一 4-②
(私が、来なかったから、だからおばあちゃん……倒れちゃった)
そしてじっと絵を見上げた。
「生き生きとしたよい絵だにゃ」
さらに漱石は背を向けて座り込むと、触っていいぞとばかりに振り返って亜紀をじっと見つめた。
亜紀はやわらかそうな体に手を伸ばす。恐る恐る背を撫でると、漱石は気持ちよさそうに目を細めた。予想以上にふかふかでなめらかな毛は亜紀の手を優しく包み込む。
人がペットに
漱石は亜紀の手に頬を
「私……小さいころ、ここを継ぎたいってずっと言ってて。だけど今まで忘れてて……こんなことになるならもっと、もっと早く思い出せばよかった……!」
語尾が涙で
私は、なぜ初対面の、しかも猫の前で泣こうとしているのだろう。
すると猫は言った。
「にゃにを悲しんでいるのだ? やりたいのなら、今からやればいいじゃにゃいかね。
簡単に言われて、思わず涙が止まった。
「今から? そ、そんな簡単に」
「難しいかね?」
「そりゃあ」
「本当に?」
難しいです。そう返そうとした亜紀は、はたと思い当たった。
できるわけない。そう思い込んでいた。だけど改めて問いかけてみる。
亜紀は今休職中。時間は十分にある。しかも料理は好きで、得意な方だ。そして──。
(そういえば、おばあちゃん……守ってくれって)
あれが、もしも店を続けてくれと言う意味だとしたら?
だとしたら、亜紀は決して断れない。この絵を見てしまっては、とても無理だと思った。
「私に、やれますかね?」
気がつくと亜紀はそう口にしていた。
漱石に対しての問いかけに、別の方向から問いがかぶさった。
「失礼ですが、飲食業のご経験は?」
寒月だった。目には心配そうな光があった。
「学生の時に、ファミリーレストランのアルバイトをしたくらいですけど」
「だから、店を切り盛りできると?」
そんなことは思いもしていない。雇われるのと経営が別物というくらい、亜紀にもわかる。やっぱり、無理かな、と気持ちが
「やっぱり、できないです……かね?」
だが、道を探ってしまう。亜紀、たのむ。祖母が病床から祈っているように思えてしょうがないのだ。
「ハルさんの気持ちを考えたら、できるできないはもはや関係にゃいのではにゃいのかね?」
足元から声が上がる。その言葉が亜紀の背中をそっと押した。
(そうだ。そうだよね)
今、できるできないは関係ない。重要なのは、やるかやらないかだ。ここで何もせずに放り出せば、それこそ祖母への裏切りだ。
勘違いかもしれない。だけど、待っていてくれたかもしれない。その想いは無駄にできない。きっと今はそう動くのが一番人のためになって、正しい行為なのだ。
「決まったにゃ」
漱石が
顔を上げる。だが寒月は美味しそうにおしるこの椀に口をつけている。さきほど一瞬見えた心配そうな光は消え、口元には応援にも取れる笑みが見え、亜紀は気のせいかとホッとした。
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