三 3-②


 途中の路地で寒月は脇道に入った。すると一本向こう側の通りに出た。ガラス張りのカフェが現れ、寒月が足を止める。


「ここなんかは参考になるかもしれません。トーストセットをやってるので」


 漱石がウキウキと籠から降りるが「残念ながら猫は店には入れませんよ」と寒月は笑う。


「にゃ、にゃんだと……!?」

「大人しく籠に入って待っててくださいね。でないと保健所行きですよ?」


 どことなく寒月がうれしそうに見えるのだけれど、気のせいだろうか。


「え、えっと、テイクアウトしてきますんで!」


 そう言い置いて中に入ると甘い香りが広がった。パイやスコーンが店頭に並んでいる。北欧テイストなおしゃれな店内には女性客が多かった。

 店員と客が寒月の姿に一瞬色めき立ち、直後値踏みするような目を亜紀に向ける。怖い。


(仕事です、仕事!)


 亜紀は観察に集中する。手帳を開いてメモを取っていると、頼んだトーストのセットが運ばれてきた。小倉あんとアイスクリームが載っていて、これは一種のスイーツだ。


(うわあ、これは! 女子の心をつかみまくってる……!)


 溶けたアイスがカリッと焼かれたトーストとすごく合う。小豆あずきの優しい甘さも素敵だ。


(うーん……ただ、これは女子向けの可愛らしい店構えだからこそ合うような気が……。丸ごと参考にしてはいけないような気もする)


 メモにかんたんなイラストと、『女子受けしそう』という感想を書き込んでいく。

 ちらりと見ると、寒月は超然とした様子でカフェオレを飲んでいた。甘いものが苦手なのではないだろうかと予測する。カフェオレに砂糖を入れていない。ブラックではないのが少し不思議だが。

 トーストをたんのうすると、少しお腹が落ち着いた。だがまだまだ視察は始まったばかり。たくさん歩いて、お腹をかせなければと思う。

 店を出ると漱石が目をらんらんと輝かせていたので、テイクアウトしたスコーンを渡す。

 またへび道へと戻る。通りには古本屋や雑貨屋などがぽつぽつとあるが、どの店もこじんまりとした中に工夫やこだわりが見られて楽しかった。

 さらには脇道にも風変わりな店があったりして、そのたびに発見に驚く。祖母の店もだけれど、『好き』が詰め込まれた秘密基地めいていて、ワクワクする。


「なんだか、宝探しみたいで楽しいですね!」


 子どもの頃に戻ったみたいで心底楽しかった。

 亜紀が同意を求めると、寒月はかすかに微笑んで「こっちに行ってみましょうか」と細い路地に入っていく。

 住宅地では目印がないので一歩間違えば迷い込む。この複雑な路地がどうつながっているのかちゃんと把握しているように見えた。漱石も物珍しそうにキョロキョロしている。


「寒月さん、道、よくご存じですね。私、祖母のお店に遊びに来てもほとんど料理ばっかりしてて、この辺りのことよく知らないんです」

「大学がこの辺で、近くで就職したのでそのまま住んでるんですよ」

「大学の時から、ですか」


 この辺の大学というとどこだろう。いまいち土地勘のない亜紀が首をひねっていると、


「ほう、まさかの後輩かね。どこかね」


 漱石がつぶやく。寒月は肩をすくめ「建築です」と答える。

 だが漱石がどこの大学出身かも知らない亜紀は、話についていけない。教養がないと言われてしまう。

「そ、そうなんですか」と笑って無難にごまかすと、寒月がまゆを上げた。

 わずかな沈黙の後、漱石が「角帽に興味にやしか。いい反応だにゃあ」と言いながら噴き出した。

 ムッとした様子の寒月はことといどおりを東に向かって上って行く。谷中の寺町をくぐり抜け、やがて一軒の店の前で足を止めた。そして奇麗な笑顔を向ける。


「こちら、いかすみオムライスが美味おいしいんですよ」

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