第2話:初めての恋人
それからしばらくして、中学三年の春頃、私は二つ下の
私にはファンの女の子がたくさんいたが、彼女達の熱烈な好意よりも、小百合ちゃんの無関心さが酷く心地良かった。勝手に期待して勝手に幻滅しない彼女が、誰よりも優しく思えたのだ。
私が彼女に懐いていることを良く思わないファンも多く、彼女は度々私のファンに絡まれていたが、ファン達は私が少し注意すればすぐに彼女に対する嫌がらせをやめた。
「ごめんね。私のファンが」
「……先輩は何も悪くないでしょう。それに私、元々同性からは嫌われやすいですから」
「妬いてるのかも。君、美人だから」
私がそういうと、彼女はわかりやすく動揺した。もしかすると、彼女も私と同じなのではないかという期待を胸に、卒業式の日にパーティと称して家に呼び、告白をした。
「小百合ちゃんさ、私のこと好きでしょ。恋愛的な意味で。私も君が好きなんだ。恋愛的な意味で。付き合おうよ。私達」
私は彼女をよく揶揄う。だから、その日もいつものように揶揄われているのだと判断したのか、彼女は一度驚いた後すぐに笑い飛ばした。
「付き合うってなんですか。女ですよ。私も、あなたも」
同性同士の恋は間違いだと、誰もが言う。だけど私はそれは認めたくはない。私がそれを認めてしまえば、私を愛してくれた彼に失礼だから。
「冗談じゃないよ。小百合ちゃん」
冗談だと言わせない空気を作り、彼女に迫る。
「も、萌音先輩……?」
「……私はね、女の子が好きなんだ。物心ついた時から。男の子とは付き合いたいと思えない。ねぇ小百合ちゃん……」
「キスしていい?」と彼女に懇願する。彼女は戸惑いながらも、小さく頷いた。それを合図に、唇を重ねる。初めてのキスで感じた、嫌だとか気持ち悪いとかそんな嫌悪感は一切なく、むしろ心地良かった。彼女も、ボーッと、蕩けたような顔をしていた。
「好きだよ。小百合ちゃん。付き合おうよ」
心ここに在らずといった表情で「はい」と答えた彼女を抱きしめる。心を躍らせる私を抱きしめ返し「私も好きです」と彼女は躊躇いがちに呟いた。その日から正式に交際が始まった。
私を愛してくれた元カレはすぐにそれに気付いた。周りの人達からも「彼氏できた?」と聞かれることが増えた。性別には言及せずに「恋人が出来た」と周りには答えた。彼女は人目を気にして街中では手を繋ぎたがらなかったが、最初はそんなこと気にならないくらい盛り上がっていた。部屋で二人きりの時だけは、ちゃんと甘えてくれるから。
だけど、付き合いが長くなるにつれてだんだんと彼女から笑顔が消えていった。高校二年になると、後輩からこんな話を聞くようになった。
「萌音先輩って、黒崎小百合とまだ連絡取り合ってるんですか?」
「ん?うん。仲良しだよ」
「……先輩、気を付けた方がいいですよ。あの子、ガチらしいんで」
「ガチ?」
「女が好きって噂があるんですよ」
彼女の元気がなくなっているのはその噂のせいなのかと察した。噂のせいで私と付き合うことが苦痛になっているのかもしれないと。
そして、その噂を知ってから数日後、彼女から「彼氏が出来ました」と告げられた。耳を疑った。
「堂々とした浮気宣言だね」
冗談だと言ってほしかった。けれど彼女は真剣な顔で
「冗談じゃないです。本当に」と言う。
「……私もう、耐えられないんです。普通の恋愛をしたいんです。私は同性愛者なんかじゃないって、証明したいんです」
この時、彼女とどんな会話をしたかは詳しくは覚えていない。記憶に残せないほど、ショックだったのだろう。覚えているのは、彼女の彼氏に私との関係をバラすと脅して、抱かせろと迫ったこと。その先のことは鮮明に覚えている。最中の彼女の泣き顔や、私を恨むような顔は未だに夢に見る。終わった後に「あなたなんて好きにならなければよかった」と言われたことも。「本当に好きだったんですか?」「私を脅してこういうことをしたかっただけなんじゃないですか?」と言われたことも。
「……恨んでいいよ。小百合ちゃん。全て私のせいにしてしまえばいい」
私は彼女を一切責めなかった。決して、優しさからではない。彼女が罪悪感を抱えていることに気づいていたから。私が私を責めることで、彼女を肯定することで、彼女の中の罪悪感を膨らませてやろうと思ったから。
「全部、私が悪いんだ。君はなにも悪くない」
そうやって一生、私を裏切った自分を責めて生きれば良い。そう、私は彼女に呪いをかけた。優しさに見せかけた残酷な呪いを。
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