第8話 パトリシアの部屋で起きていたこと 俯瞰視点
「…………ティルファ殿、ありがとうございました。娘は……」
「申し訳ございません。原因の解明には至りませんでした」
2階にある、パトリシアの部屋。その前では父ヤニック、母カロル、恋人テオドールが固唾を呑んで診察を見守っており、現れた50代後半の女性――かつて唯一専属医を名乗り出た名医は、静かに首を左右に振りました。
「パトリシア様の心音と呼吸――心臓にも肺にも、一切異常が見られません。その他の臓器も先週と同じく正常でして、急激に発熱する理由が――そもそも、発熱自体が発生する理由がどこにもないのですよ」
「「「………………」」」
「情けないのですが……。現在できる行為は、『見守る』のみです。傍に居てあげて、声などをかけてあげてください」
「………………先生、感謝いたします。こちら、本日の――」
「わたしは診ただけ、他はなにもできておりません。報酬はいただけませんよ」
医師ティルファは地位名誉ではなく、人命のために医者となった人格者。そのため反対に再度忸怩たる色を表し、なにかあればいつでも連絡を、という言葉を残して去ってゆきました。
「…………あなた。そういうことなら」
「ああ。見守ろう。あの子が
カロルの呟きに大きな頷きを返し、ですが、すぐ部屋には入りません。父ヤニックはテオドールへと向き直り、姿勢を正しました。
「ブロンシュ様。今のところは、待つしかできないようですので……。長時間娘の為にお傍にいてくださり、ありがとうございました」
「ブロンシュ様。娘のためにお時間を割いてくださり、ありがとうございました」
「大事な人の非常事態ですので、当たり前の事ですよ。そして――。できる限りお傍に居るのもまた、当たり前の事ですよ」
テオドールは控えていた従者を呼び、伝言を依頼。言葉を受け取った従者は速やかに馬車に戻り、そこから白い鳩が飛び経ちました。
「状況の把握は非常に大事なものですので、我が家(いえ)では常に伝書鳩に同行してもらっているのですよ。父にはやがて伝わりますし、僕は支障を出しはしない男です。ご安心ください」
「「ブロンシュ様……! ありがとう、ございます……っっ!」」
「こちらは、僕自身がそうしたいと強く願っている行動です。……では、改めてお邪魔をさせていただきます」
そうしてテオドールは眠りに落ちたパトリシアのもとに行き、強い祈りの気持ちを込めながら――。ベッドの上にある右手を、両手で優しく包み込んだのでした。
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