天界で尊死



「こ、ここは………」


 知らない場所………のように見えて、実は良く知っている場所に俺はいた。


「はぁ、なんで毎度毎度あなたは」


 溜め息を吐きながらこちらへやってくるのは……神々しい雰囲気を纏う女性。


「女神なのですから神々しいのは当たり前です」


 などと偉そうに供述するが、実際は神の中でも下っ端にすぎないウェルディンデ様である。ていうか、当たり前のように心の中を読むの止めてくれませんか!?


「聴こえてしまうんですから、仕方ないんです!」


 子供みたいに頬を膨らませながら言われても説得力がありませんよ。ていうか折角の黄金比と抜群のプロポーションが台無しに…………いや、これはこれで可愛いかも……なんか萌えてきた!!!


「も、萌えるって………そんなこと言わないで下さい!」


 ついでに言うと、ウェルディンデ様は中々にウブである。人の心を読むことで、俺が何も言わない内に勝手に顔を赤くしてウジウジしてしまうほど、ウブでドジでアホウである。


「……ッ〜〜〜!!!」


 そして今はついに緊張に耐えられなくなって蹲っている。やってしまった感が出ていて大変に可愛いらしい。俺が先生なら無条件で花丸をあげちゃうね!


 どうやら手で顔を覆うことで赤面している顔を隠そうとしているようだが………真っ赤な耳を隠し切れていない辺り、本人が知ったら更に悶絶するんだろうな〜(ゲス顔)


「ん〜〜〜!!!!!」


 予想通り俺の心の中を読んだようで、ウェルディンデ様は更に体を縮めて羞恥心を和らげようとしている。尊い……。期待を裏切らぎるどころがそれ以上の反応をするとは………。


 恐らくだがウェルディンデ様はもう俺の心の中を読むのを止めている。俺の心の中を読むことで自爆することを悟ったのだろう。かわいいんだから、もう!


 ここは男として頭を撫で撫でして慰めてあげたいところだが、俺が決めている暗黙のルールの中にはこんなものがある。


『お触り厳禁』


 そう、俺は……俺達は決して尊いものにお触りしてはいけない。何故なら、それは禁忌であり、古代の先達らが築き上げてきた訓戒だからだ。


 尊いものはもう既に完成品。完璧な美を具現化した彼女らに触れるというその行為は、彼女らを穢すのと同義。触れた者は美に傷を付けたショックと自分が美と比べて余りにも醜いという事実に苛まれ、自ら断頭台に登るのだという。


 故に『お触り厳禁』


 だが、このルールには例外が存在する。


「いつもいつも………下らないことばっか考えていないで速く私を慰めて下さい!」


 顔を上げ、キッとした目でこちらを見るウェルディンデ様だが、瞳がうるうるとしているためやや迫力に欠ける。暫くこちらを睨んだ後に……顔を伏せる様子はどこかハムスターを想起させた。


 そしていよいよ数分も経たない内に『お触り厳禁』というルールの例外を説明する時が来てしまったようだ。


 その例外とは……単純だ。


 別のルールによる帳消しである。そして今回の場合は最も強力なルールが適用される。


『何か頼まれたとき、全命を以て迅速にそのミッションを達成しなければならない』


 つまり、彼女らの願いは何がなんでも叶えてあげなければならないということ。理由は言わずもがな、彼女らの悲しむ姿を見たくないから。


 一瞬でも彼女らが悲しむ素振りを見せたら……俺はその瞬間に自殺するだろう。彼女らを悲しませたという後悔はどれだけ懺悔を重ねたとしても消えることがない。


 その重圧に耐えることができるのは世界でも霊長類最強の名に相応しい数名のみ。例えるなら吉田沙(((((((((((殴


 だから、彼女らの願いは己に課せられた宿命を凌駕する。『お触り厳禁』などというルール以上に優先度の高い項目なのである。


 そして今、ウェルディンデ様はなんと申された?


『下らないことばっか考えていないで速く私を慰めて下さい!』


 イエス・ノーを考える暇など許されない。早急に慰めなければ……!!!


 俺は即座に悶絶しているウェルディンデ様へと駆け寄り、躊躇なく頭を撫でる。優しく愛情を込めて、指々の動きを繊細にコントロールする。一ミリの狂いも許されない。


 だが、努力の甲斐虚しくウェルディンデ様は顔を伏せたまま。つまり、まだ足りないということ。


 俺はウェルディンデ様の華奢な身体をそっと抱き締める。その女性らしい体付き故に当たる部分。脳が沸騰しかけるが、既の所で冷静さを取り戻す。


 ウェルディンデ様の許可なく身体を堪能するなど許されまじき行為。冷静になることは義務であり責任。欲情なんてもっての他。俺とウェルディンデ様が釣り合うなどと考えることすら烏滸がましい。


 優しく抱き締めながらも、頭を撫でることは止めない。頭を撫でるとその刺激が脳へと届き、オキシトシンと言うストレスを軽減させるタンパク質が分泌されるのだとか。


 ウェルディンデ様を十五分程慰めた頃だろうか。ウェルディンデ様の頬から赤みが引いていく。そろそろ頃合いか………。


 とても……それはもう天の先にある月より高く地の底の内殻よりも深く………名残り惜しゅうございますが、そろそろ止めないと殺される。精神的に。


 実はこの女神、赤面する程に動揺すると思考が幼児化する節がある。つまり、先程の慰めろとのお願いは単なる思い付きで勢い任せに言っただけかもしれない。もしもそうだった場合、気を取り直した時にどうなるか………


『嫌い』


 などという棘に棘が更に刺さったような呪詛を吐かれた場合、それは俺の心の奥深くに突き刺さって絡まり胸を締め付けまくるだろう。終いにはその重圧に耐えられなくてショック死してしまうかもしれない。


 ただでさえ『お触り厳禁』という禁忌を犯しているのだ。俺の心は満身創痍の瀕死状態。そこで『嫌い』などと言われたら…………あぁ、考えるだけで冷や汗が滝のように流れ出る。


 つまり、だ。俺のような醜い汚物との接触をできるだけ短い時間に抑えることで、ただでさえマイナスであろう俺の好感度をこれ以上下げないようにしよう、ということだ。


 思い立ったらすぐ行動。ウェルディンデ様の温もりに後ろ髪を引かれるが、その邪念を鋼の理性で斬り刻む。理性が『やっと活躍できた』と小躍りしているが無視する。


「あっ………」


 俺が抱擁を解いた瞬間にウェルディンデ様が可愛らしく平仮名の一文字目を声にする。そう、これは単なる平仮名の一文字目。決してウェルディンデ様が名残惜しいと思われて呟かれた言葉ではないのだ。俺がウェルディンデ様をもう少し抱き締めてしてもいいよ、というオッケーサインではないのだ。


 ……………そう思わなければならない。そう思わなければ死にそうだ。


「あ、あの………その………」


 ウェルディンデ様が恥じらいながらも何かを伝えようとする。せっかく赤みが引いていた頬が、また赤くなりだす。


 俺は既に立ち上がっており、ウェルディンデ様はしゃがんだ体勢のままであるため、ウェルディンデ様が俺を見上げる形になる。ウェルディンデ様は左右の人差し指の先同士でツンツンと突き合いながら何かを伝えようとしているが………。


 尊い。尊すぎる。上目遣い? え、いや、ちょっと……可愛い過ぎない? 何この生物。


 女神、だと!? 絶対嘘だ! 


 こんな尊い神がいるのなら人類はとうの昔に女の取り合いなんか止めている。


「……んんと……あの…………」


 あ、もうダメだ、これ。言い淀んでる時点で分かってしまう。これ尊死確定演出だ。


「また今度………次からも慰めて貰ってもいいですか?」


 ぶぁああああふあああああ嗚呼あああゝああ!!!!!!!!


 かわゎゎわわわっわわわユユユユユウウゥゥウウウィィィィィイイイイ!!!!!!


 頭がクラクラとして俺はそのまま倒れる。残された選択肢は唯一つ。


 ずばり尊いものを見た衝撃によるショックで天界へと召される…………尊死あるのみ。


 ……………………………………、


 …………………ん?…………


 ……あれ?…………………


 ………………むむむ?……


 ……………………よよよ?



「あの………あなたはもう既に尊死したためここに来たんですよ………」


 やっと落ち着いたからか、それほど長い時間が流れたのか…………先程まで聴いていなかったであろう俺の心の声をウェルディンデ様が聴き取る。そして衝撃というか周知の事実を述べられた。


 そこで俺は思い出した。


 今日、妹の寝起きを見て尊死して、本当にショック死してしまって魂が雲の上を通り過ぎて…………その後に女神であるウェルディンデ様に会って……………


 あ、ここもう既に天界だったわ。



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