譲れない物の勝敗
七対一のクラン戦が多かったが八、十とまばらに数は上下する。
何十戦と重ねてもまだ足りない。
一日に俺がクラン戦をやる回数は三回なのだがそれはもう優に超えている。
【視聴者数350万人】
モニターに映る視聴者数も百万人以上は安定的に見に来ている。
普段は気にならない視聴者数。注目度が上がればそれだけミースティアは有利になるのだから気にするのは当たり前だろう。
「ちょこまかとうざってぇ」
剣を振り回す男が俺に向かって大声をあげる。
明らかに動きが俺の国とは違い一段と速い。
流石はラクリガルドという所だろうか。
俺の防具は激レアな自動修復機能が備わってるだけで初心者防具と大差は無い。
他国戦で久しぶりにその国の相手と戦って恵まれた国に居たんだなと身を持って知れた。
もしミースティアとラクリガルドが真面目に戦えばゴリ押しの力技だけで勝てる程の性能差がラクリガルドにはある。
少し掠るだけでHPバーは悲鳴を上げ赤く点滅をしだすのだ。
コイツらに負ける事ならどんなゲームより簡単だ。
大振りの男の隙を縫い懐に入ると首を刀でそっと撫でる。
横からゆっくりと歩いて男を追い抜く【1】固定ダメージのエフェクトと共に男の首と胴体がスっと離れた。
【YOU WIN】
最後の一人を見送ると勝利の文字が空中に浮き出る。
休む暇は無い。
【クラン戦が行われます。参戦しますか?】
はいのボタンを押すとシュッと身体がブレて初対面の相手が顔を並べるがフィールドは先程と変わらない。
無限に感じる程の作業感が押し寄せる。
負けてはいけない。
三年前から変わってないそんな意思だけが背中を押し身体を動かしてる気さえする。
【上級クランから初級クランにランクが下がります】
勝利報酬も段違いに跳ね上がっていくが報酬はそのままミースティアに献上する。
初対面の顔に挨拶がてら口上を垂れる。
『一番強い国ラクリガルド、そのまま俺のカモに成り下がってくれよ』
調子に乗るな。ふざけるな。一人で俺達を相手にする気か。
聞き飽きた台詞はそよ風のように俺を通り過ぎる。
俺に報酬はいらない。負ければ何もかも失う状況は集中力を切らさない為の足掻きだと思うがそんな意地の方が今は報酬よりありがたい。
いつ息を吸ったのか? いつ刀を振ったのか? いつ足を動かしたのか?
目を開けば【YOU WIN】の文字が空中に浮かぶ。
また俺はシステムメッセージの【はい】に手を伸ばした。
【最上位クラン ミースティア】ホーム。
「ミリア何故ぬいぐるみを抱えているの?」
「団長これはですね。シン君とデートした時に貰ったプレゼントです」
「ミリアって彼氏いたの?」
ヒカリは座ってた椅子から立ち上がりミリアに詰め寄る。
「シン君は団長お墨付きのルールブレイカーですよ」
「えっ?」
「会ってデートして来ました」
ヒカリはへぇっと声を震わせながら席に座る。
「何日前に会ったの?」
「私達が他国戦を必死にやってた合間にですから、2週間前ですね」
ヒカリはそれでもへぇーと笑顔が引きつっていく。
「団長羨ましいんでしょ」
「羨ましいよ」
バンっと軽く机を叩いたヒカリは本音を晒す。
「所でクラン戦の休憩中の今ですが、ミリアは何か可笑しいと思わない?」
「何がです? 明らかに一定の国と当たらなくなったからですか?」
「ミリアも気づいてたんだ」
「ラクリガルドは要注意な国ですからね」
コンコンとホームの扉がノックされる。
ヒカリが入室を促すとアリサが頭を低くして部屋に入ってきた。
「私達最上位クランですら弾く優先権の行使をしているのは運営クランの誰ですかね? 二週間前からですが調べればその時ルールブレイカーと不審な動きを見せている受付嬢がいますね」
「はい。シンさんを巻き込んだのは私です」
低くした頭を上げたアリサは覚悟を決めた目をしていた。
「それでは私がここに呼んだ理由も分かっていると思いますが」
「規制を解けという事でしょうか」
アリサの言葉にヒカリは重く真剣な表情で首を縦に振る。
「彼に負担がかかる程の規制ではないのですか? ルールブレイカーと言われる程の実力がある彼ですが私の国の守られるべきプレイヤーと言うのは変わりません」
「最上位クランマスターの言葉でも運営クランの人間として一度受けた契約は違えません」
「アリサさん貴女を運営クランから除名すると言ってもですか?」
「シンさんの覚悟を聞きました。私がこの場で引き下がればシンさんの想いまで無下にする事になります」
「貴女程の人を手放したくはないのです。折れてくれませんか?」
重く苦しい雰囲気の中ヒカリは唇を噛み締める。
一時の間を置いて口を開いた。
『アリサさん貴女の権限の剥奪と運営クランからの除名を致します』
『はい』
短い了承の言葉を残しアリサは軽く頭を下げると開けた扉を潜りホームから去って行った。
「ミリア」
ボソッと呟いたヒカリの頭にミリアは手を置いてゆっくりと撫でる。
ヒカリはスーッと涙を両目から垂らし静かに目を閉じる。
「私はどうも上手くやれないらしい」
「国を想う団長なら立派ですよ」
「それなのに私は私を想って動いてくれたアリサに恨まれても可笑しくない程の仕打ちをしている」
「アリサは分かってくれてます。今はどちらにも譲れない物があっただけですよ」
ヒカリはアリサの規制を解いた。
「これで継続更新はなされない。一度でもルールブレイカーが負けるかフィールドから出れば規制は解かれるだろう」
「その時の対応はどうなされますか?」
「契約の詳細を見れば投げ銭機能も私達のクランに寄付される条件がある。ランクを見れば初級だからルールブレイカーが負けた時の補助は最優先に、参加費が払えなくてクラン崩壊だけは避けねばならない」
椅子から立ち上がるとヒカリの目には涙は無い。
「休憩も終わりだ。規制が解けた時が本当の戦いだ私達も他国戦で負けてはならん」
「それが団長の意思なら私達クランメンバーはそれを叶える剣になります」
「いつもありがとう」
ヒカリはミリアに感謝の言葉を贈るとミリアは照れたように笑う。
『団長は立派ですが今回はアリサの勝ちかも知れませんよ』
「ん? 何か言ったか?」
小声で言ったミリアの声はヒカリには届かない。
「いえ、このイベントが終わったらアリサに団長はどう謝りに行くのかなと思っただけです」
「な、な、な!」
図星を突かれたヒカリの慌てようを横目にミリアは白い猫のぬいぐるみを抱き締めた。
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