第15話 グリムの宝物

雨の降る夜だった。

黒い影が墓場を素手で掘り返して笑っている。


「ああ、ほんとに綺麗だなぁ。腐ってなくて良かったよ」


黒い影の正体は、アスタロトの御付きの少年、グリムだった。

掘り返していたのは、秘密裏に葬られたロジンカの墓だった。

少年は大きな棺桶の中で横たわる、枯れた薔薇に切り刻まれた小さな少女の頭部から、二つの瞳を奪っていた。

血で汚れたそれを雨で洗い流して、少年は細い目で笑う。


「どんな宝石もこの不思議な色の前ではかすんでしまうね。きっとこれを見せたらディドゥリカも喜んでくれるよね」


グリムは棺桶に土をかけて墓を元通りにする。

後は雨が土を馴染ませて、何事もなかったようにしてくれるだろう。




*****




「お父さま、僕久しぶりに孤児院に帰りたいなぁ」

「こんな時期にか?」


グリムは自室にいたアスタロトに強請った。

今は新たな神の捜索でなにかと忙しい時期だ。

諜報や斥候に向いているが単独行動に出てしまうグリムは今回出番が貰えず、待機を言い渡されていた為に暇を持て余しているのだが。


「こんな時期だからこそ、ディドゥリカに会いたいと思って。」

「ほう、さてはまたどこかからか宝物を見つけてきたな?」


アスタロトは少し困った顔をする。

グリムは基本的にいい子だが、彼が気に入る宝物はたいてい物騒だったり猟奇的だったりするのだ。


「そう、防腐処理はしたけど、できるだけ早く見せにいきたいなあ」


今回も例にもれず、入手したのは生ものらしい。

アスタロトは何を手に入れたのかは聞かないことにした。

宝物の為の殺しはするなと言い含めてあるから、グリムの理性を信じることにしたのだ。


「孤児院には俺も行きたいが今は帰れん。アナトによろしくな」

「ええ~、やだなぁ。僕がアナトさんの文句聞かないといけなくなるじゃない」

「そこを何とかたのんだ」

「仕方ないな……」


こうしてグリムは一日だけの休暇を手に入れた。



*****



早朝、少年は宮殿から出ると、軽やかな足取りで城下町へ向かう。

孤児院はスラムの近くにあるのだ。

そこまで行くとなると、国の領土を半分は歩くことになる。

与えられた時間は一日だけ。日帰りで宮殿へ戻らないといけないというのもあって少年は急いだ。

本当はそんなことより、ディドゥリカに新しい宝物を見せたい一心で走っていたのだが。


ディドゥリカはグリムの恋人だ。

柔らかな金の髪にぱっちりとした青い瞳が美しい少女だった。

鼻のあたりにそばかすがあるのがコンプレックスで、人と話すときは俯いてしまう所も、グリムは愛らしいと思っていた。

彼女は少し病弱であまりベットから出られなかった。

だから会いに行くのはいつもグリムの方で、彼は会うたびに新しい宝物を持って行った。

少年はここしばらく忙しかったもので、中々宝物と出会えなかったため、彼女にも会いに行けなかったのだが、ようやく納得のいくものを手に入れたのだ。


グリムは人目も気にせず神が残した瞳を太陽に翳す。

防腐処理を施したそれは、一層色鮮やかなヴァイオレットになった。

彼女の笑顔を想像すると、自然とグリムも笑顔になる。

早く会いたい、と、心を逸らせている時だった。


「良いもの持ってるね。死んでから取ったの?それとも生きたまま奪った?」


変声期前の少年の声がした。

グリムはその声を聞いて、夢から醒めたように宝物から目を離し、声の主を見据える。


その少年は、翠の瞳で此方を見ていた。

長く艶やかな金の髪を頭の右側で編み込んで垂らしている。

それ以外は白いマントに身を包んでいて何もわからない。

カメリアを一目見た人なら分かる筈だが、少年は鏡に映ったカメリアのようだった。

当然グリムはカメリアを知らないので、単純に性別を感じさせない美しさの少年だと思った。


「目ざとい人だね?これはあげないよ。僕と僕の大切な人との思い出になるんだから。」

「はははっ、ずいぶん猟奇的な思い出を欲しがるんだね。君と君の大切な人とやらはとても野蛮な趣味を持っているみたいだ」


カメリアのような少年は笑った。

笑顔で馬鹿にされていることを理解したグリムは、少しムッとして、隠した手に暗器である寸鉄をもつ。


「君には関係ないよね?僕はこれで失礼するよ」

「ああ、まっておくれよグリムくん」


少年は立ち去ろうとするグリムの名を呼んだ。


「……どうして僕の名前を知ってるのかな?」

「そんなに怖い顔しないおくれよ。僕は君の宝物を、もう少し見ていたいだけなんだ。それは僕にとって、とても懐かしいものだから。」


少年が歩み寄る。

その様子から敵意も恐れも感じられないことが不愉快だった。


グリムの前に立ち止まって、神の瞳を持った手を覗き込もうとする少年の額に、寸鉄を装着した拳を突き付けた。

美しい少年の顔に、一筋の血が流れる。


「この色、懐かしいなぁ、あの子の瞳はいつ見ても綺麗だ。」


少年がひるむ様子はない。

痛みも剥き出しの敵意も感じていないみたいだ。

その態度が不気味で仕方なかった。


「……君は何?」

「僕?僕はアダムだよ。」


少年はあっさりと自分の名前を口に出した。

嘘をついた様子はない。


「アダム……」


グリムは口の中で復唱した。

その響きの名前には出会ったことがない。


「ほら、キョトンとしてる。僕の名前はこの世界じゃ意味を持たないんだ。誰も僕の事を知らない。悲しいよね」

「……この世界?君はまさか……」


グリムが何かを言う前に、強い風が一陣吹いて、グリムの言葉を遮った。

彼が目を開いたときには、アダムは元からそこに居なかったように忽然と姿を消していた。


「……夢でも見てたのかな?」


そんなはずはない、と思いながらも、少年は歩き出す。

変な奴のせいで時間を取られてしまった。

早くディドゥリカの下に行かないと。



*****



「アナトさん、元気?」

「……ああ!グリムじゃないの!久しぶりね!」


白い孤児院の前で白いシーツやタオルを干していた若い女性が、グリムに駆け寄った。

青い髪にサファイアのような瞳がアスタロトを思い出させる。

女性の近くにいた子供たちも、珍しい来訪者に沸き立ってグリムを取り囲む。


「ああっと、あんまり触らないでよね。お願いだから」

「あら?あなた、今日は一人?お兄様は一緒じゃないの?」

「最近新しい神の登場で忙しいんだ教皇サマは」


そう言うと、アナトは子供のように頬を膨らませて激怒する。


「なんたること!愛しい妹に丸二か月も会わずにいるなんて横暴よ!私だって会いたいのに子供たちを放ってはいけないから会いに行けずにいるのに!」

「アスタロトも同じで、国を放ってはおけないんだよね……」


一応のフォローを入れたが、怒り狂うアナトには聞こえなかったようだ。

群がっていた子供たちもアナトから離れて様子をうかがっている。

道を塞ぐものが居なくなったグリムは、裏庭へ走り出す。

そこにディドゥリカがいると分かっているからだ。


*****


「久しぶりだねディドゥリカ!なかなか会いに来れなくてごめん、寂しかったよね?」


「今日もお土産を持ってきたんだ!見てこれ、綺麗でしょ?新しい神が残した瞳なんだ」


「この世のものとは思えないくらいに綺麗だよね!」


「でも僕は君の海みたいに青い瞳の方がお気に入りだけど」


「もう思い出の中にしかない、僕だけの宝石……とってもロマンチックで素敵じゃないかな?」


「思い出の中と言ってもね、僕は君の姿を鮮明に思い出せるんだ。」


「夕方の小麦畑みたいで綺麗な髪に、日の当たる海の浅瀬みたいな色の瞳、少し青白かった肌と、」


「それから君が嫌がってた鼻の上のそばかすね!」


「怒ってる?君が嫌いでも、僕はそのそばかすすら好きだったんだ。」


「もちろん今でも君の事が好きだよ。他の人間なんて必要ないと思う位」


「ああ、でも一つ、悔しい事があるんだ」


「君の声、それだけが思い出せないんだよ」


「それだけはね、僕は僕を許せないな」


「どうして忘れてしまったんだろう」


「どうしてもう聞けないんだろう」


「悲しくはないよ。だって君はいつでも僕の傍に居てくれる」


「君の欠片をいつでも持っているんだ」


「だから僕は大丈夫」


「心配しないで、僕はまだそちら側にはいかないよ」


「まだ守らなくちゃいけない人が居るからね」


「いつか死の海の向こう側で、君と僕の結婚式をあげよう」


「2人だけで静かに、未来を誓い合おう」


「その時までどうか」


「ここで安らかに眠っていて」


グリムは掘り起こした棺桶の中に居た。

白い子供の骨骸を胸に抱いて、懐かしい人に語りかける。

骸は、心臓に近い肋骨が一本だけ欠けていた。


少年は死者と語らう。

日が暮れるまでそれは続き、


孤児院の部屋の片隅から、アナトが眉を顰めて、サファイアの様な瞳でそれを眺めていた。

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