第1話:私は異性愛者にはなれない

 私は、自分で言うのも何だが、同性から人気があった。その辺の男子以上に、女子から好かれていた。ラブレターを貰ったり、時には好きだと告白されたりもしたが、当時私には好きな人が居たから全て断っていた。

 相手の性別に触れたことはないが、私に告白してくれた全員が、相手が異性だと勝手に決めつけていたと思う。相手の性別を確認した子は一人もいなかった。「やっぱり同性同士なんておかしいよね」という、私を否定する否定の言葉を、私を好きだと言った声で何度聞かされたことか。

 当時私が好きだったのは一つ上の、吹奏楽部の女の子。しかし、彼女には同い年の恋人がいた。その恋人は男性だった。

 周りに同性同士で付き合っているカップルはおらず、私だけが異常なのではないかと思わされた。勇気を出して相談した教師も「同性愛は思春期特有の一過性の感情だから大人になれば治る」と言い放った。

 一度だけ、私を好きだと言ってくれた同級生の男子と付き合ったこともある。


「萌音……キスしていい?」


「……いいよ」


 ファーストキスも、その彼だった。彼の部屋でした初めてのキスに抱いた感情は、嬉しいでも、ドキドキしたでも、気持ちいいでもなく、という嫌悪感だった。


「……嫌だった?」


「……まさか。……嬉しかったよ。……嬉しかった。嬉しすぎて……泣けてきちゃった……」


「……萌音……」


 涙を流す私を抱きしめ、彼は「もうこれ以上嘘付かないで」と泣きそうな声で言う。


「嘘ってなんだよ……好きな人にキスされて嬉しくないわけないだろ……」


「……じゃあ、もう一回していい?」


「い、いいよ。好きなだけしなよ」


「じゃあ、するから目閉じて」


 キスを繰り返すたび、嫌悪感は増した。やがて耐えられなくなり彼を突き飛ばしてしまう。


「……俺はまだ満足してないよ。萌音」


「えっ……ちょ……や、やだ……来ないで……」


 私に迫る彼から後退り逃げていると、壁にぶつかる。両手を壁について私の逃げ場を塞いだ彼の泣きそうな表情は、いまだに脳裏に焼き付いている。


「なんで……君がそんな顔をするの……」


「……別れよう。萌音。……俺じゃ君を幸せに出来ない。傷つけるだけだ」


「は、はぁ?無理矢理迫っておきながらなんだよ……」


「……間違いだったらごめん。君は、本当は女の子が好きなんじゃないか?」


「えぇ?何言って……」


 彼の表情は真剣そのものだった。冗談でしょと笑い飛ばせなくなってしまうほどに。


「萌音、俺は君が好きだよ。好きだから、君が我慢して俺と付き合ってるのが辛い。お願い……正直に話して……」


 泣いてしまう彼を抱きしめ、私は謝罪と共に全てを打ち明けた。物心ついた時から同性が好きだったこと、それを教師に相談したら「いつかは治る」と言われたこと、そして——彼とキスをして、気持ち悪いと感じてしまったこと。


「……騙してごめん」


「ううん…話してくれてありがとう」


 そうして、彼とは別れたが、私が同性愛者であるという噂は一切広まらなかった。広まったのは、別れたという事実だけだった。彼の優しさが嬉しくて、だけど辛かった。

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