第9話 閑話 ゼツ君の♡秘密の♡覚書
『頭領の代替わりがあったそうだ。
実際に会った三代目は、思ったよりも幼い子供で、八歳だという。
八歳にしても小さい気がするのは、自分が大きく育ちすぎたせいだろうか?
頭領の教育の一環で、自分の故郷の言語の勉強を申し出られた。
だが、これは必要ない様だ。
何故なら自分の父親で、セイを養っていた男が、時々地口で口走っていたからだ。
お蔭で、その言語を用いて会話をしながら、ここに来た経緯を聞き出すことができた』
最近、ロンには気になる事があった。
「ねえ、エンちゃん?」
「何でしょう?」
日課の散歩を終えてから、夕食の準備に取り掛かったエンに、大男は真面目に問いかけた。
「この隠れ家に罠を張る必要は、なくない?」
「そんな事はないですよ」
きっぱりと言い切った男は、穏やかな笑顔のまま手を休めず、答えた。
最近、朝夕に幼いセイを外に連れ出すようになった。
閉じこもりがちになっては、体に悪いからだ。
だが、それによる弊害もあった。
「この間、初めて外に散歩に行った夜、この隠れ家に狼藉者が侵入したんです。気配に気づいて、部屋に行ったランが撃退してくれましたが、あのまま気づかなかったら、セイは大人しく連れ攫われていたかも知れません」
何故なら、一度寝たらどんなことが起きても、目を覚ましてくれないからだ。
「……」
「罠にかかったら、きちんと目汚しになる前に片付けますから、心配しないでください」
「そう言う心配は、してないけど」
ロンは小さく唸って引いたのだが、色々と思うところがあったらしく、その翌日から頭領教育を始めると告げて来た。
ゼツが戻って来てその後の処理も終え、人材が増えた事も理由の一つだったが、幼い頭領にはまずは教育が必要だと考えた為だ。
言語や国々の風習の違い、躾の違いなども教育する上で、おのずと危機感も覚えて欲しいというのが、裏側の事情だ。
戸締りを習慣づけさせた頃、奇妙な事が起こり始めた。
『この隠れ家に落ち着いて長い。
未だ未熟な頭領の教育は進んでいるが、周囲が心配してお披露目時期を引き伸ばしているらしい。
危機感が乏しいのは気になるが、少しずつ身になっていくはずの話で、そう目くじらを立てる事ではないはずだと、そう思っていたのだが……』
ランが、青ざめた顔で立ち尽くすエンの横で、難しい顔になっていた。
その目の先には、動いた罠がある。
その日、早起きしたランが、罠の残骸を見つけた。
「……また、一か所だけだな。罠にかかってしまって、逃げたと言う所か」
不幸中の幸い、そう言ってもいい事態だった。
念のために、セイのいる部屋に様子を見に行ったオキが、ランに告げる。
「まだ寝てる」
「まさか、こういう事が頻繁に起こるようになるなんて」
ロンも珍しく厳しい顔で呟く。
これで、五日連続だった。
昨日からはロンも手伝って、逃げられない罠を張っているにもかかわらず、一度もその狼藉者を捕えることが、出来ていない。
初めのうちは、衣服の端が残っていたのだが、最近では罠の攻撃すらうまく逸らしてしまっているらしく、破られた罠以外の痕跡が残っていない。
「今夜からは、見張りもつける?」
こちらも少し硬い顔でジュリが切り出すと、ランは溜息を吐いた。
「そうだな。どんどん、巧妙になって行ってるから、オレたちにすら気づかれずに、セイを連れ去られてしまうかもしれない」
「そんな奴が、うちの連中以外にもいたとは、想定外です」
エンが悔しそうに言うのにジュラも頷き、交代で見張りに立つことが決まった。
『奇妙な事があった。
エンやロンが、巧妙に仕掛けた罠が、毎日一つずつ破られるようになった。
皆が難しそうな顔になっているが、もっと奇妙な事があった。
残されていた衣服の端、どこかで見たような布切れだ。
しかも、古着のせいか色々な人間の匂いが、混ざりあっている。
それに、かかる側になった事があるから分かるのだが、破られた罠は隠れ家側から破られていた。
それ位、エンやロンも気づきそうなものだが。
それとも、分かっているが敢て、分からない振りをしているのだろうか。
どちらにしても、今夜から交代で見張りをする事で決まったから、もう収まる話となるだろうと軽く考えていたのだが、くじ引きで当りを引いてしまった』
見張りのゼツ以外、本当に就寝している気配があった。
「……」
本当に、分かっていなかったのかとこっそりと溜息を吐き、ゼツは地べたに座る自分の横に座る、黒猫を見下ろした。
「……破れた服は、ランが繕っておいた。この分ならば、奴らは余計な事には気づかぬまま、治められる」
ランが、気づいてくれたのが幸いだった。
「後は、頼むな」
気楽にそう丸投げされたのは、少々遺憾だったが。
それにしても、想いの偏りであそこまで頭が鈍るのかと、呆れるとともに末恐ろしい。
自分も、例えば好いた人が何かやらかしたとしても、冷静に対処できなくなるのかと思うと、今から不安があった。
「……余計な心配は、今はやめて置け」
黙り込んでいるゼツに、オキが静かに声をかけた。
この猫は、ここまで喋る化け猫だったのかと、最近知った。
今迄気づかなかったのは、何もゼツの前での会話を控えていたわけではないと、ランは言っていたから、十中八九あの大男に手を下したことが、きっかけになった事は明らかだった。
父親であるあの狼には随分な苦労を強いられたが、良かったことも少しずつ増えつつある。
その一つがオキとの会話が成り立つようになり、ジュラジュリとの話にもついて行けるようになった事だ。
そして、もう一つ。
罠に残っていた衣服の端についていた匂いが、親しい仲間たちの古着だというのに気づくほど、鼻が利くようになった事だ。
「火傷の後は、後まで残ると鼻まで鈍らせるんだろう。だから、治った今は余計に鼻が鋭く利くようになったんだな」
「その割に、あの人本人の匂いが、いまいち分からないんですが」
ゼツは、微かな布ズレの音と共に、小さな足音が近づいて来るのを聞きながら、合ってからこっち不思議に思っていたことを呟いた。
それにも、黒猫が静かに答えてくれた。
「父親の方の、遺伝だ。あの子の父親も、匂いで後を辿れない人だ」
「……成程」
頷きながら立ち上がって、大男はやって来た人影を迎えた。
「……夜更かしが、習慣になったんですか?」
静かに問いかけると、小さな足音が立ち止まった。
月明りも薄い今夜は姿が見えにくいのだが、昼間よりは人の姿を見分けやすい。
目を見張った幼い子供が、戸口の前で立ち竦んでいた。
「お前、逃げる気はもう無くなったんじゃなかったのか?」
呆れたオキの問いかけにも、目を見張ったままのセイは、その僅かな間で事情を察した。
「……もう、罠の細工はしてないのか?」
「ええ。代わりに、見張りが立つことになりました」
「……」
嫌そうに、顔が顰められた。
そんな子供に構わず、ゼツは諭すように言う。
「本当は、外で見張る段取りですが、そんな事をしてまた罠が破れていたら、あの人たちも流石に気づきます。あなたが、罠を破って外に散歩に出ているという事に」
「……まだ、一度も出てないけど」
セイが無感情に戻って答えた。
聞いて見ると、罠を破らないようにすり抜けたと思ったら、別な罠に引っかかるという、集中力散漫な理由で、いつも見つかる前に部屋に戻っていたらしい。
「……」
道理でこの五日の間に破られている罠が、外に向かっていたわけだ。
この辺りは、仕掛け過ぎたエンやロンの勝利だろう。
知らせるわけにはいかないのが、ゼツとしては辛いが。
「……あのな」
呆れ切った顔を言う、器用な顔を作ったオキが、静かに子供に呼び掛けた。
「何だって、わざわざ夜中に散歩に出ようとしてるんだ?」
「いいじゃないか」
セイは無感情に答えた。
「私にも、一人で夜道を歩いて、考えたいこともあるんだ」
「そんな事、今は許されるはずが、ないだろう? どれだけ、周りが神経質になっていると思ってるんだ」
「逆に、何でそんなに気を張ってるのか、分からないんだけど」
オキが、頭を抱え込んでしまった。
「夕方や朝方もいいけど、夜の風も好きなんだ。それに、眠っている獣を見物してくるのも、楽しいし。でも、そうなのか。もう少し大きくなるまでは、夜中の一人散歩は駄目なのか」
いや、大きくなっても夜中の散歩を、一人きりでさせるような人たちじゃない。
言いかけたがやめた。
無感情ながら、落ち込んでいるように見えたからだ。
オキも慌てたように立ち上がったところを見ると、その様子に狼狽えたらしい。
「そうと決まった訳じゃない。お前が安全だと分かれば、罠を仕掛けるという事も、しなくなるはずだ。それまでは、我慢して夜は大人しく眠れ。罠を破っていたのがお前だと知れたら、どう言う動きに出るか、本当に分からないからなっ」
大昔からこの盗賊団に身を寄せるオキは、ここまで連中に溺愛される存在を知らない。
どう言う盲目さになるのか想像もできないだけに、今の事態ですら恐ろしかった。
「……」
出来合いの度合いは違えど、この黒猫も相当毒されているとゼツは思うのだが、まだ冷静な方だと見受けられる為、そのことには触れずに頷いた。
『何とか説得が成功し、セイを部屋に戻すことができた。
しかし、夜行性の自分としては、夜中の散歩が気持ちいい言う意見は同感だった。
何とか、少しでも気楽な状態で、外に出せる方法はないだろうか?
見張りの間中、それを考えてしまっていた。
確か明後日、寄合をすると言っていた。
今後の事を真剣に考えるのだそうだ。
その時に、何か理由を付けてセイと夜の外に繰り出せる許可を、申し出てみようか。
さて、どんな理由を付けようか。
少しだけ楽しみに思える』
語り継がれるお話 5 赤川ココ @akagawakoko
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