元お飾り王妃は父親と会話をする


**


「おぉ、フライアか。珍しいな、お前がこんなにも早く起きてくるなんて」

「……そうですね。たまたま、目が覚めまして」


 食堂にたどり着くと、そこではもうすでに食事を始めていらっしゃるお父様がいました。お父様は私が来たことに喜んでくださっているのか、にこやかな笑みを浮かべてくださっています。


 私のお父様、ホルガー・ディールスはこの国一の貴族と名高いディールス公爵家の現当主です。私のことを幼い頃からとても可愛がってくださり、とても大切に育ててくださいました。私が今十五歳だとすれば、お父様は今四十五歳のはず。とてもではありませんが、四十五歳とは思えないその若々しいお姿から、社交界ではお父様の後妻を狙う方々が多いのです。それは、前から。


 私には、お母様がおりません。お母様は私が五歳の頃に病で亡くなってしまわれました。そのため、お父様は愛する妻だったお母様とご自身の容姿を半々にしたような容姿である私のことを、大層可愛がってくださっていたのです。……まぁ、お父様は昔からお兄様には厳しく私には甘いという悪いところもあったのですが。そのため、お兄様が私のことを疎むのは、ある意味当然だったのでしょうね。


「……そう言えば、お兄様は?」


 ふと、私は食堂内を見渡して年の離れた兄である、ライナルト・ディールスがいらっしゃらないことに気が付きます。お兄様は私よりも十歳年上です。なので……今は二十五歳ということになりますね。そんなお兄様も、朝がとてもお早いので、邸にいるころはお父様と共にお食事をされていたはずなのですが……。


「ライナルトはもう出たよ。なんでも、今日は騎士団の方でいろいろとあるらしい」

「……そうなのですか」


 どうやら、お兄様はもう邸を出て行ってしまわれたらしい。


 この国では、貴族の男児は必ず騎士団に一年間は所属するという決まりがあります。お兄様はいろいろな事情があったことにより、二十四歳で騎士団に入られました。まぁ、病弱だったので特例で認められたのかもしれません。


「そんなことよりも、フライア。お父様と一緒に食事をしないか?」


 お父様は、そうおしゃって私の分の朝食を準備するようにと使用人に指示を出します。……ご自分の息子のことを、そんなことって……。そう思いましたが、前の時間軸の私はこれが当然だと思っていた。お兄様よりも私の方が大切にされて当然。だから、この扱いに何の疑問も抱かなかった。やっぱり、お兄様に疎まれて当然だった。


「はい、そのつもりでこちらに来たのです。……少々、お父様にお話ししたいこともありましたので」


 でも、久々に見るお父様のお顔は、やはりとても人のよさそうなものでした。そんなお顔を見ていると……私は、涙があふれてしまいそうになった。私は、前の時間軸でお父様が亡くなる際に一緒にいられなかった。王太子妃としての仕事が忙しいから、と事故に遭った後衰弱してしまうお父様のことを、蔑ろにしてしまった。きっと、その後悔があるからこそそう思ってしまうのでしょう。


「そうかそうか。フライアの話を聞くのは、楽しみだなぁ」


 そうおっしゃったお父様に、私は静かに笑いかけました。とりあえず、婚約を破棄したいと思っていることをそれとなくお伝えしてみましょうか。だって、私はもうあんな男と婚姻なんてしたくないのですもの。……ううん、今はまだ、いい人だったはず。あの男爵令嬢に出逢うまでは、私のことをそれなりに愛してくださったはず。……あの男爵令嬢が、あの人のことを誑かしたから。だから、私は過労死してしまったのだろう。


(……ううん、こんなことを思っているだけではだめだわ。それじゃあ、前の時間軸と一緒じゃない。……私はもう、あんな結末を迎えたりしないの。過労死なんて、まっぴらごめんだもの)


 そう思いながら、私はお父様と会話をする。ゆっくりとお食事もする。久々にゆっくりとして摂るお食事は……とても美味で。私はまた涙があふれてしまいそうになったものの、それを必死にこらえた。


 しかし、その涙は零れることはなかった。何故ならば――。


「おぉ、そうだ、フライア。今度イーノク様とお会いすることになっているのだ。……フライアも、一緒にどうだ?」


 そう、お父様が私に提案されたからです。


 ――イーノク・ヴェッセル様。


 その名のお方は……私が、前の時間軸で婚姻した男性。私を蔑ろにし、仕事もせずにたった一人の女性に入れ込んでしまったお方。国を、崩壊へと導こうとしていたお方。その、人。

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