第一章

元お飾り王妃と逆行転生


**


 ところで、「逆行転生」という現象を知っているでしょうか?


 ――逆行転生。


 それは、前の時間軸の記憶を持ったまま、過去に巻き戻るということ。神様の悪戯なのか、はたまた強い未練を持ったまま死んでしまったから起こるものなのか。それは、定かではないものの、そう言う現象が「存在する」ということぐらいは、私だって知っていた。


「……ん」


 でも、まさかその現状が自らに起こるなんて考えられなくて。私は、次に目が覚めた瞬間飛び起きてしまった。


「……生きてる?」


 そして、そう思った。


 だけれど、私は確かに死んだはずなのだ。それを理解した時、一番に脳内に浮かび上がったのは「転生」したということだった。死んで別の人間に生まれ変わった。そう、思った。


 でも、部屋の中をぐるりと見渡した時その可能性は消えた。何故ならば、今私がいる部屋は……私が結婚し王宮に行くまで住んでいた公爵家の実家だったから。


 クリーム色の壁紙も、そんな壁紙の模様も。ふかふかのソファーと寝台も、煌びやかな鏡台やテーブルに椅子。それらすべてが、私が結婚するまで住んでいたお部屋の家具だったからである。


「おかしいわね……」


 私はそう思って寝台から降りて姿見の前に立ってみる。もしかしたら……そう、思ったのだ。


「う、そ」


 そして、そう零してしまった。だって、ありえるわけがないでしょう? 目が覚めたら……時が巻き戻っているなんて。そんな風に、考えられないことなのだ。


 腰までのふわふわとした茶色の髪は、死ぬ前とは違って綺麗で手入れが行き届いていた。トパーズ色のたれ目は、まだキラキラと輝いていた。光を失い、目の下には常に隈を作っていた死ぬ前とは大違い。さらに言えば、今私が身に纏っているワンピースは……私が十五歳ぐらいの時まで着ていた、お気に入りのアメジスト色のものだった。


「……わ、私、生き返った……の?」


 だから、そうつぶやいてしまってもおかしくはないと思う。この姿は、私が十四歳か十五歳ぐらいの時のものだろう。つまり、大方十年以上時が巻き戻っていることになる。死んだときは、確か二十五歳だったから。……っていうことは、私がまだ辛うじて幸せだった頃だろうか。うん、そうだ。きっとそうに決まっている。


「フライア様。……おや、珍しく起きていらっしゃるのですね」

「……チェルシー」

「どうしたのですか、フライア様? そんな幽霊でも見たかのようなお顔をされて……」


 私は元々の自分の専属侍女、チェルシーの顔を見て驚いてしまった。だって、彼女も生きているはずがないんだもの。……流行り病で、亡くなってしまったはずなんだもの。じゃあ、やっぱりこれは時が巻き戻っているということで決まり? チェルシーが亡くなったのは、確か私が十六歳の時だった。……じゃあ、時が巻き戻っていると仮定して十四歳か十五歳が妥当かもしれない。


「……ね、ねぇ、チェルシー。確認なんだけれど……私って今、何歳だっけ……?」

「……おかしなフライア様ですね。フライア様は先日十五歳の誕生日を迎えたばかりではありませんか。盛大にお祝いしてもらったのに、まさかお忘れになったのですか?」


 チェルシーのそんな呆れたような声が聞こえてくる。……十五歳。誕生日。確かに、その時の記憶も辛うじて残っているわ。だけど、それよりもずっと未来の記憶の方が膨大すぎて……うまく、思い出せない。


「あっ、フライア様。珍しく起きていらっしゃるので、どうせならば旦那様と共に朝食を召し上がってはいかがでしょうか?」

「……あ、そうね。分かったわ」


 私はチェルシーの提案にそれだけの返事をした。十五歳の時の私は、とにかく朝が苦手で苦手で仕方がなかった。だから、朝が早いお父様と一緒にお食事を摂ることはほとんどなかったのよね。でも、お飾りの王妃になってからは仕事ばかりで。睡眠時間は一日三時間あれば多い方だった。……今思えば、どんな酷い職場環境よって感じ。


(……しかも、旦那様のイーノク様は寵妃にべったりだったわ。それに、寵妃は私を見下していた。……今思えば、どうしてあんな風に必死に働いていたのかしら?)


 私は、ふとそう思ってしまう。愛されたい。そう思っていたのかもしれないし、帰る場所がないからあんな風に頑張っていたのかもしれない。お父様は私が二十歳の時に事故に巻き込まれて亡くなってしまった。その後、この公爵家は私の年の離れたお兄様が継いだのだけれど……お兄様は私のことを疎んでいたから、帰るに帰れなかったのよね。助けを求めることも、出来なかった。


「ほら、フライア様。準備が整いましたよ」


 チェルシーにそう言われて、私は鏡に映った顔を見つめる。いつの間にか私はチェルシーによって綺麗な普段着のワンピースに着替えさせられていた。鏡に映った私は、まだ可愛らしい女の子で。未来に期待を持っていて、次期王妃として頑張ろうと思っていたころ。


 だけど――……。


「……ねぇ、チェルシー。私、やっぱり王妃になんてなりたくないわ。もしもお父様にそれを伝えたら……悲しむかしら?」


 もう、二度とあんな風に過労死なんてしたくない。どうせ、愛人の寵妃と元旦那は出逢い、恋に落ちるのだ。だから、私なんて邪魔な存在でしかないのだろう。だったら、さっさと婚約を破棄してしまい新しい出逢いを見つけた方が良いと思うのよ。


「……何をおっしゃっているのですか? フライア様は次期王妃としてきちんと教育を受け、頑張ってきたではありませんか。なのに……何故、いきなりそんなことをおっしゃるのですか?」


 だけど、どうやら時が巻き戻ったのは十五歳というのは少々厳しい時だったらしい。私と元旦那の婚約は私が十二歳の時に決まっている。それから三年。私は必死に次期王妃としてのお妃教育を受けてきたのだから。


(はぁ、やっぱり無理か。そうよね。急にそんなことを言っても、誰だって子供の戯言だと思うわ。それか疲れて、一時的に弱音を吐いているか)


 私はそう思いながら、ゆっくりと自室を出て行った。


 さらに言っておくと……綺麗な公爵家を見ていると、懐かしさからか涙が込み上げてしまいそうになってしまった。

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