わなくてもいいかなと一瞬頭をよぎったが、先週のホテルの件などもあるし用意すべきだろうと思考を改める。
「そう、ですね。ありがとうございます、教えてくれて」
「いえいえ! 私も貴重な意見を聞きたいと思っていましたので!」
自身の眼前で手を振って謙遜してくれる江嶋さん。
でも、なんで俺なんだろう……
「なぜ俺なんですか? 男なのに……それに、他のご友人とかは?」
「えっと……私達って業界では異端の方なのであんまり友達って居ないのと、男の人でも弟さんはまだ大丈夫っていうか……すみません。その、迷惑……ですか?」
江嶋さんは伺いを立てるように恐る恐るといった様子で問いかける。
そんな事ない。むしろ俺でいいのだろうかと不安になるレベルだ。
「全然!むしろ光栄っていうか、その……頑張ります!」
彼女は『よかった…』と小さく呟いて口の前で手を合わせる。
俺もよかった。これで解散!ってなったら残酷すぎる……
「そういえば……グループって3人組でしたよね? もう一人に聞くとか……」
すっかり忘れていたがストロベリーリキッドはたしか3人ユニットだったはずだ。
エレナ、江嶋さんときてもうひとり居たはず。確か名前は――――
「それは……ダメです」
「……江嶋さん?」
俺が問いかけた途端、彼女は足を止めて手にしていたショルダーバックを地に落とす。
ふと妙に思って伏せてしまったその顔を覗き込むと、恐れているのか怒っているのか、小刻みに肩が震えていた。
「あの子だけは……ダメです。 あの子には悪いですが、それが私達の為なんです……」
「は、はぁ……」
彼女は目を見開き、心底怯えた様子で声を震わせる。
その尋常じゃない変わりように俺も言葉を失ってしまう。
もしかして、同じグループでも仲悪いのかもしれない。少なくともネットでそんな噂は見たことなかったが。
「そっ……そんなわけで! 私には弟くんしか頼りにできないのです! あはは……」
変な空気になったのを力づくで切り替えるように、地に落ちたバックを拾い上げて笑い声を上げながら歩み始める江嶋さん。
俺もこれ以上は突くべき案件じゃないと判断し、その話題は封印して彼女の後をついていった。
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―――――――――――
―――――――
「し……死ぬかと思った……」
「すみません……」
日も傾き始めて比較的涼しくなってきた時間帯。俺たちは買い物を終えてコーヒーチェーン店でお互い顔を突き合わせていた。
あれから彼女の買い物はまさに怒涛の勢いだった。
ビルに出店されている店を全制覇する勢いであっち行っては吟味して、こっち行っては更に吟味して。
その上気になることができたら階を戻ってまたもや同じ店に舞い戻ることが多々あった。
それくらいならまだまだ余裕なのだが、彼女が個人的に買うものも俺が荷物もちになると安請け合いしたものだから、時間が経つごとに荷物が積み重なって最後には相当な重量になってしまった。
まだエレベータが使えたらマシだったのだが、バレるかもしれないという警戒から階段を利用した結果、昨日のランニングを遥かに越える運動量をこなした気がする。
ちなみにその荷物は全部コインロッカーに詰め込んだ。タクシーを呼んだ時そっちに詰め込むつもりで。
「いえ、俺もいいプレゼントを見繕えたからよかったです。ありがとうございました」
「それだと……いいんですが……」
それでも彼女は申し訳無さそうにしながら自身のフラペチーノに口をつける。
俺としては荷物持ちとはいえ初めてのデート気分を味わえたから十二分に満足なのだが。
「ところで、江嶋さんが今日お休みって事はエレナも休みですよね? エレナは今何を?」
「…………」
「……あれ?」
ふと話題を切り替える為に適当に口に出してみたものの彼女は頬を膨らませたまま喋ろうとしない。
考え事でもしてて聞こえなかったのかな?
「えっと、エレ――――」
「むぅ、弟くんは女の子とデートしてるのに他の子の心配ですか?」
「…………!? えぇ!?」
まさかの彼女らしからぬ言葉に思わず目を丸くしてしまう。
これってデートだったの!?それなら、こんな適当に買い物に付き合っただけでは楽しんでもらえなかったかもしれない。もっと色々とプラン練っておけばよかった!
そんな彼女の様子に戦々恐々としていると、俺のリアクションを見ていたのか彼女の頬が緩んでいく。
「――――ふふっ。 冗談です」
「はぁ……ビックリしましたよもう……」
彼女が微笑んで、空気が弛緩したことで俺も肩の力が抜けていく。
これは……冗談を言ってくれるようになったのだから、少しは心の距離が縮まったってことでいいのかな?
「えと、えーちゃんは家で何か練習したいことがあるって言ってたので一日籠もってるはずですよ?」
「それは……何の練習でしょうね?」
「さぁ……家事の練習だといいんですけれど…………」
そう言って一つ嘆息する江嶋さん。
あぁ……たしかに料理とか、ね。
「あはは。確かに家事は必須ですものね…………っと、そろそろ日も暮れそうですが時間、大丈夫です?」
ふと気になってスマホで時間を確認するとなかなかいい時間となっていた。
もうしばらくすれば暗くなる。名残惜しいがそろそろお開きの時間だ。
「あっ…………」
「江嶋さん?」
「いえっ……変わらず、使ってくれてたんですね……嬉しい、です」
そう言って口元を隠すように掲げていたのは彼女のスマホ。
そこには柄もサイズもまったく一緒なため、シャッフルされるとわからないほどおそろいのものが。
「え、えぇ。 買ってくださったものですから……」
「できれば……ずっと愛用してくださると、嬉しいです……」
なんだか恥ずかしくなり、お互いに顔を逸してしまう。
さぁどうしようと思い始めたが、急に正面に座る彼女が勢いよく席を立ち始めた。
「え……えと、確かにもう時間ですね! 日が落ちる前に帰りましょっ!」
「あっ、はい……」
そんな彼女の勢いに圧されて俺も帰る準備をして店から出る。
もうこの時間も終わりか……そんな寂しい気持ちになりながら駅までの道を歩みだすと不意に――――江嶋さんが俺のすぐ横まで近寄ってきた。
「え……」
「あ……あのっ! で、デートですから!このくらいは……大丈夫……です!」
すぐ横まで近寄った彼女が手にするのは俺の袖口。
今日一日、行動を共にすると言っても1メートル弱は距離を取っていたし、きっと彼女からしたら相当頑張った行動なのだろう。
その証明として手どころか身体全体が震え、必死に男性という存在に耐えているようだった。
「ご……ごめんなさい! 私なんかがおこがましいですよね!?迷惑ですよね!?」
「あっ、いや! そんな事ないです!!」
耐えられなくなったのか勢いよく手を離して俺と距離を取る。
そんな彼女を引き止めるかのように俺は片手を彼女に伸ばした。
「えと、さっきの、すごく嬉しかった……です」
「ほ、本当ですか?」
その言葉があまりにも縋るように聞こえたからゆっくりと頷く。
するとまた彼女も、今度はゆっくりと。ゆっくりと俺の横に立ってその袖口を再度ちょこんと摘んでくれる。
「あのぅ……もう一個いいです、か?」
「なん……でしょう」
「あの、ずっと『弟くん』は変な感じなので……し……しん…………『前坂くん』って、呼んでもいいですか?」
その問いにはもちろん『喜んで』と答える。
それからの俺たちは互いに会話することなく、迎えに来てくれるタクシーを隣り合ったままただただ無言で待ち続けた。
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