第9話 奇跡(2)

「パトリシア様。よろしければ、こちらをお受け取りください」


 懐に左手を入れられていた、テオドール様。その手が服の中から出てくると、そこにはペンダントヘッド――小さなエメラルドが埋め込まれたものが、ありました。


「こちらはお守りとして、幼少期より持ち歩いているものです。これまで僕は大きな不幸が一度もなく、効果は覿面のようですので。もうないとは思いますが――。再発防止のために、お持ちください」

「そっ、そんなっ。いただけません……っ。テオドール様の貴重なものですので――」

「貴重なものだから、お渡ししたいのですよ。僕にとって貴女は、何よりも大切な存在ですので」


 ふわり、と。私へと注がれていた目線が、更に優しく柔らかくなりました。


「大切な方のためなら、できる事はなんでもしたくなるのですよ。そちらは今の僕の、何よりの願いですので。お願いを、聞いてはいただけませんか?」

「……………………はい。そうさせて、いただきます」


 こんなお顔とお言葉に対し、首を横になんて振れません。振れるはずがありません。私は両手でお守りを受け取り、胸元でそっと抱き締めました。


「…………ポカポカとしたぬくもりを、感じます。テオドール様が、いらっしゃるようです」

「そちらには僕の感情も込めておきましたので、より効果が増しているはずですよ。少々違う形で、パトリシア様をお守り致します」


 テオドール様はわざわざ片膝立ちになって瞳を見つめてくださり、それが済むと本当に名残惜しそうにしながら、お部屋を去られました。

 すっかり元通りですから私も外でお見送りをしたかったのですが、テオドール様に釘を刺されていますので。2階の窓を開けてお見送りをして、そのあと、私は室内にあるドレッサーへと向かいます。そしてそこにあるチェーンにいただいたものを取り付け、身に着けました。


「パトリシア。早速、身に着けたのだな」

「テオドール様に頂いた、沢山のものが詰まったお守りですので。これからは、肌身離さずつけていたいと思います」

「うん、うんっ、それがいい。良く似合っているぞ、パトリシア」

「そうね、あなた。もっと色々な角度から見てみたいけれど、今は回復したばかり。熱がなくても体は疲れているでしょうし、今日はゆっくり休みましょうねパトリシア」

「はい、お母様。そういたします」


 数日後には、大事なこともありますので。汗を拭いたあとトマトのリゾットをお腹に入れて、私はベッドに入ったのでした。




 倒れていた時に、恐ろしい出来事があった。そのことは、しっかりと覚えています。

 ですが右手の温かさが吹き飛ばしてくれた覚えがありますし、なにより、胸元にはお守りがありますので。恐怖心を微塵も感じることなく、再び眠りの世界へと落ちていたのでした――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る