第16話 各国


「今日で9日目……」


 地下の書庫の中、ルトゥムは嘆息した。ケセドは3日前にアィーアツブスに調査隊を出したが、その中にルトゥムは入れなかった。

「お前は強すぎて隊の足並みを乱すだろう」というアスタロトのいう事はわかるが、何もせずにいる自分がもどかしくてたまらない。

 沈痛な面持ちで立ち尽くすルトゥムに声がかかった。


『焦り過ぎよ。何もできないならできないなりに慎ましくしていなさい』


 白い手袋で本を閉じたルキフグスが冷たく言い放つ。

 その言い方には何とも思わなかったルトゥムだが、彼女はロジンカの事が心配ではないのだろうか?という事が気になった。

 その心が読めたのだろう、ルキフグスはまた鋭い言葉を放った。


『心配だったらなんだというの?それを露骨に顔に出す方が私は不快だわ。もちろんそういう人を見るのもね。』


 だがルトゥムも、知っている言葉なら言われてばかりではない。


『……それは全てあなたの人格に左右された主観に過ぎない』

『あら、そう言うならこの書庫から出ていきなさい。ここは私の領域なのだから』

『……』


 ルトゥムは出ていきたくなかった。

 客室に戻ると、せわしない使用人たちに囲まれて世話を焼かれ、何かを勘違いしたままのトーマスからやたらと気を使われるからだった。


 お互い視線を合わせないルトゥムとルキフグスの間に、冷たい空気が漂った。

 その時だ。


『ルトゥム、お前に仕事が出来たぞ』


 アスタロトの朗らかな声が書庫に響く。

 ルキフグスが「いつの間に」と呟いてアスタロトの顔に本を命中させる。


「何故毎度のように本を飛ばすのだ?」

「騒がしい人が一等嫌いだからよ」

「ははは、すまんな」


 歓談を始めようとするアスタロトに、ルトゥムが話を戻す。


『仕事って?』

『おお、そうだった』


 アスタロトが手を叩き、佇まいを直してルトゥムに向き直る。


『先日、ホド皇帝国がロジンカの居場所を突き止めたとの情報を得た。それがどこかまではわからないが、特殊部隊と共にホドの調査隊を追って欲しい。彼らはロジンカを見つけ次第殺す気でいる。調査隊が彼女を見つけるようなら、交戦して奪還しろ。




 *****




「アドラメレク!アドラメレクはどこ!?」


 ベランジェ―ルは城の中を駆けまわっていた。

 通路を歩く女たちが、鬼気迫る様子で走る彼女に驚き、慌てて道を譲る。


 アドラメレクは陽光が燦燦と降り注ぐ空の下、兵の稽古場に居た。


「陛下、陛下!アドラメレク!」


 その背中にベランジェ―ルが駆け寄ると、女帝は驚いて女兵たちに休憩を言い渡した。


「どうした?そんなに慌てるなんてお前らしくもない」

「そんなこと言ってられないの!」


 ベランジェ―ルのそばかすが浮く頬に汗が伝った。


「ケセド国がゲブラー共和国に使節団を送ったわ。教皇自ら向かったのよ!きっと神の捜索の協力を仰いで同盟を結ぶつもりだわ!」

「なんだと……!」

「使節団が出発したのは二日前、ゲブラー共和国はホドからの方が近いけど、間に合わないかもしれない!どうしましょうどうしましょう!?」

「落ち着け、ベランジェ―ル」


 うろたえる彼女の肩を抱いて、アドラメレクは逡巡すると、口を開いた。


「同盟を組まれようが、我々が彼らより早く神を殺せばよいのだろう?」

「でも!まだ神は見つかっていないのよ!目星をつけた屋敷は火事で半壊していたの、生き延びた使用人に話を聞いたけど、神の蛹は確かに手に入れたけど神は知らないって……!今は瓦礫の中に死体が紛れてないか調査中だけど、それに時間が取られているの!もし死体が見つからなかったら、私たちは出遅れる!

 一応屋敷から少女と少年が逃げたという情報もあるけど……、子供がカンタレラを6つも手に入れるなんて、そんなことあるとは思えない!一応少数で捜索するように伝えたけど、もうきっと隠れてしまったわ……」

「まだ手はある力を貸してくれ」

「いいわ、何だってするけど!一体何をするの?」

「神を捕まえたと報じて、処刑式を開く。」


 ベランジェ―ルはその言葉の意味を理解した。

 アドラメレクの顔を見て、決心を固める。

 一世一代の大ほら吹きになる決心だ。


 *****



 三日後、ホド城の前には人だかりができていた。


 城の広場でアドラメレク神以外の神、詰まりホドの民たちにとっては邪神とも思える存在が処刑されるめでたい日だ。

 城門の前では早くもアドラメレクを讃える歌が歌われていた。


 その日、一人の女が処刑される。

 神だと報じられて殺された女は、ただの罪人だった。


 しかし、神が殺されたというその情報は瞬く間に広がる。

 衝撃は大陸全土に走り、ゲブラー共和国の大統領の耳にも入っていた。


 *****


「というわけだアスモデウス。どうか我々で共に新たな神を保護しよう」


 会談の場で、ケセド教皇アスタロトが、朗らかに手を差し出し、了承の握手を強請る。


「……私は新たな神は死んだと聞いたが?」


 ゲブラー共和国の大統領、アスモデウスはその赤い短髪をかき上げて疑問を呈した。

 ルビーの様な瞳で窓の外を見つめる。

 話に興味が無いようだ。


「程で処刑されたのは大人の女だろう?新しい神は少女だ。まだ死んではおらんよ」

「それが真実だとして、私にどう証拠を提示するつもりだ。」


 アスタロトは笑顔のまま沈黙する。


「俺には伝える術がない。信用してくれと言うしかないな。」

「話にならん」


 アスモデウスは鼻で笑って席を立とうとする。

 その背中にアスタロトが声をかけた。


「新しい神は、カンタレラをただ一つ飲んだだけで神へと昇華された」


 大統領の足が止まる。


「その謎を医学的見地から解明してみたくはないか?天空の外科医にして研究者、アスモデウス」

「……ホドはゲブラー共和国に隣接している」

「そうだな」

「ホドと敵対するのは厄介だ。争いなどのために時間が割かれるのが惜しい。捜索はお前の国でやれ。」

「つまり、お前の国は神の捜索には全く関わらんという事だな?」


 その言葉で、アスモデウスは漸くアスタロトの考えを理解した。

 彼は本当に神の捜索を手助けして欲しかったのではなく、第三勢力に出てきてほしくないだけだったのだ。


「もとより私は新たな神など求めていない。国に2柱も神がいれば派閥が分かれて内戦が起きやすくなる。研究の時間をそんなことに割きたくはない。」

「あいわかった。では交渉決裂だが、新しい神がカンタレラ一つで開花したのには俺も興味がある。

 俺達が神を手にした場合、その研究がしたかったら声をかけてくれ。

 人道的に頼むぞ?」

「……それは保証しかねる」

「おそろしいな!」


 アスタロトは冗談として受け取ったのか大きく笑う。

 その様子にアスモデウスは舌打ちをして、その場を立ち去った。


「さぁ、状況は整った。ここからが勝負だ、アドラメレク……」



 *****


「ベランジェ―ル、ここからが奴との勝負だ」

「ええ、アスタロトは神の姿を知っている。あのハッタリはゲブラーのアスモデウスに効いてもアスタロトには通じないでしょう」


 2人は足早にどこかへ向かう中、緊迫した雰囲気で話し合っていた。


「神の捜索を強化する。そのために派遣する調査隊に私も参加する。

 暫く国をまかせるぞ、ベランジェ―ル」

「ええ、わかっているわ」


 2人が白の中庭に到着すると、そこには多くの女兵士が彼女たちを待っていた。


「諸君!準備はいいな!アィーアツブスの草の根分けてでも新たな神を探し出し、改めて処断するぞ!」


 アドラメレクがそう言って剣を空に掲げると、女兵士たちは国家を歌ってこれを盛り上げた。


 ホド皇帝国とケセド国の対立が、子供が見てもわかる程になった瞬間だった。

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