二 5-②


「あ、でもジャムがない!」


 すると、「買いに行かねばにゃ。明日も店を開くのだろう?」と漱石はまったく悪びれていない。亜紀はため息を吐いた。

「そうですね」

 漱石はひげで、のどをゴロゴロ鳴らしてご満悦だ。


「ついでに夕食の買い物もしてきます。あ、寒月さんも、夕食ごそうさせてくださいね。何か食べたいものありますか?」

「どうして?」


 寒月はびっくりしたような顔をした。


「どうしてって……今日のお礼ですよ?」

「別にいいですよ。ベンチで火の番してただけですし」


 客寄せになっていたことに気づいていないのだろうか。そう思ったが、口にはできない。


「ただで手伝ってもらうなんて、私の気が済まないんですけど……。あ、じゃあ試食ってことではどうです? お願いします!」


 そう言うと寒月は「やっぱりお孫さんですね」とつぶやく。

「え?」と首を傾げると、寒月は小さく首を横に振る。


「……いえ、なんでもないです。では試食でしたら、いただきます」

「食べたいものにゃあ。私は、そうだにゃあ、にゃにがいいかにゃあ? あ、牛肉! ステーキが良いぞ!」


 漱石が目をらんらんとさせて訴えた。亜紀が高額な要求に顔をひきつらせると、

「……あなたには食べる資格がないと思うんですが」

 寒月が冷たいまなしで漱石を見下ろす。


「え、えっと、寒月さんは、なにがいいですか?」

 彼はみぞおちを軽く押さえた後、空を仰ぎ、何かを探るような目をした。


「じゃあ、おれは……オムライスで」



 その晩、亜紀はジャムを煮ながら、腕を奮って料理を作った。といってもリクエスト通り、ステーキとオムライスとしるときんぴらごぼうとひじきの煮物というごく普通の家庭料理だったが。

 店のテーブルに料理を広げ、二人と一匹で食事を囲む。


うまい、旨いぞ、亜紀!」


 漱石がすさまじい勢いでステーキを平らげる。超特価でグラム百円なのだが、気にしていないらしくホッとする。小さな体のどこに入るのかと思いはするけれど、当然気分は良い。

 寒月をちらりとみると、彼は漱石の三倍くらいの時間をかけて食べている。

 少しずつ口に入れて、ゆっくりしやくする。そして飲み込むと、わずかに口元を緩ませる。美味しいと口に出して言われるよりも、よっぽど伝わってくるものがあった。ドギマギする。


(なんだか、美味しそうに食べる人だな……)


 トーストを食べた時もだが、食べる時の表情が豊かなのだ。きっと、食べることが好きなのだろう。


(だけど……あれ?)


 見ていると少し気がかりなことが出てきた。ステーキ肉には全く手を付けない。そしてごぼうとひじきにも。

 好き嫌いだろうか? 亜紀は忘れないようにメモをしようとスマートフォンを取り出した。


(え)


 ディスプレイの通知を見た亜紀は青ざめる。父からの着信、それからメールだった。

 亜紀は恐る恐るメールを開いて──、深くあんの息を吐いた。


『ばあちゃんが、目を覚ました』

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