第7回 究極とは何か

「『何か』とは何か」という問い。これを突き詰めて行くと「究極とは何か」に行きあたる。ここが行き止まりかというと、それはちがう。なぜか。そもそもこの「『何か』とは何か」と「何かとは何か」という問い自体が相関関係にあるからである。また、本質的に循環してもいる。

 究極とは何か。たとえば。デジタルをアナログ方向へ分割していくとする。しかし、閾値があるためアナログにはなり得ない。極限までアナログに近づけることはできるかもしれない。しかしデジタルはデジタルなのである。これがいわゆる「デジタル感」であるとか、内容はアナログ版とは同じでもデジタルツールだと覚える「違和感」とかではないだろうか(例:書籍など)

 ではアナログは? もちろん同様のことが言えよう。デジタル様(よう)のことに近づけられてもやはり「アナログ感」や「違和感」は出ることは想像できる。


 いまの世の中はアナログとデジタルとの均衡が取れているかあるいは崩れようとしている時期に差し掛かっているのではないだろうか。

 ものごとは、バランス(均衡)を必要がある。

 したがって、守旧として紙媒体ばかりでも非効率ではあるが、紙媒体のメリットはある。メリットとデメリットの比較をした上で効率的な運用する能力が求められる。

 また、デジタル媒体においても同様である。デジタルを推進しすぎるのもまた危険であると思う。デジタルはデジタルであり、アナログにはなりきれない。なりきれない部分はアナログ媒体で補うことになる。とすると、やはりアナログ媒体の管理能力を維持する必要がある。


 アナログ媒体とデジタル媒体、両方に記録しておく。そうすることで、デジタル媒体が使用不能になった場合、アナログ媒体で代替可能になる。アナログ媒体が汚損しても、デジタル媒体から印刷できたり閲覧できたりと、相互補完の役も果たす。


 究極のところ、デジタル社会といっても、アナログとは無縁ではいられないのである。


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