無理との対面







 部屋に入ると動物のぬいぐるみが適度に並んでいる。


 ミリアさんの言う通りだとするならこのぬいぐるみ達はアリサさんの趣味だろう。


 こんな可愛らしい部屋は普段客間じゃなくて休憩室に使うはずだ。


 予期せぬ来客にぬいぐるみ達も驚いている事だろう。


「座ってください」


 アリサさんの指示に従い俺はふかふかのソファーに座り込む。


「すいません。散らかってまして」


 本当に急に俺を呼んだんだな。


 お茶をテキパキと用意するとアリサさんもソファーに座った。


 早速俺は本題を切り出す。


 アリサさんからの頼みは出来る限り聞くが何故俺に?


「他国戦に『くうらん』として参加しろと言う事ですか?」


「はい。その認識で合っています」


「何故か聞いても?」


「これは話さないと納得して貰えないですよね」




 アリサさんは重苦しく会議で略奪戦が開かれている事を伝えてくる。


 それはミースティアでは情報の開示がなされていないことも。


 最上位クランのヒカリさんは自分の国のプレイヤーの負担になる事を嫌っている。だから開示がなされていないのか。


「最終的に決まるのは期間内でのトータルな勝ち星ですか?」


「はい。その通りです」


 期間内のトータルな勝ち星が多い国は略奪の権利を持つ。


 何かしらの思惑がある以上その権利を譲り合う事は不可能だろう。


「いや、それなら情報の開示をした方がいいんじゃないですか?」


「ヒカリさんの考えは正しいのです。もし今、他国戦を挑発するような事になれば黒星が何倍にも膨れ上がります」


 なるほど、この国は一番かそれなりに弱い国だと言うことだろう。


 ヒカリさんは国のプレイヤーの為に動いてるのだろうがその選択が今は良いように傾いている形なのか。


「最上位クランは総力を上げて他国戦に参加していますがどの国もそれは同じなのです。シンさん程の実力があれば」



『それは無理だ』



 アリサさんには悪いがそんなに持ち上げられる程の実力は俺にはない。確かにソロプレイヤーとして勝ち続けた実績があるのは分かるがそれは仮クランだったから初級クランと強くて中級クランまでを相手に戦っていたからだ。


 他国戦となればクランのランクが入り混じり、今までの様にはいかなくなる。


 狙いは分かる。ソロプレイヤーが他国戦で勝ち続ければ目を引いて他の国はそれなりの対処をしないといけなくなる。


 国同士の総力戦を切り捨てて強いプレイヤーだけの個人戦に絞るだろう。


 そうする事で最上位プレイヤーと上位プレイヤーの少ないこの国がやっと同じ土俵で戦える。


「俺はラクリガルドの精鋭には勝てないぞ」


 ハッとアリサさんは目を見開く。


 これは俺が負けることが無い前提で話は進んでいる。


 先程のアリサさんの話ではラクリガルドのマスターが略奪戦を口にしたらしい。一番発言力がある俺の前にいた国が一番強い国なのだろうと当たりは付く。


 チート装備の連中との一方的な戦いには嫌気がさす。


「これは国からの頼みでは無いと言いましたよね」


 俺が疑問だった所だ。何故運営クランのアリサさんが直に俺に頼むのか。


「私はこの国が好きです。この国の全プレイヤーは同じ仲間です。皆んなが笑いあって、時には苦難を乗り越えてと初心者に優しい風潮があるのも良い所ですね」


 全プレイヤーが仲間か……そんな風には考えた事は無かった。


 だが俺はこの国に来てその優しさに何度も触れている。


「だから私は一人のプレイヤーとしてヒカリさんを守りたいのです。この素敵な国を作り上げたヒカリさんを……どうかシンさん力を貸してください」


 バッと立ち上がったアリサさんは目を強く瞑ったまま俺に頭を下げる。


「ミースティアがもし負ければ何が取られるんですか?」


 シーンと静まり返る部屋。


 パタンとアリサさんはソファーに力無く座り込むと。


 目を潤ませながら俺を見る。



『ラクリガルドに負ければヒカリさんを取られます』



 だから仲間を守りたいか。


 略奪戦の内容は面白いイベントでアリサさんがそこまで必死になる理由が掴めなかった。


 ヒカリさんがラクリガルドに取られると言うのは本当は運営クランと最上位クランしか知りえない情報だったのかも知れない。


 それを吐き出させた俺も悪い奴だと思うが分かった。



「今ラクリガルドにどれだけ負けてるんだ?」


「優先的に最上位クランや上位クランが当たってますが制限はされてないので100は超えると思われます」


「期間は?」


「ゲーム内で1ヶ月ですが、もう1週間を過ぎました」


 はぁ、とため息が出てしまう。


「アリサさんではなく運営クランの人間として話をさせて貰っていいかな?」


「はい」


「投げ銭機能で得た金は全て国に寄付します。参加費は全て勝ちの報酬から引いてください」


「はい?」


 困惑するアリサさんに俺はなおも続ける。


「まだ足りませんか? これはラクリガルドとのクラン戦が組まれた時に他のクランに制限を付けて優先的に出してもらう条件ですが」


 俺にグイッと近づいてくるアリサさん。


 顔が近い。


「コチラから頼んでいるのにその条件は飲めません」


「これはアリサさんとではなく運営クランの人間としてなら飲みますよね」


「そう、ですね。でも」


 良いのか? と目で訴えかけてくるアリサさん。


「ラクリガルドに無謀にも挑んだソロプレイヤーのせいでヒカリさんが取られるんですからアリサさん個人にこんな話は出来ません」


「責任までもシンさんが背負う事は無いのです。その時は」


「その時は盛大にこの契約を俺がバラしますが運営クランの人間は絶対ダメですよ」


「ここまで運営クランの人間として枷をハメられたのは初めてです」


 この国の優しさを作ったのがヒカリさんだと言うアリサさん。


「シンさんが負ければ私は個人としてシンさんと同じ様に責任を取ります」


 間接的にだが俺はそれに恩を感じている。


「責任を意地でも取りたいアリサさんには悪いですが」


 なら答えは簡単じゃないか。



『俺が負ける事なんて無いですよ』



 大きな目をさらに開いたアリサさんを見ながら俺は自分が吐き出した無理を覆す。


 早速【くうらん】として優先的に他国戦の参加を決めた。






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