第31話 2週間後に パトリシア視点(3)

『レディ。よろしければ、僕と一曲踊ってくださいませんか?』。

 それはあの日――パーティーの日、テオドール様から初めていただいたお言葉。そんなものの登場に思わずぼんやりとしてしまっていると、今度はすっと右の手が差し出されました。


「あの日の事は僕にとっても特別でして、実を言いますと――。落ち着いたあとこうしてこの場を訪れ、貴女と共に振り返りたいなと思っておりました」

「っ。そう、だったのですね……っ」

「そしてあの夜のダンスもまた、特別なものでして。貴女の素敵な笑顔と心のこもったお言葉をいただいたら、もう一度この場で踊りたいという気持ちが強くなったのですよ。……パトリシア様。互いに礼服ではなく、音楽などもありませんが――。お相手をしていただけますでしょうか?」

「はい……っ。お願い致します……っ」


 あの日のように差し出された手に、今日は満面の笑みで手を重ねて。私達だけの舞踏会が始まりました。


「こう見えて僕は、場数は相当に踏んでいますので。リードはお任せください」

「テオドール様、そちらは存じ上げておりますよ。……あの時の感動と驚きは、今でも心に残り続けています」


 踊りながら行われた、悪戯っぽいウィンク。そちらに、口元を緩めてお応えします。

 デビュタント以来実践も練習の機会も、1度もありませんでした。なのにあの日の私は、完璧に踊れてしまったのですよね。


「ステップは以前より滑らかに踏めて、苦手だった動作もスムーズに行えました。『すごい方』、『楽しい』、『気持ちが良い』。そんな気持ちで、一杯になりました」

「ええ、こちらも存じ上げております。そういったお顔をされていましたので」

「えっ!? そっ、そんな顔になっていましたかっ!?」

「あの頃は貴女の後ろに見えていた、本来のお姿。そちらは活き活きとされていて、こちらまで嬉しくなりましたよ」

「そ、そうだったのですね……っ。夢中で気が付きませんでした……っ」


 ポテンシャルを引き出されている――。もう無理だと思っていたダンスの中で、初めての体験をしましたので。全然知りませんでした。


「夜空に輝く星のような、キラキラとしたものでしたよ。『曲が終わって欲しくない』と感じる、パートナー冥利に尽きる時間でした」

「永遠に続けばいいのに。私もそう思っていまして、これ以上の感動を得られるダンスはないと感じていました。……でも、それは間違いだったようです」


 今度は、私が茶目っ気を出す番です。テオドール様の真似をさせていただき、イタズラっぽくウィンクをしました。


「今の私は、リードしていただいています。そんなテオドール様を感じながら踊れていることが、幸せでたまりません」


 最愛の人に引き出してもらって、一緒に舞う。息遣いや体温を感じながら、一緒にダンスを作ってゆく。

 そういったことを行えているのですから、そうなるのは必然的です。


「ふふっ。パトリシア様はいつも、僕が嬉しくなってしまう事を仰ってくれますね」

「口にしたくなる状況を、テオドール様が作ってくださるからですよ。あの頃も、今も。私の反応は、貴方様によって生まれています。……そんな風にしてくださる貴方が、大好きです」


 密着した際に、気持ちをお伝えさせていただいて。そうしたら、「僕もですよ」という囁きが返ってきて。なので、テオドール様も私も、更に笑顔の花が咲いて。この方と行うダンスに、更に夢中になって――。


「音楽のない、僕達だけの舞踏会。この状況は正解だったようですね」

「はい……っ。終わりは自分たち次第ですので、好きなだけ踊れます……っ」


 思い出の場所で、もっと共有していたい。そんな想いが生まれ、頭の中で流れていた曲が終わっても、私達はまだ止まりません。


「テオドール様……っ。引き続き、エスコートをお願いします……っ」

「お任せください。パトリシア様の魅力を、全て引き出させていただきますよ」


 2人だけの世界で行われる、2人だけの特別なワルツ――。私達はお互いの体力が許す限り、2人の時間を作り続けたのでした。



 そして――。

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