第3話:私と君は親友

 翌日、彼女は長かった髪をバッサリと切って俺たちの前に現れた。元々髪を伸ばしていたのは彼女に憧れていたかららしい。彼女が可愛いと褒めてくれることが嬉しかったからという、何とも乙女で可愛らしい理由だった。十年以上一緒に居て、ここにきて新たな一面を知るとは思いもしなかった。恐らく、恋人しか知れない顔もあるのだろう。俺にはその顔を知る機会は一生こない事実が受け入れ難かった。


「えっ!鈴木くん、髪どうしたの!?」


 急なイメチェンに驚くクラスメイト達に彼女が「失恋したから」とへらへら笑いながら答えると、一斉に俺の方に視線が集まった。首を振って否定する。クラスメイト達は彼女が同性愛者であることは知らない。知っているのは俺とちると、あと海菜が好きだった海菜の従姉妹の空美さんと、空美さんの彼氏の真さん、それから海菜の両親だけだ。


「じゃあさ鈴木、俺と付き合わない?」

 

 クラスメイトの一人の男子が冗談っぽく言い、俺の方をちらっと見た。彼女は男っぽいと言われがちだが、なんだかんだで男子から人気が高いのだとその時知った。俺と付き合っていると思い込んでいる人が多く、勝手にライバル視している奴もいる。

 髪を切ってから、彼女は告白される頻度が増えた。失恋したことを知りチャンスだと思ったのか、男子達が次々と彼女に想いを伝えてはフラれていった。


 やがて、彼女は自ら自分が同性愛者であることを公言し始めた。元々彼女は『自分が異性愛者だと当たり前のように思われていることが辛い』と話していた。

 何が悪いの?と堂々と、深刻な空気を作らずにサラッと打ち明けたおかげなのか、彼女に対して差別的なことを言う人間は少数だった。それでも、居なかったわけではない。

 中には『男除けのための嘘だ』と決めつけて交際を迫る人間もいた。彼女が同性愛者であることを受け入れがたいと思ってしまう気持ちが分かってしまう自分が嫌だった。周りから身勝手な好意や差別心を向けられても、彼女はいつも堂々として『同性なら誰でいいわけではない』と主張し続けていたが、裏で泣いているところを見かけたことがある。弱っていく彼女を献身的に支えていたが、尽くしていたらいつか彼女が俺のことを好きになってくれないだろうかという邪な気持ちもなくは無かった。恋とはなんと醜いものなのか。こんな醜い一面が自分にあるとは知りたくはなかった。早く、捨ててしまいたかった。別の人で良いと思いたかった。人の気持ちに敏感な彼女なら俺の気持ちには薄々気付いているのだろう。だからもう、きちんと打ち明けて終わらせようと思った。その結果避けられてしまうとしても、こんな感情いつまでも燻らせておくわけにはいかない。


「あのさ、海菜。俺と一緒にいて平気なの?辛くない?」


「……どうして?」


「……俺の気持ち、気付いてるんだろ」


 気持ち?と彼女は首を傾げる。本当に気付いていないのだろうか。なら、言わない方が良いのだろうか。いや、言わなきゃ終われない。


「海菜……俺は……」


「ずっと君が好きだった」そう言いかけたところで彼女は俺の言葉を遮り笑顔でこう言った。


「君は私を恋愛的な意味で好きになったりしないでしょう?だから平気だよ」


 そして、彼女はこう続ける。


「君はこの先もずっと私の親友でいて。私を好きだなんて言わないで」


 笑顔のままだが、目は笑っていなかった。苛立ち、不安、怒り、悲しみ——複雑な感情が入り混じった瞳が俺を見つめる。好きになってほしくない。でも、そばにはいてほしい。そんな想いが痛いくらいに伝わる。

本当に彼女のことを想うのなら、それは無理だとはっきり言うべきだということは分かっていた。だけど、言えなかった。言わせてもらえなかった。


「……大丈夫だよ。人としては好きだけど恋愛対象としては見てないよ」


 彼女の望む言葉を口にすると、彼女は複雑そうな顔で「ありがとう」と笑った。好きだと言うなと言われたこと以上に、離れたくないと思ってくれたことが嬉しかった。自分の気持ちに嘘をつくだけで側に居られるのなら、それで良いと思ってしまった。

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