人生で一番憎んだ君へ

三郎

プロローグ:私の恋はいつだって

 という二文字を辞書で引くと

<特定の異性に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、互いにそのような感情をもつこと>

 とある。今でこその二文字がに置き換わっていて性別を限定しなくなっている辞書が多いが、私が若い頃は、恋愛は異性間だけのものだった。

 しかし、私が恋い慕う相手はいつだって同性だった。

 初めて恋をしたのは確か、幼稚園の先生だったと思う。


「わたし、せんせいとけっこんする!」


「あらありがとう萌音もねちゃん。でもね……」


「君は女の子で、私も女だから結婚できないんだよ」そう言われたことを、今でもぼんやりと覚えている。

 先生は私に、いつか好きな男の子が出来る日が来ると諭した。けれど、今でも私は男性を好きになれないし、今まで愛した人は全員女性だ。これから先も異性を好きになることはないと確信している。


「んー……」


美月みづき、おはよう」


 寝ぼけた声で「おはよう」と笑いながら私に擦り寄る彼女は、私の恋人の花寺はなでら美月みづき。彼女とは付き合って十年以上経つ。普通なら結婚していてもおかしくはないが、あの時先生が言った通り、私達は同性同士であるが故に結婚できない。どちらかが性別適合手術を受けて戸籍を男性に変えない限りは。

 私は43歳、彼女は38歳。人生の折り返し地点が刻一刻と近づいている。

「私達を家族だと認めてくれる国で暮らそう」と彼女に提案したことがあるが、彼女は「私は私と貴女が生まれ育ったこの国で貴女と家族になりたいです」と私に泣きながら訴えた。そのために戦いたいと。だから私達は日々、同じ想いを抱える人達と共にその想いを国に訴えている。その結果、様々な自治体でパートナーシップ制度が認められるようになってきた。私達もパートナーシップを結んでいるが、これは結婚のように法的な効力があるわけではない。戸籍上ではまだ、私達は他人同士なのだ。


「……美月」


「……ん……何……萌音もねちゃん……」


「……なんでもない。ただ……ちょっと、甘えたくなって」


「……甘えん坊さんですね貴女は……よしよし……」


 いつになったら私は、この国で正式に彼女と家族になれるのだろうか。度々、不安に思う。私達は法の元で家族として認められないまま人生を終えてしまうのではないかと。

 そしてその不安と共に必ず思い出してしまうのは、中学三年生で初めて出来た恋人のこと。

 初めて愛し、そして……恐らく私が人生で一番、傷付けた人。

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