二 2-⑤


「もういいみたいですね」


 寒月が火を止める。そして赤い光を放つ炭を火鉢の灰の上に置き、炭を重ねた。が──


「け、けむい!」


 白い煙が上がる。あと強烈な臭い。

「ちょっと灰がしけってたみたいですね……」


 寒月がけほ、とせきをする。

 亜紀は慌てて窓を開けようとするが、窓際に置かれた雑多な置物がじゃまだった。カーテンを開けるが、しばらく開けていなかったのかねじ込み式のかぎが固くて窓が開かない。


(だめだこれ)


 だんだんいぶされている気になってくる。たまらず入り口の引き戸と、ちゆうぼうの勝手口を開けに走る。


「窓が開かないとなると……これ、下手したら一酸化炭素中毒になりますね」


 寒月が炭をばしで再び金網の上に上げた。危険だ。

あきらめましょうか」

 漱石があからさまにがっかりし、亜紀はなんとかならないかと思う。


「もうちょっと風通しの良いところに動かせたらいいんですけど……これはちょっと重すぎますね。使い終わったらいちいち戻さないといけないですし」

 寒月の言葉に亜紀はハッとした。


「そうだ!」


 倉庫に走ると七輪を持ち出す。

「これ、これなら、移動は楽ですし! そもそも調理用ですし!」


 漱石が「おおお」と目を丸くする。だらんと下がっていたしっぽがピンと上向き目がらんらんと輝いた。

 寒月が七輪の中に炭を入れる。赤い炭の入った七輪を抱えると、外の紅葉の下、ベンチの隣に据えた。


「金網貸してください。洗ってきます」


 ついでにパンを厚切りにすると金網と一緒に外に持っていく。

 金網の上でじんわりと火を入れる。軽く焦げ目がつくと裏返す。その間、二分ほど。香ばしい良い香りが辺りに漂い、通行人が歩みをゆるめてはちらちらと目線を向けてきた。

 亜紀の中でも期待感がすごかった。漱石はそわそわとしつつも一瞬たりとも目を離すまいとその場で踏ん張っている。寒月はひようひようとした表情を崩しはしないものの、どこか興味を失えない雰囲気だった。

 やがてパンがこんがりと狐色に焼き上がる。


「できましたよ」


 ベンチに腰掛けて二人と一匹で頂くことにする。

 まずはなにもつけずに。サクッとした食感ともちっふわっとした食感がほぼ同時にやってきて、口の中に甘味と香ばしさが広がった。


「…………!」

「なんだこれ……」


 寒月がつぶやき、直後ハッとした様子で口を押さえた。思わず漏れたと言った風だった。

 亜紀はバターをのせる。そしてまた一口。じゅわっと溶けたバターがカリッとしたトーストに香りを添える。

 これはもう、とまらない!


「か、寒月さん! バター! バターつけてください、すごいので!」


 寒月は言われるままにバターをのせる。

 そして亜紀は次ははちみつをかけて食べ、次にいちごジャムをのせようとして──目を丸くした。


「あれっ?」


 先ほど開けたばかりのジャムが空だったのだ。

 どういうこと? 問いかけようとした亜紀はあるモノを見てギョッと目をいた。


「な、なにしてるんですかあああ!?」

 漱石の皿がジャムの海となっていたのだ。


「にゃにって、ジャムを味わっていただけだが」

「限度がありますから!!!!」


 一瞬で一瓶!? もつたい無い! 怒りとあきれとがごっちゃになる。

 さすがにののしりたくなると、寒月がため息をついた。


「もしその猫が本当に漱石なら怒っても無駄ですよ」

「前置きがにやがいにゃあ。いい加減認めてもいいと思うがにゃ?」


 うんざりした様子で漱石が言うが、寒月は無視だった。


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