静かなる追放者







 目を開けると噴水広場ではなく見慣れない天井。


「やっとお目覚めですか?」


 聞き覚えのある声に目を動かせば。


「なんでお前がここにいる」


 元クランメンバーのサクヤがいた。


「シン君がラクリガルドに敗北した後に全財産を使ってこの国にやって来ました」


 やはり俺は負けたのか。


 空中で手を動かしクラン戦の申請をするが何度押しても反応しない。


「噴水広場に降り立つとすぐ横でシン君が倒れていたので宿に私が連れてきました」


 宿は傷の治りが早く、雨や風を凌げてプレイヤーキルや盗賊なんかにも会わないで済む。契約したらクランのホームとして使えたりするがソロプレイヤーの俺にはホームとして意味を成さないし宿を取る金もなかった、だから噴水広場のベンチで寝ていた。


 サクヤの格好を見て気になる。


「なんでお前はそんなに汚れてんだ?」


 この国に大金を払って来た事も理解出来ないが服も至る所が破れていて下着も少し露出していた。


「急にお金が必要だったのでシン君が寝てる間に魔物狩りに行ってきたんですよ」


 テーブルの上にバンっと置かれた料理はどれも美味そうな物ばかりで高そうだった。


「ゲームの世界でも美味しい物は美味しいので食べてください」


 動けますか? と俺の身体に気を使うサクヤ。


 少しフラッとするが動けない事もないのでベットから起き上がりテーブルについた。


 宿もそれなりに良い所を取ってるのか家具の配置が綺麗で整頓されていた。


「ラクリガルドとは違う魔物というのは驚きでしたね」


 箸を手に取り豪勢な料理を口に運ぶ。


「美味しい」


「頑張った甲斐がありました」


 ニコニコとするサクヤ。


 全財産を使いこの国に来て宿やこの料理を揃える為にお金が必要だったのだろう。


 だがクランから追い出し国からも追い出した俺の為になんでサクヤがこんな事をするのかは疑問に思う。


「お前が渡した片道切符で俺はここに飛ばされた。それなのに……」


 ニコニコとしていたサクヤが表情を変えていくので次の言葉が出ない。


 サクヤは驚きの目をしながら徐々に力なく項垂れていく。


 口を抑え頬に涙がつたった。


「私のせいだったのですね」


 俺の食事を立ったまま見ていたサクヤは地面に膝をつけ頭を下げる。


「シン君ごめんなさい」


 何度も謝罪の言葉を口にした後に。


「私はどう償えばいい?」


 泣きながら俺に答えを求めるサクヤ。


 俺の前から消えてくれ。なんて言えるはずがない。


 国を追い出された事で感謝する出来事も思い返せば切りがない。


 クランを追放された事は足手まといと言われていた俺にも責任はあったと思う。


 三年も時が経てば当時の怒りも思い出せないぐらい霞んでしまっている。


「償わなくていいし気にしてない。食事と宿までありがとう」


 だからと言って淡白な返事だが優しくしてやる気も毛頭ない。


 サクヤに対しての態度に俺は根に持つタイプだなと思ってしまう。


「魔物狩りで稼いだお金、ここに置くので好きに使ってください」


 ジャラっと大金を机の上に置いていく。


 服も買い揃えずこの国に来てからずっと俺に時間とお金を貢いでいたサクヤの行動がまだ理解できない。


 部屋を出て行こうとするサクヤを呼び止める。


「なんでお前はこの国に来たんだ?」


「シン君に会いにだよ」


 何故か身体がサクヤを追いかけ椅子から立ち上がろうとする。


 急に力を入れたからかバランスを崩し身体が倒れていく。


「大丈夫シン君!」


 サクヤが倒れる寸前で俺を抱きかかえていた。


 柔らかな温もりを感じる。


「誤解もずっと解きたかった」


 スっと一枚の紙切れを取り出したサクヤ。


 それは見覚えがあるガチャ券。


 サクヤはそのガチャ券を裏に返す。


【1ヶ月後にクランを抜けるので噴水広場でまた1から始めませんか? 少し待っててください】


 それは俺に宛てられたであろうメモ紙。【永遠の誓い】のクラン戦でサクヤがいなかった事は疑問だったが、もしかしてこの三年もの間に俺をずっと探していたのか?


「また一緒にシン君とクランが出来たらと思ってたの。私がクランから追い出すの賛成したって誤解してるんじゃないかって……でもシン君を国から追い出したのも私で、渡す物を間違えたって軽い話では済まされないって分かってるから」


 ギュッと俺を抱き締める力が強くなる。



『ごめんなさい。私はシン君の事をずっと好きだから』



 ゆっくりと力が抜けていくと俺を支えサクヤは一緒に立ち上がる。


 そして俺を椅子に座らせた。


 涙を流したまま笑顔を取り繕うサクヤに強く責めるという事は出来ない。


 サクヤはそんな事をする奴じゃないと最初から分かっていたはずなのに俺はサクヤを信じすらしなかった。


 離れようとするサクヤの頬に手を差し出す。


 ピクンと肩が跳ねて固まったように動かなくなったサクヤの頬は朱に染まった。


 俺はサクヤの頬に流れる涙を指先で拭う。


「この国に来たばっかでどうせ行く所がないんだろ?」


 美人な顔が台無しだぜ! とキザな台詞でも言えたら格好が着くのだろうか?


 クランを共にした五年間で俺はサクヤと一緒に魔物狩りやクラン戦。デートと呼べる物も何十回と重ねた時の想いがある。


「3年か? 本当に長く待たせてしまったみたいだ」


 サクヤを信じてやれなかった俺なんかをずっと信じて待ち続けてくれたサクヤには応えなくてはいけない。


 椅子から腰を浮かせるとサクヤの顔が近づいていく。


 大きな目を更に開かせ、その後にゆっくりと目を閉じるサクヤ。


 唇に柔らかな感触とサクヤの甘い匂いが鼻をくすぐる。


「んっ、!」


 甘い吐息を残し唇を離しても余韻が残る。


 目を見開いたサクヤに俺は問い掛ける。



『また俺と1から始めてくれるか?』





『はい』



 短い一言を残しボフッと顔が真っ赤に染まったサクヤはバタリとその場で腰を落とした。


 



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