罪の所在と王子としての最後 ※他視点
ホレスが離れてから少し。
宰相とグリーが居る場所へ他の存在が現れた。
それは王子であるグリーと同じような服装を纏っているが、グリーよりもしっかりとした印象を受ける男性だった。
「兄上? 何故このような場に来られたのでしょうか」
「お前に話があるからだ」
兄と話すような内容があっただろうかとグリーは内心首をひねる。
「宰相。この愚弟をこの場に留めて頂いたことに感謝する」
「いえ、私は貴方の指示を受けて、それを実行したにすぎませんよ」
ほんの少しのやり取りではあったが自分はあそこまで丁寧にされたことはない。グリーは宰相の自分と兄に対する対応の差に目を瞬かせた。
「さて、グリー。お前に話がある。しっかりと聞け」
「はい」
グリーとその兄、第1王子である王太子には明確な立場の差がある。王位継承権だけではなく人望、能力などあらゆる面で第2王子であるグリーは兄にかなうことはない。唯一勝てる要素で言えば、見目の良さと人当たりの良さくらいだが、それも大差があるという訳でもない。
「今回の騒動はオグラン侯爵家に責を与えるつもりではあるが、お前にも多少どころではない問題がある」
「今回の件で……ですか?」
自分が何か悪い事でもしたのか、それがわからないグリーはそのまま聞き返した。
「今回の件の発端は確かにオグラン家にあるとしている。しかし、その原因を作り出したのはお前も関わっている」
「は?」
そんな訳はない。自分が関わっているとは一切考えていなかったグリーは間の抜けた声を上げてしまう。
「最初、いきなり婚約者が変わっていたことをなぜすぐ上に報告しなかった?」
「あの場に居たという事は宰相を含め、私の婚約に関わった者たち全てが把握していると思っていたからです。普通、あの場で婚約者が変わっていれば、それは王宮でも把握されていると思うのが普通だと思います」
「なぜ、自身にその報告が無かったことを疑問に思わなかった?」
「普段からそれほど指示を受けることはありませんし、婚約者自体、私が決めた相手ではありませんから、そこまで気にしていませんでした」
グリーのその言葉を聞いて第1王子は大きくため息を吐いた。
「婚約者の話は毎回事前に報告をしていたはずだ。確かに、執務については事前に連絡をしなかったことはある。しかし、それは前もって報告しているとお前が雲隠れすることがあるからだ」
グリーは面倒な執務を押し付けられそうになると高確率で城外へ逃亡することが有った。最近は減ってきてはいるのだが、それでもなくなったわけではなく、それを防ぐために連絡なく仕事を振ることもあった。
「また、お前の女癖の悪さも問題だ。今回国外へ行ってしまった者からもたびたび苦情を貰っていた。まあ、それを窘めるのは婚約者の仕事だと、つっまねて来たのはこちらにも責があるが、本当ならお前は婚約者が出来た時点でそのような事をしなければよかっただけだ」
「はぁ」
婚約者が居たとしても他の女性と触れ合うことの何が悪いのかと、一切悪びれるような態度を示さなかったグリーに第1王子は見切りを付けた。
「はあ、とりあえず今言ったことはあくまでも些細な事ではある。しかし、本当の問題は別だ」
「私は何か問題を起こしたという記憶はないのですが」
グリーとしてはいつも通りの行動をずっと続けていたと認識しているため、何が問題だったのかを理解することが出来なかったようだ。
「……先日、お前が一緒にいた少女についてだ」
「先日? 少女……ラフリアの事でしょうか?」
グリーは数日前、執務を投げ出し城外に出ていた際に出会った少女の事を思い出した。あれからもう一度会ってはいるがそれっきりになっており、その後に別の女性と関係を持ったことでグリーはその少女の事をうっすらとしか覚えていなかった。
「そのまま、名乗っていたのか」
「はい?」
「いや、何でもない」
まさか、件の少女が偽名を使わずにグリーと接していたとは思いもよらず、第1王子は頭が痛いような気分になった。
「とりあえず、そのラフリアと名乗った少女の事だが、何処の出身なのか、お前は把握しているのか?」
「他国の出身で旅行でこの国に来たと聞きましたが、もしかして嘘だったのですか?」
「いや、他国出身なのは間違っていない」
それを聞いて、自分が騙されていなかったことに安堵するグリーだったが、本題に入っていない段階で安堵する様子を見て、2人の様子を監視していた宰相も呆れたような表情をしていた。
「その様子であれば、その少女の身分までは把握していないようだな。おそらく商人の娘か下級の貴族くらいに思っているのだろう?」
「出身と名前以外、何も言ってくれなかったので、訳アリの貴族とは思っていましたが……、まさかその部分に問題があったのですか!?」
今更、驚きの声を上げるグリー。しかし、その様子には少なからず演技を匂わせる硬さが見えた。
おそらく数日前にあった少女の身分に問題があったと気付いたグリーは、その問題を起こした原因をその少女に擦り付けるために、このような演技をしているのだ。
「その下手な演技は止めろ、グリー」
「え、演技ではないです。本当に驚いているのですよ? 本当です」
驚きが演技であることを指摘され、グリーはあからさまに狼狽え、口ごもる。
「お前の反応はどうでもいい。既に事は起き問題も回避できない状況だ。お前がどうあろうとそれは避けられない」
「え?」
何をしても無意味と言われ驚くグリーを無視して第1王子は話を続ける。
「先日お前と事をしでかしたラフリアという者の正体はタテリア皇国の貴族で間違いない。そして正確な名前はラフリア・テリエス」
「テリ……エス……!?」
テリエスという家名に聞き覚えがあったグリーはそれを聞いて一気に顔を青ざめ、事の重大さを認識した様子だった。
「あの少女はタテリア皇国、テリエス侯爵家の令嬢だ。そしてこの国に居た理由は確かにお忍びと言っても間違いはない。しかし、正式な物ではなく誰に事を告げることなく家出をした中でのお忍びだ」
「では、何故あのような事を? 確かテリエスの令嬢と言えば、タテリアの王太子の第2夫人として正式に迎え入れられることが決まっていると聞き及んでいましたが」
「それが嫌だった、それだけの理由だ。お前と事を運んだのもそれが理由だろう」
自分が利用されていた。そのことを聞かされてグリーはとうとう口を開けなくなった。
「まあ、利用されていたかどうかは関係ない。お前は他国の王族と婚約している者と事を運んでしまった。そして、それはタフリアの王太子に対する敵対行動としてとられた」
「っ!?」
意図せず国家間の問題に発展してしまっていることを知りグリーは息を呑んだ。
「しかし、あちらとしてもテリエスの令嬢が行った行動によるものである以上、ことを大きくしたくはないらしい。それはこちらとしても同じだが、今後同じようなことが起きないとは断言できない。故にお前は現段階を持って王族の籍から排除することが決まった。正直なところ、もっと早い段階でこうしておけばよかったと今回のことで大いに後悔している」
「はぇ?」
まさか、自分が王族ではなくなるとは想像もしていなかったグリーは、驚きや信じられないという思いから素っ頓狂な声を上げた。
「ただし、このまま平民まで位を落とすのも不安が残る。差し当たってオグラン家の爵位を剥奪する可能性があるため、もしそうなった場合はその穴を埋めるために新たな爵位を与えることになるだろう」
「そ……れは、もし剥奪されなかった場合、私はどうなるのでしょう。それと私と婚約していたリーシャはどのような扱いを……」
「……さて、どうなるのだろうな。まあ、あの者の事なら既に婚約は破棄されている。お前の気にするところではない」
知らぬうちに自身の婚約が破棄されていた事に驚くも、それ以上に自分の今後のことが不安でならないグリーは宰相の方へ視線を泳がせた。しかし、宰相はグリーの事を一切気に留めず、手に持っている書類の確認を進めていた。
そうしてこの時を持ってグリーは王族の籍から除され、一貴族として残りの生涯を過ごすこととなった。
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