母国での騒動と影響

追手が国境まで来ていたらしい

 

 何時ものように領軍で回復士の仕事をしていたところで、辺境伯様に呼び出されました。


 この時間帯に呼び出されたのは初めてなのですが、私は何かしてしまったでしょうか?

 いえ、問題を起こしたような記憶はないので別件でしょう。それにアレスも同じように呼び出されているので、私だけが該当するようなものではないはずです。


 もしかしたら、婚約に関係することかもしれません。辺境伯様に呼び出されアレスのことをどう思っているかを聞かれてから、既に5日も経っているので進捗を聞かれる可能性もありますね。


「どうして呼ばれたのか、アレスはわかりますか?」

「いや、俺も知らない。だが、昨日国境の警備に当たっている者から伝書鳥が来ていたから、それに関することかもしれない」

「国境から連絡ですか」

「ああ」


 国境となるとガーレット国関連でしょう。

 となると私に対する追手でしょうか。ここに来てから4カ月以上も経っているので今更な気もしますが、私の行先がわからなかった状況ですからこんなものなのでしょうか。ちょっとでも調べればすぐにわかったと思いますけれど、そこまで手が回っていなかったのかもしれませんね。




 辺境伯様の執務室に到着し中に通されると、すぐに執務室にあったソファに腰を掛けるように指示されました。


「ガーレット国側から騎士団がアレンシア王国側に通過しようとしていたらしい」


 私とアレスがソファに腰を掛けると同時に辺境伯様がそう話を切り出しました。

 やはりアレスが言ったように国境関係の話でしたね。それに私が呼び出されたという事は追手の可能性が高いという事でしょうね。


「正式な通達が無かったために引き返させたが、次は正式に許可を取ってから来るだろう。そうなれば拒否することは出来ない」

「父上。それが俺たちを呼び出した理由なのですか?」

「ああ、そうだ」


 父親である辺境伯様に肯定されてアレスが私の方を見ました。ガーレット国の騎士がこちらに来ようとしている理由が、私である可能性が高いことに気付いたのしょう。


「お前たちもこの話を聞いてわかったと思うが、おそらくその騎士団はレミリアを連れ戻すために派遣された一団だろう。国境を超えるのは個人の自由ではあるが、貴族であれば連れ戻しに抵抗することは難しい」


 貴族は所属する国から支援を受けているので、所属する国に対して不利益になるような行動は禁止されています。他国に移動することが不利益だと国が判断すれば、私が連れ戻されることを拒否することは出来ないのです。

 ただ、連れ戻しのタイミングで国に対する利を示すことが出来れば、それを拒むこともできるでしょうけれど……


「先ほども言ったが正式に手続きを踏んでしまえば、ガーレット国から騎士が来るのはこちらでは止めることは出来ない。すでに王宮の方には連絡を飛ばしているので多少の時間稼ぎはしてくれるとは思うが、それも不自然にならない範囲になるはずだから、精々半日から1日程度だろう」

「なるほどな」


 アレスがそう言葉を漏らしながら私の事をじっと見つめてきます。辺境伯様の言いたいことがわかっているのでしょう。

 まあ、このままこの場所に留まるならばアレスと婚約してガーレット国側に利を示せ、という事ですね。

 

 ガーレット国の国力はあの事件の後からずっと低迷し続けているので、他国の貴族、それ国の領土に隣接している領地を持つ貴族との繋がりを得られるのは、ガーレット国としての利に繋がるでしょうし、安易に拒否することも出来ないはずです。


 あと辺境伯様が言う時間稼ぎとは、婚約の手続きを進めるためのものでもあるでしょうけれど、私が他の場所に逃げるための時間を稼ぐ、という意味もあるでしょう。ただ、私はグレシア辺境伯以外に他国の貴族に対する伝手は無いですし、その後に捕まったらどうすることも出来ませんね。


「それでだ」

「はい」

「レミリアはどうするつもりだ?」


 実のところ、辺境伯様と話をした翌日からアレスの私に対する態度が変わったのです。それまでは何かにつけて話しかけて来ていたのにそれが殆ど無くなったのです。おそらく辺境伯様から私が嫌がっているという内容の話を聞いたのだと思いますが、その所為でかえって踏ん切りがつかなくなったと言いますか、今までやんわりと避けていた話題をこちらから切り出すのはどうかと思うのです。


 ですが、どちらかと言えば私がグレシア辺境伯家に助けを求めた形なので、この話しに関しては私から願い出る方が良いのかもしれません。


「それは……」


 私はそう言ってアレスの顔を確認すると、何となく察しているような表情でこちらを見ていたアレスと目が合いました。


「え、あ……えっと」


 言葉に詰まります。言葉に出すべきことはわかっているんです。私から婚約して欲しいと言えばいい。それだけなのですが、それはアレスの事をいいように扱っているだけで、私のために貴方は犠牲になってください、と言っているのと同義なのです。

 アレスが本当に私の事が好きなのであれば、その気持ちを踏みにじる行いです。そう思ってしまうと、声を出すことが出来なくなりました。


 確かに私は強力な回復魔法を使えます。そのお陰で国からの待遇は良かったですし、不自由なく過ごせていました。アレンシア王国に来てからも回復魔法が使えるから、辺境伯軍の回復士として働けています。

 私がアレスと婚約することは、アレンシア王国やグレシア辺境伯家にとっては利として扱われるでしょうけど、アレスにとってはどうでしょう。

 これは辺境伯様から婚約の話を出された時からずっと考えていたことです。アレスにとって私はそれほどの価値があるのかと。


 正直なところ、私は人の感情の機微を察するのがあまり得意ではありません。表情などにわかりやすく感情が出ていれば察することが出来るのですけれど、貴族は基本的に感情を笑顔で塗りつぶしますから、殆どわからないのです。

 なのでアレスが本当に私の事を好いているのかも、未だに確証は持ててはいません。


「申し訳ありません父上。少々時間を貰ってもよろしいですか?」

「ん? ああそうだな」


 アレスがそう言うと辺境伯様は一瞬私の事を確認しました。アレスは許可を貰ったことで席を立ちました。

 どういう事でしょうか。私が何も言わないから一旦話し合いは終わりという事になったのでしょうか。


「レミリア」


 席を立ったアレスが私に向けて手を差し出してきました。おそらく私が立つための補助として手を差し出してくれているのでしょうけれど、それ以外の意図がわかりません。


「ほら」

「え?……あ」


 半ば強引にアレスによって私はソファから立ち上がりました。


「それでは父上。次は……」

「夕食の後で構わない」

「わかりました。それでは夕食後に」


 辺境伯様に頭を下げてすぐにアレスに手を引かれ執務室から退室しました。

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