第九話 四つ目
この町には真ん中に巨大な湖があり、この日照り続きにも関わらず、他所の市街地よりはまだいい方だった。連日のように水遊び目的の人々で賑わっていたのだ。昨日までは。
雲ひとつない蒼天に照らされ、舗装道路は陽炎が見えるほど焼けていた。佐藤兄弟は中曽根荘の坂道の中腹に位置する小高い丘に立ち、見下ろしていた。
湖はぬかるんだ底が露呈し、誰かが捨てた冷蔵庫や電子レンジ、テレビ等が泥の中に見えていた。お盆を前にして、今は市の職員がその撤去に追われている。
佐藤兄弟は金目の物を全て売り払い、会社内での暴行のために減らされた和真の退職金を切り崩し、当面のコンビニの運営資金に入れ、なんとかやりくりしていた。
その帰りに、この光景を見ていたのだ。明徳は震える声で言った。
「……な、なあ、これって」
明徳は言いかけた言葉を飲み込んだ。
和真の背中を冷たい汗が流れていった。和真も怯えを隠した声音で言った。
一、それは虫の姿をしている。
二、それは蛇の姿をしている。
三、それは狛犬の姿をしている。
四、それは池の水を飲み干す。
五、それは人の姿をしている。
六、それは人を食べる。
七、その姿を見てはいけない。
明徳は力の抜けた膝を降り、土手の上に座り込んだ。その背中に声がかけられた。
「ほぉぉ、その話しを知っとるのか、かず坊」
そこには歳の割には腰がしっかりした老人が立っていた。中曽根荘の大家、中曽根裕二だった。中曽根荘に佐藤兄弟のほかにいる唯一の住人。
「この話し、知ってるんですか?」
「ああ、知っとるよ。昔っからじゃぁこんなのは。三十年に一度、その話しが町中に広がると、この湖の水が干上がるんじゃよ。お前さんら若いもんには初めてのことかもしれんがの。大丈夫じゃわぁ。またゆっくり元通りになる。もっとも、話しの中心にいるものには不幸かもしれんがの。……ありゃ? 幸福だったか?」
中曽根のじいさんはしっくり来ない頭を振り振りアパートに帰って行った。和真はまだ話しを聞きたかったが、耳が遠くなっている老人には和真の問いかけは聞こえていなかった。
明徳は疲れた顔で言った。
「これから……これからいったいどうなるんだ?」
その顔の腫れは引き、夕陽が当たっている今ではよく見ても分からないほどだった。
「さあ……ね」
和真は明徳の横に腰かけると、湖の異変を眺めている野次馬達が帰っていく姿を何時間も見つめ続けていた。
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