悪魔の時間






 魔物達が逃げ惑う。


 俺は呆然と立ち尽くし目の前の惨劇をただ見ていた。


 知能が高い魔物だがそれが戦闘力に直結するとは言いづらく生まれたての魔物や戦闘経験を積んでいない魔物もこの国には沢山いる。


 魔物の世界ではそんな秩序はありえない。


 だが争いを好まないロイヤルがこの小さなゲームの世界で掴みとった理想郷。


 それをニタニタとニヤニヤと魔物の城へ攻撃を仕掛けるプレイヤー。


 この場にいるプレイヤー全員が遊びでこのゲームを楽しんでいる。


 泣きながら母を探す魔物や助けを乞う魔物。


 プレイヤー対して戦っている魔物や我先にと逃げ出す魔物。


 俺達とこの魔物達は何が違うんだ。


 この魔物達がもし何の感情もなく野良の魔物の様に言葉を話さず明らかな敵として存在していたら俺はここまで魔物達に感情移入はしていないだろう。


 俺が引き付けた間に何人の魔物が逃げきれただろうか?


 ソロプレイヤーの俺に何が出来る。


 ここから魔物達を救い出して英雄にでもなるか? 不可能だ。


 何万人と何十万人といるかもしれないプレイヤー達を相手取る程の力は俺にはない。


 立ち尽くしていた俺は足を動かす。


 国に入れば隠れている魔物の姿も確認出来るがガタガタと身体を震わせ俺に恐怖して近寄ってくることも無い。



「お母様! お母様!」


 目の前に泣きながら蹲る魔物。


 小さな女の子のようだ。


「サリナ、貴方は早く逃げなさい!」


 母親も近くにいたのか女の子は小さいな手で必死に建物の瓦礫を退かしている。


 足が瓦礫に覆われ母親は逃げられない状態だ。


 女の子は俺を見ると懐から小さなナイフを取り出した。


 俺はこの状況を知っている。


 あの時のエルフの魔物だろう。


「悪魔!」


 この惨状を俺が仕出かしたと思われても仕方がない。


 俺も魔物達から見ればあっち側の人間。


 こちらに敵意はなくとも敵として見られる。


 グサッと俺の腹にナイフが刺さる。


 この前よりも痛みを感じないナイフ。


 俺はナイフを突き刺したまま狼狽える女の子を他所に瓦礫を退ける。


 母親の拘束も解けると女の子と母親は抱き合った。


「うひょ〜魔物狩りだ〜」


 意気揚々と姿を現したプレイヤーの一人が抱き合う二人目掛けて剣を振るう。


 親子の恐怖で塗り固められた瞳を見て動かずには居られなかった。








【1】


 固定ダメージのエフェクトと共にクリティカルが発生しそのプレイヤーは姿を消した。


 これで俺も晴れてプレイヤーキラーだ。


「なんで」


 女の子の呟きに俺は一言。


「さっさと消えろ」


 俺は睨みを効かせ女の子を見る。


 ビクッと肩を揺らした女の子はギュッと目を瞑ると。


「……助けて」


 何故俺に?



『悪魔ならこの国を救えるでしょ! お願い!』



 腹に刺さったナイフを引き抜くと体力ゲージは赤く点滅し出す。


 先程の戦闘で貰った魔法ダメージと合わさって俺は瀕死だ。


 縋るような瞳で俺を見上げた女の子にナイフを手渡す。


 俺にそんな力はない。


「悪魔に頼って代償はお前に払えるのか?」


「私をあげる!」


 こんな中そんな冗談を真顔で口にする女の子に吹き出してしまう。


「笑うな!」


「大人になって出直して来い」


 俺は女の子の額にピッと人差し指を当てる。


 両手で額を抑え涙ぐむ女の子。


「今回は貸しにしといてやるよ」


「じゃ、じゃあ!」


「悪魔との契約は絶対だ。忘れるなよ」


「うん」


 女の子は母親に抱き寄せられると抱えられながら走っていってしまった。


 足が相当に痛いと思うが母親は強いなと思ってしまう。



 叶いもしないだろう無理な約束をしてしまった。


 プレイヤースキルでどうにかなるとは到底思えないが本気で挑まないといけない戦いになりそうだ。


 トントンとつま先で地面を叩いて目を瞑る。


 至る所から悲鳴が聞こえるが静止してその時を待つ。


炎奏えんそう・エース・エンチャント』


 青白い炎を纏う。


 キキンと詠唱キャンセルを繰り返しながら見つけたプレイヤーの首を落としていく。


 仲間だと思っているプレイヤー達は呆気なく首を差し出して消えていく。


 壊れた建物を足場に空に飛ぶ。


『二重奏雷火らいか・エース・エンチャント』


 キンっと魔法が発動しビリビリと電撃が走る。


 周りの景色は加速しキキンと詠唱キャンセルの音を聞き流しながら見つけたプレイヤー達を相手取る。


「何すんだ!」


 個人個人ではなくクランを何編成もしている団体と遭遇したら少し手間を取る。


『三重奏風雷あらし・エース・エンチャント』


 キンっと纏っている青白い炎は巻き上がり渦を巻く。


 声を高らかに上げたプレイヤーは俺を見失いその瞬間に切られていると錯覚してるだろう。


 今頃自分のホームにおかえり頂いている。


 まだだ。まだ遅い。


 キキキキキンと止めどなく加速させ成立させる。


『四重奏歌風かふう・エース・エンチャント』


 キンっと全てのエンチャントは静かに溶け合う。


 荒々しかった炎が雷撃が風が一つになり静かに俺の身体を纏う。


 周りは静寂を帯びトンっと俺が足に力を込めただけで軽々と建物を飛び越える。


 止まったかのように建物の上から下を見下ろすとスローモーションのように動くプレイヤー達。


 何万人、何十万人居るプレイヤー全員には悪いが。



『ここからは悪魔の時間だ』



 建物を蹴り悪魔が地面に降り立った。






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