015.3人目
「「誕生日おめでと~!!」」
江嶋さんとの買い物を終えた翌週、エレナの家にクラッカーの軽快な音が鳴り響く。
本日の主役であるエレナは困ったような、それでいて嬉しいような複雑な表情で俺たちのお祝いを受け止めていた。
リビングの壁にはHappy Birthdayと描かれた壁飾りやリースなどが飾られており、テーブルの上にはパエリアやローストビーフ、フォカッチャピザなど、様々なご馳走が並べられていた。
聞くところによるとこれら全て江嶋さんが用意してくれたらしい。
まさかここまで料理ができたとは……仮にも一人暮らしをしている俺と比べてもその差は歴然だった。もはや弟子入りしたいレベル。
「ありがとう……! アイも、毎年嬉しいわ」
「ううん、私がやりたくてやってることだから。 それに、今年はお客様がいるから張り切っちゃった!」
2人の視線がこちらへと集まってきた。
床に散らばった紙テープを回収していてその会話を聞いていなかった俺はその視線に困惑してしまう。
「え……えっと?」
「気にしなくていいのよ。 キミもありがとうね、今日来てくれて」
「いやまぁ、ここまでセッティングされたらね……」
例年はもっと小ぢんまりしたお祝いだったらしいのだが、今回に限っては料理の質や飾り付けなど、結構豪勢にしたと聞いた。
なんでも仕事をキャンセルしてまで自宅で行うことにこだわったとか……そこまでお膳立てされて誘われたからには断るわけにもいくまい。それに先週、プレゼントも準備したわけだし……
「それじゃ! ご飯にする前にプレゼントを渡しましょっ! 持ってくるからちょっと待ってて!」
場を盛り上げるためテンションを高くしてくれている江嶋さんがプレゼントを取りにリビングを出ていってしまう。
そうして残ったのは俺とエレナの2人。ハイテンションだった彼女が居なくなり、ニュートラルな2人のみが残されて場が静まってしまった。
「…………今日は来てくれて本当にありがとね。お祝いしてくれてとっても嬉しいわ」
そんな言葉が静かな部屋に響く。彼女は俺と視線を合わせることなくコップに注がれたオレンジジュースをじっと見つめている。
「ううん。俺も暇だったし、こんなにおめでたい場に呼んでもらえて光栄だよ」
「えぇ……そうね…………。 いいえ、そうよ!光栄に思うことね! 世界広しといえどもアイの絶品手料理を食べられることはそうそうないんだから!」
少ししおらしかったのも束の間、すぐにいつものテンションを取り戻した彼女は自らが作ったかのように腰に手を当て自慢気に勝ち誇る。
エレナが料理に参加しなくて本当に良かった。彼女も手伝っていたらきっと料理の色が一段階摩訶不思議なものになっていただろう。
「俺も思うよ。 こんなに料理上手なんて知らなかった」
「あの子ったら田舎に居るときからいっつも料理をしてたからね。このくらい当然よ」
エレナは少し懐かしむような口調で語りかける。その言い方だと2人は昔からの知り合いだろうか。
もしかして、エレナは料理できないのは江嶋さんが代わりにやってるから……?
「…………それにしても」
彼女は持っていたコップを起き、江嶋さんが出ていった扉を見つめだす。
「先週からあの子、すごい張り切ってたわ……知ってる?キミを呼ぼうって言ったのもあの子だったのよ」
「えっ!? 江嶋さんが!?」
その驚きの事実に彼女は黙って首肯する。
てっきりエレナが提案して江嶋さんが準備に勤しんだのかと思っていたが……もしかして、先週の買い物のおかげだろうか。
少し視線を落として思案していると、気がついた時にはエレナの顔がすぐ近くに寄っていた。
彼女の小さな顔が上向きになって俺の顔をジッと見つめている。
「うわぁっ!?」
まったく気配もなく近づいてきた彼女に驚いた俺は思わず距離を取ってしまった。そんな様子の俺に一瞬ムッとした顔を見せた彼女はすぐいつもの表情に戻り両腕を組み始める。
「…………ねぇ、私の知らないところであの子と何かあった?」
「えっ……いやぁ……知らないなぁ…………」
いきなり図星を指されて虚を突かれたが、できる限り表に出さないよう努めてなんとか誤魔化す。
内緒って言われたし、俺が話すわけにはいかないだろう。
「ふぅん…………」
「あ、ははは…………」
エレナは更に一歩俺に近づいて殆ど引っ付くほどに距離を詰められる。
「…………」
「…………」
彼女は俺の顔を覗き込み、俺は目を逸らすように窓に顔を向けて無言の追求を逃れていく。
早く……早く諦めてくれ……!
「…………」
「…………~~~!!」
「……はぁ。 ま、いいわ。」
「ほっ……」
その圧に耐えながらも限界が近づき、もう全てを打ち明けてしまおうかという思いが頭をよぎったその時、ため息をついた彼女はようやく離れてくれた。
「いい? キミは私の弟なんだからね? 忘れないでよ?」
「それも設定だけどね……」
ボソッと聞こえないくらいの声量で呟いたら見事睨まれる。
また無言の追求が始まるかとも思われたが、彼女はまた一つ嘆息して話題を切り替えてくれた。
「…………それにしても遅いわね。 何かあったのかしら?」
「さぁ……江嶋さんの家って近いの?」
「あら、知らなかったの? この部屋に入る前に扉が3つあったでしょ?一つがあの子の部屋よ」
近いどころかお隣さんだった…………
それを考慮するなら彼女が出ていってもう5分は経過している。確かに遅いくらいだ。
これだけ遅いのなら、江嶋さんには悪いが先に進めさせてもらおう。
「エレナ」
「あら、何かしら?そんな真剣な顔して。私にプレゼント…………なぁんて。 誕生日って知ったのは昨夜でしょうし、無理は言――――」
「そうだよ」
「――――わない…………ってえ?」
どうやら彼女は俺が準備していることを予想していなかったのだろう。
冗談で言ったつもりのセリフを肯定すると彼女は固まってしまい、の隙にバッグから小さな小包を取り出して差し出していく。
「はい、これ。 誕生日おめでとう。 エレナにとってはつまらないものだろうけど……」
「…………開けても?」
なんとか咀嚼したであろう彼女の問いを笑顔で頷く。
その言葉を受けてテーブルまで移動したエレナはその包みを破くことなく、一折り一折りを広げるようにしてゆっくりと開封していった。
「――――わぁ…………! これは……バスソルト?」
「うん。 いつも仕事とか忙しいだろうからせめてお風呂でもと思って」
先週、俺が江嶋さんと買い物で見つけたのはリラクゼーション用品だった。
そこで彼女の提言により入浴剤にも良し、芳香剤としても良しの万能品だからと、バスソルトを選択した。もちろん香りの好みもある上、彼女にとっては安物だろうから気に入らないといえばそこまでだが…………
「エレナにはホテルの件でもお世話になったから。 気に入らないようなら回収するけど……どう、かな?」
恐る恐る問いかけるも彼女からの返答はない。
これは失敗か――――
そう思って諦めながら手にしているバスソルトにを回収しようとするとその身で庇うように隠されてしまう。
「なによ!一度くれたものだからもう返さないわよ!…………じゃなかった。 このバスソルト、気持ちが籠もっててちゃんと私の為に選んでくれたんだもの。大事にする。 ありがとう――――慎也」
いつもの調子で否定したのも一瞬のこと。
彼女は真面目な表情でお礼を言い、その碧色の瞳に射抜かれながら真っ直ぐ俺の名前を呼んでくる。
「ま……まぁ、喜んでもらえてよかった」
「えぇ。貰えると思ってもみなかったから余計嬉しいわ。 それも一番嬉しい誕生日だと言えるくらいにね」
その真摯な様子に嬉しくも恥ずかしくなり、思わず目をそらしてしまった。
なんだかそこまでべた褒めされると調子が狂ってしまう。
そう思いながら天を仰いでいると不意に自身の胸元に衝撃が――――
突然の出来事に慌てて顔を下ろすとそこには1つの影がぶつかってきていた。
「っ…………え、エレナ!?」
「なんだか今日はとっても気分がいいわ。 私達以外誰も居ないことだし、そのままぎゅってしていいわよ」
衝撃の正体はエレナの頭だった。
彼女はいつの間にやら再度俺と距離を詰め、その胸元に額を当てている。もはやお互いに抱きしめていないものの、それすら容易なほどに。
「で、でも……」
「キミは私の弟なんでしょ? ここは姉のいうことを聞きなさい」
重ねて彼女からご要望だとは……その言葉にしばらくやるべきか悩んだが、たしかに誰も周りに居ないしやましいことでもなんでもない。
たしかにこれは姉へのハグだ。弟が姉に軽くハグすることの何が悪い。 そう自分の中で言い訳をして腕をその背中に回そうと動かす。
「おぉ~っと、これは禁断のラブストーリーの始まりか~?」
「「!?」」
――――その時だった。
俺の腕が彼女の背中に回ろうとしたその時、突如すぐ隣から何者かの声が掛けられる。
お互い第三者の声に心底驚いて距離を取ると、間を挟むようにして少女が一人しゃがんで頬杖をついていた。
「えっと……キミは……」
「いっ……いつの間に入ってきたのよ!!」
珍しくエレナは狼狽えながら大声で言葉を少女に投げつける。
しかし少女は眠いのか、その叫びを意に介する事なく半目のままエレナをゆっくり見上げていく。
…………この少女は見覚えがある。 俺もネットでだがその髪、その顔、その体型には俺も心当たりが。
「――――リオ」
「ん~? ほんのちょっと前かな~」
そう、リオ。
3人目の少女。
彼女は目を惹くほど綺麗な栗色の髪の毛を肩甲骨まで伸ばし、前髪を軽くシースルーにして全体的に気持ちウェーブがかかったような髪型をしていた。
立ち上がったその背丈はエレナより5センチほど高いくらい。江嶋さんよりも少し低いくらいだろう。
それでいて小さな丸顔にクリッとした大きな茶色の瞳、触れれば壊れそうな儚げを思わせるその雰囲気が見る者みなを魅了させるような印象を覚えた。
「あ~! リオっ! 私のプレゼント隠したでしょう!? 全然見つからないんだもの!」
俺たちの動揺を吹き飛ばすように、扉が勢いよく開いて現れたのは江嶋さんだった。
その手には紙袋を持ち、急いできたのか軽く肩で息をしている。
「え~? ちゃんと見つかる位置に置いといたでしょ~?」
「湯船の中を見つかる位置って言えるのはリオだけよ……」
なんてことのないように言う姿にため息をつく江嶋さん。
奇しくもこの場に、ストロベリーリキッドの面々が勢揃いするのであった――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます