第4話:呪われても良い
しかしそれ以降、彼女は俺に対して過剰なまでに甘えるようになった。
「ねぇ望、今日、久しぶりに泊まりに行っていい?」
「は!?い、いや……流石にそれは……」
「どうして?昔はよくお泊りしたじゃない」
「姉さんの部屋で寝てくれるなら…」
「えー……一緒に寝ようよ」
「いやいや……」
「大丈夫だよ。私は別に君に対して欲情したりしないし、君だって私に欲情しないでしょ?ねぇ、私達親友だもんね?ずっと。この先ずっと。君は私を好きにならないでしょう?」
『私達は親友』『君は私を好きにはならない』彼女は俺に言い聞かせるようにそう何度も繰り返す。それは呪いの言葉だった。彼女も分かっていて使っていた。
「君は……ずるいな……」
「ずるい?」
何が?と彼女はしらばっくれる。相変わらず、目の奥は笑っていない。いつからだろう。彼女が笑わなくなったのは。
壊れ始めていることはとっくに気付いていた。俺が突き放せば、消えてしまいそうで怖かった。
「……分かったよ」
「ふふ。ありがとう」
断りきれなくなり、泊まらせることを了承した。親の許可が貰えたらという条件で。しかし、残念ながら両親は快く許可をくれた。男女とはいえ、昔からよく泊まらせていたからなんとも思っていないのだろう。
「……ベッド使っていいよ。俺は布団敷いて寝る」
「やだ。隣で寝て」
「海菜……いい加減に——っ!」
流石にそれは断わろうとしたが、彼女は無理矢理俺をベッドに引き込み、抱きしめる。
「お願い。望。最近私、一人で眠れないの。悪夢ばかり見るんだ。隣に居て」
不安そうに言われ、断れなくなる。最近、ちるが彼女の家によく泊まりに行っているのはそういうことなのだろうか。
「俺が隣にいたら余計に眠れなくならないか?」
「大丈夫だよ。君は私に欲情したりしないから。ね?そうでしょう?」
そう言いながら彼女は俺の背中に腕を回し、抱きついて胸に頭を埋めた。言葉では「好きではない」と言えても、心臓は嘘をつけない。落ち着いてはくれない。
「……望、ぎゅってして」
甘えるようにそう言い、俺の腕を自分の背中に回した。言われるがままに抱きしめる。彼女の体温が、身体の感触が、匂いが、欲情を催す。離そうとすると「行かないで」と縋り付かれてしまう。
「海菜……分かってるだろ?俺は君のことが「知ってるよ」」
俺の言葉を遮り「でも、君は私を好きにならない」と震える声で呟く。
「……でしょ?望。そうだよね?そもそも、大人になっても親友でいたいって言ったのは君だろ。ずっと、このままの関係でいたいって。私も同じだよ。君とはずっと、ずっと親友でいたいんだ。……お願い、望」
「私を恋愛対象として見ないで」と彼女は悲痛な声で呟く。
「だったら……こんな……煽るような真似はやめてくれないか」
「大丈夫だよ」
呪文のように「君は私を好きにならない」と彼女は繰り返す。親友で居たいと言ったのに恋人になりたいと望んでしまった俺を責めるように、何度も。
あぁ、そうか。これは俺に対する罰なんだ。彼女を異性愛者だと決めつけてしまった、彼女が同性愛者であることが嫌だと思ってしまった、彼女を独り占めしたいと、彼女と恋人になりたいと望んでしまった俺に対する、彼女からの罰なんだ。
「…分かったよ」
「俺は君を好きになったりしない」と彼女の言葉を復唱し、自分自身に呪いをかける。それでも邪な想いは消えてはくれなかった。それどころか、増していくばかりだった。この邪な感情を捨てるためには一度彼女から離れるべきだと分かっているのに、思い出の中の彼女の笑顔が、優しさが、あの日桜の木の下で三人で誓った約束が、『行かないで』という彼女のわがままが、俺を彼女の元に縛りつける。
「……望……ごめんね……」
いつかの添い寝の日、彼女は寝言でそう呟いた。悪いことをしているという自覚はあるらしい。元々彼女は優しい子だ。俺がわがままを聞くことも、彼女を苦しめる要因になっていることは分かっている。だけど、もはや何をしたって俺は彼女を傷つけてしまう。
「……君のわがままは俺が望んで聞いている。君が罪悪感を覚える必要はない」
眠る彼女に——そして自分自身に言い聞かせる。俺に対する罰はきっと一生は続かない。いつかは終わりが来る。そのタイミングは誰にも分からないが、いつかは必ず。それまでは俺は、彼女の奴隷でも構わない。側にいられなくなるよりはマシだと自分に言い聞かせ、涙を流しながら眠る彼女を抱き寄せた。
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