最終話:もう自分に嘘をつくのはやめる
その日の夜。家に帰って彼女に一方的にメッセージを送る。友人ではなく自分の話だと前置きをして、自分がゲイであること、そして流されて付き合ってしまった女の子が居ることを打ち明ける。
その日は返信は無く、翌日の朝に確認すると『内容見ました。明日学校から帰ったら返信するね』と深夜の2時に返信が来ていた。
そして翌日の夕方に約束通り返信が来る。
『話してくれてありがとう。分かってるから相談してくれたんだと思うけど、私は君の味方だよ』
『うん。そう言ってくれるって分かってたから打ち明けられた』
一人で抱えていた重荷をようやく下ろせた気がした。彼女が自分は同性愛者だと堂々とカミングアウトしていなければ下ろせなかった。
『鈴木くんは怖くないの?普通と違うことが』
『怖くない。といえば嘘になる。でも、言わないと私は当たり前のように異性愛者にされてしまう。それが嫌なんだ』
その気持ちは痛いほど分かる。だけど俺は彼女のように堂々と出来ない。『ホモなんて気持ち悪い』と嘲笑う視線が怖い。
『私はね、みんなの中にある"異性愛が当たり前"なんて常識をぶっ壊したいんだ。粉々に砕いてやりたい。もし君も同じ気持ちなら、手伝ってほしい』
オープンにしろというのだろうか。それは無理な話だ。俺は彼女のようにみんなを上手く丸め込むことは出来ない。
『ごめん。無理強いはしない。それから、私から君がゲイであることをアウティングしたりもしないから安心して』
『それは信じてる。ごめん。俺は君みたいに堂々と出来ない』
『うん。誰だって、自分を否定されることは怖いよ。私が堂々としていられるのは人に恵まれているからだと思う。一人だったら戦えなかった。運が良かったんだ。私は』
俺も彼女に出会わなかったら孤独感を抱えたままだった。
『俺も運が良かった』
『私に出会えたから?』
『自分で言うなよ』
ふふ。と悪戯っぽく笑う彼女がスマホの画面の向こうに見えた気がした。
『実は私ね、最近まで、自分に好意のある男の子に八つ当たりしてたんだ』
『八つ当たり?』
『わがまま言って困らせてた。昨日、そのことを謝ってようやく仲直りしたんだ。君も彼女と話をするなら早めがいいよ』
そうだ。彼女ともちゃんと話をしなければならない。鈴木くんとのトーク画面を一度閉じて、彼女に『大事が話があるから空いている日を教えてほしい』と連絡を入れる。『明日の夕方空いてます』とすぐに返信が来た。なんの話かは聞いて来なかった。会う約束を取り付けて鈴木くんとのトーク画面に戻る。
『明日会う』
『お。偉い』
『いつまでもずるずる引きずっているわけにはいかないって、前からずっと思ってた』
『うん。何発か殴られておいで。私も昨日満ちゃんに尻蹴られたから』
『なんで月島さん?』
『私のこと殴れない彼の代わりにって。めちゃくちゃ痛かった』
それでもへらへらしている彼女の顔が浮かんでしまう。泣いたり叫んだりする姿が想像出来ない。
『彼女も俺のこと殴れないと思う』
『よし。じゃあ私が代わりに君を殴ろう』
『お手柔らかにお願いします…』
翌日の夕方、彼女を家に招いた。彼女と会うのは卒業以来だった。忙しくて会えないと理由を付けて、会うのを避けていた。
「……久しぶり」
「お久しぶりです。……話って?」
彼女は浮かない顔をしていた。良い話ではないことは察しているようだった。
「……俺、ずっと君のことを騙していたんだ」
「騙していた?」
「……ごめん。……俺、本当は君のこと好きじゃないんだ。好きになれない」
頭を下げて謝罪する。沈黙に耐えきれずに頭を上げると、意外にも彼女は平然としていた。
「……そんな気はしていました。……断り辛い空気でしたから。……それでも、付き合えた事実が嬉しかった。……最低ですよね私」
「俺の方が最低だよ。……ごめん。……別れたい」
「……はい。いつかそう言われる覚悟はしていました。……今までありがとうございました」
彼女は涙一つ流さなかった。初めて会った時の気弱そうな彼女はそこには居なかった。俺と付き合って変わったのか、それともただ単にあの時は緊張していただけだったのか。多分、後者なのだろう。
「ごめん。……それで、もう一つ……言わなきゃいけないことがあるんだ」
「……もう一つ?」
「俺は……」
これは、言うべきなのだろうか。言わなくても良いのではないだろうか。俺がゲイであることなんて、彼女は知らない方が幸せなのではないだろうか。そう考えてしまい、言葉に詰まってしまう。
「……無理して言わなくても構いませんよ」
彼女にそう言われると、ふと鈴木くんの言葉が蘇った。
『私はね、みんなの中にある"異性愛が当たり前"なんて常識をぶっ壊したいんだ。粉々に砕いてやりたい。もし君も同じ気持ちなら、手伝ってほしい』
カミングアウトしなければきっと、俺は彼女の中で異性愛者にされたままだ。
「俺は……」
「……はい」
「俺はね、君だけじゃなくて……女の子を好きになれないんだ」
「えっ?……それは……つまり……」
「……恋愛対象は男なんだよ。同性愛者なんだ。俺は」
恐る恐る、彼女の顔を見上げる。驚いてはいたが、その瞳に蔑むような色はない。哀れみも、嫌悪も無く、そこにあるのはただ単に驚きだけのように見えた。理解が追いついていないのだろうか。
「……それは……考えもしませんでした」
言葉を選ぶように口をぱくぱくさせてようやく出てきたのはその一言だけだった。
「……疑わないんだ?」
「どうして疑うんですか。君がこんな状況で嘘を吐くような人でないことは分かっています」
「……そっか。……ありがとう。……君は本当に優しいね」
もっと責めてくれて構わないのに。騙していたことを怒ってくれて構わないのに。それなのに彼女は「話してくれてありがとう」と泣きそうな顔で優しく微笑んだ。
「知りたくなかっただろ……こんな真実……」
「いいえ。将来、君に彼氏が出来て、その時に初めて知るよりはマシです。話してくれてありがとうございます。……気付いてあげられなくてごめんなさい。私は君のことが好きだったのに。誰よりも近くで見ていたはずなのに。私と同じ気持ちではないことは薄々と気付いていたのに」
自分を責め、泣き始めしまった彼女に手を伸ばしてやめる。きっと、抱きしめてやるのは逆効果だ。
「……俺は、最初で最後の彼女が君で良かったと思ってるよ」
「どうしてですか……?」
「恋愛対象にはならなかったけど、人としては好きだから。俺は樹や周りの人に何度も女の子に興味無いって話してたんだ。けど、誰も信じてくれなかった。『ホモかよ』って嘲笑われて、そうだけど何か?って開き直れなかった俺のせいでもあるけど。……認めたらどういう仕打ちを受けるのか怖かったんだ」
「……みんなそうだと思います。誰だって、自分を否定されることは怖いですよ。そこで堂々と出来るのは強い人です」
「……うん。高校に、同性が好きだって堂々とカミングアウトしてる女の子が居てね、その子から勇気を貰ったんだ。彼女に出会えなかったら、君に真実を話せないままだった」
「女性が好きだと、隠しもせずに?」
「うん。……言わなきゃ異性愛者にされてしまう方が嫌なんだって」
俺もそうだ。ずっとそのことに苛立ちを覚えていた。どうして気付かないんだと。
「あのさ……君にお願いがあるんだ」
「はい」
「どうか、世の中の全ての人間が異性愛者だと思わないでほしい。俺みたいに言えない人もたくさん居るはずなんだ。俺達は何気ない会話の中で、当たり前のように異性愛者にされる。好きな女の子は居るの?とか、彼女作らないの?とか……そういう何気ない質問が辛かった」
「……」
「……そういう話を振るときは、性別を限定しないようにしてほしい。彼女彼氏じゃなくて恋人や好きな人に置き換えるとか。それだけで少しは打ち明けやすくなると思うんだ」
「……気にしたことありませんでした」
「うん。ほとんどの人はそうだと思う。それについて別に責める気はないけど、君には、打ち明けても大丈夫な人になってほしいんだ。俺みたいに悩む人の味方になってあげてほしい。味方だよって、さりげなくアピールしてあげて」
「……はい」
「……うん。よろしくね」
「……はい。わかりました」
これで少しは、鈴木くんの手伝いが出来ただろうか。
彼女が帰ったところで鈴木くんに一連の事を報告すると『お疲れ様。頑張ったね。私の言ったこと手伝ってくれてありがとう』と一言だけ返ってきた。その一言で涙が溢れ出てきた。お礼を言うのはこっちだ。彼女が居なかったら俺はずっと一人で悩んでいた。
全ての人の前で堂々とすることは俺にはまだ出来ない。だけど、少しずつ、彼女の手伝いをしていこうと思う。やれることから。少しずつ。
もう自分に嘘をつくのはやめだ。
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