婚約だけでは足りない?

 

 アレスの婚約者になってから1週間ほどの時間が経ちました。


 婚約したからと言って何が変わる訳でもないので、いままで通り私は辺境伯軍の回復士として過ごしています。


「レミリア。ちょっといいか」

「はい?」


 回復士としての仕事が一時的に無くなっていたので騎士団で使ったタオルなどを洗濯していたところ、アレスが声を掛けてきました。


「ガーレット国のことで話が」

「ああ、はい。わかりました」


 追手のことでしょうか。そうであればガーレット国の騎士団がアレンシア王国へ正式に訪れることが決まったという事でしょう。

 このような場で話すような事ではないので別の場所に移動します。移動する先は前に行った騎士団の談話室です。


「それで話とは何でしょうか」

「わかっているとは思うがガーレット国の騎士団が正式にこちらへ来ることになった。理由は友好としているがどう見てもお前を連れ返すのが目的だ」

「目的の方は想像通りですが、……何か気になることでもあるのですか?」

「え、あーいや。そのな」


 アレスの何かを言いたそうな表情が気になって私は聞いてみました。それでもアレスからは言い難いことなのか言いたそうな表情をしただけでまだ口にしませんでした。まあ、なんとなく言いたいことについては気づいているのですけれどね。さっきからアレスの視線が私の顔と腕の先、おそらく指に泳がせているのですから。

 

 まあ、私から言うことではないので変に多く口を開く必要はないでしょう。ただ、どうしていきなりそのような話が出ることになったのかが気になります。ガーレット国関連なのは確実でしょうけれど。


「これはあれだな。結論から言おうとしているからダメなんだな」

「はあ」

「そのだな、近いうちに来る予定のガーレット国の騎士団の中にガーレット国宰相の関係者がいるらしいんだ」


 ガーレット国の宰相といえばあまりいい印象はありませんけれど、目的のためなら手段を問わないような方でしたね。


「宰相の関係者となれば生半可な、婚約した程度では連れ戻される可能性が高い、と父上が言っていてな」


 婚約程度であれば国際問題などで割と破棄されることがありますからね。例自体は少ないですけれど、ない訳ではありません。それを盾に破棄を迫ってくる可能性があるということでしょうか。宰相の関係者となれば口は立ちそうですし、もしかしたら婚約者候補という名目で送られてきている可能性もありますね。


「それで?」

「それを防ぐためには婚姻を結んだ方がいいと言われたのだ。ある程度は抵抗するが確実な要素があった方がいいと」

「そうですか。それで、アレスはどうしたいのですか?」


 前のように責められ続けるのは嫌なので今回はこちらから聞いてみることにしましょう。


「え? 俺が? レミリアではなく?」

「そうですよ」


 少しだけ迫るような視線をアレスに向けます。するとアレスはあいらかに動揺したような表情をしてきました。もしかして、今までこのように迫られたことがないのかもしれません。なかなかに新鮮な光景です。


 少しだけ思考するかのようにアレスは眼を閉じました。そして、眼を開いた時には覚悟を決めたかのような眼で私をじっと見つめてきました。


「お……俺は……、レミリア。お前と婚姻、結婚したいと思っている」

「はい」


予想していたよりもあっさり言葉にしましたね。最初は言い淀んでいましたが、その後はすんなりでした。


「正直なところ、この前婚約をした時、一気に婚姻しても良かったと思っていたからな。父上の勧めもあったことによりそのようなことは言わなかったが」

「そうなのですね。まあ、そもそもアレスが私に対して最初にしてきた告白は“結婚してくれ“でしたしね」

「あー、まあ、あれはあの場の勢いと言うか、気持ちが逸ってしまったからだしなぁ」

「なら本音ではなかったと?」

「いや、むしろ、あの状況だったから不意に本音が出てしまっただけだな」


今までのアレスの話を聞いていた限り、小さい頃から私のことを好きだったらしいですし、そうなのかもしれません。今思えば、私が国境門を越える際の両乗りもその延長だったのかもしれませんね。


何やら少しだけ吹っ切れたような態度のアレスを見ます。表情は笑っていますが、少しだけ真剣な視線で私を見ていることがわかりました。


「それで、俺の意見は言った訳だが、レミリアの方はどうしたいんだ? 逃げ出すというのなら考えがあるが」


アレスのいう考え、というのが気になりますが、私はアレスとの婚約を受け入れた段階で色々と覚悟はできているのです。


まあ、私の答えを言う前にグレシア辺境伯の意見を確認してみましょう。私がこの場で了承の意を伝えれば、すぐにでもアレスは報告に行くでしょうし。


「私の返答を言う前に、グレシア辺境伯様はどのように言っていたのですか?」

「え、あー。『婚姻自体は婚約しているなら遅かれ早かれそうなることだし、お前たちはすでに結婚できる年齢だ。最終的な判断はお前たちに任せるが、悔いの残らないようにな。特にアレス。暴走しないように』だそうだ」

「ふふっ」

「笑うなよ……」


おそらく覚えている限りそのままを言ってくれたのでしょう。別にアレスに対する苦言まで言って欲しかったわけではないのですけれどね。


「ごめんなさい。でもそこまで正確に言う必要はなかったと思いますよ?」

「え、あ」


しかし、グレシア辺境伯様はしたければすればいい、といった意見、いえ、おそらく上から意見を言って命令にならないようにと気を遣っているのでしょう。ただし、私の気持ちを配慮してというよりは国の関係を考えてでしょうけれど。無理矢理婚約させたとみられないように避けたということですね。


「それでレミリアの答えは何なんだ? 父上の意見を聞いた上で、だ」

「まあ、私は最初から……いえ、アレスと婚約した時からその先に進むつもりでしたからね」

「それで?」


私の言葉を聞いて結論を察したのかアレスの表情が少しだけ華やぎました。


「ただ、最初に言っておきますけれど、私はまだアレスほどの気持ちはありません。アレスのことを好意的に見ているのは間違いはないのですが、まだ恋とは呼べないでしょう。それでもいいのですか?」

「ああ!」

「わかりました。アレス、いえ、アレクシス・グレシア様。私と婚姻……結婚しましょう。少しだけ政略的な部分が絡みますが、よろしくお願いしますね?」

「ああ、任せろ。というか、その言葉って俺がいうべき言葉ではないか?」

「ふふっ」


いつも押され気味ですからこういった場くらい立場が逆でもいいと思うのです。


「あーもう、先に考えてきた言葉が台無しだ。くそ。とりあえずレミリア。俺からも言うが、俺と結婚してくれ。必ず幸せにするから末長く俺の隣にいてくれると嬉しい」

「はい」


そうして婚約期間1週間で私とアレスは婚約者から夫婦になることになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る