第12話 良い予想外、悪い予想外(4)

「『人間の資質は血で決まる』、ですか。なんとも面白い冗談ですね。実に愉快で的外れだ」


 立ち上がったあと。テオドール様は軽蔑と嘲笑をお顔と声音に含ませ、ゆっくりと大きく肩を竦めました。


「なんだと……!? テオドールっっ、何が言いたいんだ!!」

「そうではない、と言いたいのですよ。なぜなら目の前に、その証拠がありますので」

「……は……? 証拠、だと……? どこにそんなものがある!?」

「どこにあるのか。それは、僕の視線の先ですね」


 テオドール様の、目線の先。そこにいるのは、ただ一人。ジェルマン様です。


「十代の頃から素行が非常に悪く、多くの問題を抱えていた人間。そのため『第一子が家督を継ぐ』という決まりがあるにもかかわらず、有史以来例外となった人間。前当主と現当主の温情で、家に人間。名家の血が流れている人は、違いますね」

「っっっ!! きさっ!! 貴様ぁ――」

「すべて事実なのですから、仕方がありませんよ。……伯父上、ようやく理解できましたか? 貴方が発しているものは、固定観念、自惚れなのですよ」

「……ぐ……っつ。ぐぅ……っっ。ぐぅぅうう……!!」


 テオドール様が仰られていた内容は、全てが事実なのでしょう。

 腹立たしいが、反論できない――。そんな意思を含ませ、ジェルマン様はギリギリと歯がみをします。


「だっ、だがっ!! それはともかくだっ!! 繰り返すぞ!! 仮に上位貴族の養女になったとしても、繋がりは弱い!! お前には大公閣下からも縁談の話が来ていたはずだ!! バイナー家の長女を迎え入れっ、個人の感情など捨てて家のために尽くせ――」

「散々好き勝手に振る舞った――今現在も振る舞われている、そんな人とは思えない台詞ですね。その歳になってもなお、弟に――家に寄生したいとは。情けない」

「っ!! 言葉に気をつけろテオドールっ!! 違うっっ!! 俺は家の未来を案じて――」

「そうですか、では心配は無用です。この地は、ブロンシュ家は、今後も発展を続けますよ」


 テオドール様は領民と家を守り続けるため、こつこつと様々なパイプを作られていたそうです。

 あの日のパーティーへの参加も、そちらの一環。努力を重ねられていて、その結果、国内外に数多のコネクションをお持ちでした。


「なんだそれは……!? そんな話は初耳だぞ……!?」

「貴方に報告する義務などありませんよ。……言い方は悪くなってしまいますが――。伯父上は引き続き、大人しく家の脛を齧っていればいいのですよ」


 テオドール様は改めて睨みつけ、出入り口へと一瞥します。これは『お引き取りください』ではなく、『ただちに去れ』というものでした。


「こんな人間でも、父の兄、伯父。これ以上、事を荒げたくはありません。速やかに従ってください」

「………………ふ、ふんっ。せっかく忠告をしてやったと言うのに……っ。もういいっ。好きにしろっ!」


 恐らく、テオドール様がこんな態度を取られたことはなかったのでしょう。ジェルマン様は戸惑いを見せた後オーバーに息を吐き、踵を返されました。

 ですが――。

 負けっぱなしは気に食わない。何かしら言い返してから、とお考えになったのだと思います。歩き出していたジェルマン様は立ち止まって首を捻り、


「こんな化け物に、ここまでムキになるとはな。お前の美的センスは理解できん」


 まるで汚物を見るような目をして嗤い、再びゆっきりと歩き出しました。

 それによって――。テオドール様の目つきが、変わったことを知らずに。

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