慈悲の誓い
横になりたい。
フラっと揺れる視界に飛び込んでくるのは軽装な男。
剣を一旦頭上に掲げ緑の輝きが集まり刀身が伸びていく。
左手に持った盾からは薄い膜が広がり男を囲んでいる。
剣盾複合スキル【シールドバーン】
使った後のクールタイムは十五秒と長いが発動までの守りを付与し剣の攻撃範囲が広くなるスキル。
俺を狙い縦に振り下ろされた剣を詠唱キャンセルで躱す。
俺が攻撃に移る暇を与えないかのようにもう一人の男が【シールドチャージ】盾を前に突き出し突進するスキルを使って来る。
避けても止まることなくUターンしながら俺を追う。
前衛の二人は強力な単発技とクールタイムの少ない技で両者の隙を無くしながら俺と戦っている。
熟練度が高く位置取りも上手いと感じてしまう。
人数差でゴリ押すこのパターンは知っている。
雨のように氷の魔法が降り注ぐ中を駆け巡る。
拳ぐらいの大きさの氷魔法を連続で放つ【フローズンアサルト】クールタイムは五秒と使い勝手が良い魔法だ。
前衛二で後衛六のフォーメーションだが手馴れた連携を見るに上級クランだろうと思う。
後衛が三対三でクールタイムの隙を埋めて前衛は盾と剣の複合スキルを使い追い詰める。
流石にラクリガルドを相手に暴れ回っただけはある。
ソロプレイヤーと言うだけで舐めてくれていた相手が居なくなってしまった。
段々と初級や中級プレイヤーの数も減り、今では手強いヤツらばかりのクジが俺に回ってきている。
足を止めれば魔法で串刺し気を抜けば大技を食らう。
攻撃に移ろう物なら離される。
どうしたらいいんだ? と思う事はない、軽いステップを踏みながら詠唱キャンセルで後衛の前に瞬間的に移動する。
俺を追っていた氷魔法がザクザクザクと音を立てて周りに飛来する。
背中を見せ逃げる事はせずに魔法を放つ事だけを優先的に行う後衛。
回避行動を取りながら詠唱キャンセルを駆使して俺を惑わせる。
キキキキンとキャンセルが重なる音を聞き流し後衛の一人を追う。
適度に放たれる【フローズンアサルト】を避けながらの根比べ。
どちらが先にキャンセルをミスするのか。
数十と重ねられるキャンセルの後にピキンと凍り付いた後衛の一人。
「1人目」
スっと刀を抜き取り動かなくなった男の首をはねる。
カチャンと刀を鞘に収めて同じ事を繰り返す。
前衛を撒きながら後衛を追い詰める。
一人また一人と倒して行くと随分と穴が目立つフォーメーションに切り替わる。
そこからは楽だった。
残った前衛も魔法のアシストが無ければただの突進してくるイノシシと大技を放つ隙だらけの奴でしかない。
サクサクッとクリティカルで倒しつつもう見なれた勝利の文字に酔う気すらならない。
次の相手をスクリーンを見ながら確認する。
五名が剣を持つ珍しいクランのようだ。
『永遠の誓い』
口から漏れたのはもう会うことすら無いと思っていたクランの名。
見覚えのある短髪の赤髪。
「やっとミースティアと当たったぜ!」
何故か勝気な笑みを見せ俺を見下す。
「あれ? シンじゃね? 久しぶりだな」
俺に喋る気はない。
「他の国の奴ら雑魚過ぎ、このイベントのお陰で上級クランはもう目の前だぜ」
チート装備の恩恵を知らないのだろうレンは有頂天で話している。
「俺達のクランを抜けた後にお前ミースティアなんかに逃げてたのか! どうりで見かけねぇ訳だ」
「なんかじゃねぇ」
「は? なんか言ったか? っていうかソロで何してんだ? もしかして足でまといは雑魚の国でも誰とも組めないなんてな! 笑えるな……なぁ、笑えよ」
見渡す元クランメンバー達のクスクスとした笑い声が耳に障る。
拳にやたらと力が入るのを感じた。
大きく息を吸いゆっくりと吐き出す。
それを何度も何度も繰り返した。
「雑魚の国を訂正しろ」
「マスターの俺に意見をすんのか!」
「寝惚けるのは顔だけにしとけ。お前はもうマスターじゃねぇだろ」
「シン……俺を怒らせるなよ」
レンの声は重くなり怒気を孕ませる。
『お前がどう想おうと勝手だが俺はもうとっくにキレてる』
刀を抜き取りゆっくりとした動きで構えた。
『今訂正したらお前らに恥を塗るような試合にはしない。これは元クランメンバーとしての慈悲だ』
「バカか? ソロで足でまといのお前が俺達に慈悲だ? 冗談だけは上手くなったようだな!」
レンに煽られ元クランメンバー達からも怒りの眼差しを向けられる。
やっと俺を馬鹿にしていた耳障りな笑い声が消えた。
そうかと区切りを入れて一言。
『なら無様に死んでいけ』
俺は最初から慈悲なんて用意してなかったけどな。
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