第四話 忘我

 宇城の声色がわずかに高まるのを感じた。狐面の女性は宇城にとってどれほどの存在であるのかがその言動から垣間見えた。


「まず始めに狐面が現れた時期から話していこう」


 そう言うと宇城は数ある資料の中から一枚を取り出して指をさした。文中幾つかのところに赤いペンで丸が書かれていた。


「これはとある傷害事件で取られた調書の一部だ。幸い被害者は軽傷だったんだが、加害者であるはずの男は発見された際、蹲りながらうわごとのように『狐』や『お面』と言っていたらしい」


 他に書かれていたのは、この加害者は元々被害者と仲が良かったが、ある日を境に加害者の態度が悪くなって事件に至った事や、加害者の髪の一部がハサミのような何かで一直線に切り取られていたことが書かれていた。


 「それにこの後、被害者と加害者は示談し、今では以前のように仲良く接している。これは俺が取材しているから確かだ。俺はこの事件が狐面が現世に現れた最初の事件だと考えている」


 確かに状況証拠だけ見るとその言葉は間違っていないんだと思った。ここまでキーワードが揃う事も珍しいと思ったからだ。宇城はその後、被害者と加害者が仲を修復したきっかけとして「加害者の憑き物が落ちたと思うからだ」と被害者が語ったと言った。


 「人間時々その人らしくない行動を取ることがあるだろ?あれの一部は、そういう力を持った怪異によって引き起こされてるんだと俺は考えている。で、大体は一通り問題を起こした後に自然と別の所に行くんだが、この事件の場合はその狐面が怪異を消滅させたと考えたほうが納得がいく」


 宇城は腕を組みながらそう言った。


 「じゃあ、その狐面の彼女は悪い怪異を退治しているということになりますよね?」


 といった質問に対して宇城は少し考えてからこう答えた。


 「確かにあいつは人間にとって悪となりうる怪異を斬っているんだろう、そこについて俺は一つも間違いは無いと思う。だが…それは本当に正しいことなんだろうか?」


 宇城の言葉に少し疑問符を浮かべてしまった。宇城もその僕の思いを感じ取ったのか、次のように続けた。


 「何事も、世界はバランスでできている。片方が得をすればまた片方が存するのが条理だと俺は考えている。善がいれば悪もいるわけで、誰かにとっての善はまた誰かにとっては悪になりうるものだと思う」


 この話を聞いてもなおあまり理解ができなかった僕の様子を見て、宇城は苦笑しながらこう締めた。


 「難しい話をしてしまったな。まぁ、俺は少なくとも狐面を完全なる善人とは認めてないということだ。そうだなぁ、君この後は暇かい?もし良ければだが俺の家に来い、これ以外にも幾つか資料があるし見せたいものもある」


 正直、初対面の人の家にいきなり行くのは気が引けるものがあったが、そんなちっぽけな恐怖心は目の前に広がる広大な未知の前にいつの間にか従属していて、多少考えたもののすぐに着いて行く事を承諾したのだった。

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