第三話 オッドアイなミッションII


 春風は由良召先生に言われたままに席に座った。

 先生が教卓の前に立ち、教卓前の席、いわゆる席替えで大ハズレの席に座っている状況。

 ふと横を見る。

 そこにはやっぱり外見だけはいい雨宮も座っている。

 外見だけはだ。

 もう一回言うぞ。

 外見だけはだ。

 

 そんなことはまぁ置いといて、由良召先生は俺たちが座ったのを見て喋り出した。


「二人を呼んだのは何故でしょうか?」


「は?」

「は?」


 春風と雨宮の声が同時に教室中に響く。

 

「は? って何よ」


 いやいや、だって自分で人を呼んでおいてそれはないだろう。


「先生が思いもよらないことを言うからですよ」


 雨宮が俺の気持ちを代弁してくれた。


『よく言った。雨宮様』

 

「わかったわ。貴方達二人を呼んだのは校外学習の事なのよ」


 校外学習。

 それは名ばかりの学習。

 学習という名目で遊びに行く。

 いわば遠足を言い換えた言葉。


「校外学習ですか?」


 春風が由良召先生に聞き返す。


「そう。校外学習。毎年一年生は入学した後、クラスメイトと親交を深めるために行く事になっていて、その班を明日決めたいんだけど……」


「その班決めを明日前に出てして欲しいということですね」


「そうなの。春風くんわかってるわね!」

 

 大体は予想つく事だった。

 続けて由良召先生は喋る。


「で、明日の終礼の時に頼めるかしら」


 明日の終礼。

 確か明日は何も予定がなかった。

 断る理由も無いし、学級委員になってしまったのなら仕方がない。

 やるか。

 俺はいいけど雨宮は……。

 

 俺は首を雨宮の方に向けた。

 

「……う。……外……習。」


 な、なんか呟いてんですけど!?

 え? あのー話聞いてましたかね?

 

 恐らくだが校外学習と呟く雨宮は由良召先生の話など聞いておらず、校外学習で頭がいっぱいのようだった。

 カラーコンタクトで隠してある目は心なしかキラキラと輝かせていた気がする。


『ま、いいだろう。雨宮も楽しみにしてそうだし、班決め受けよう』


「わかりました先生」


「ありがと! 春風くん」


 そう言った先生は教室を後にした。



 …………。



 はっ……! 違う!

 目的を完全に忘れてた! 

 俺は校外学習を楽しみにしてるわけじゃない!

 いや、楽しみではあるんだけど……ち、違う違う! 

 如月の件だ。如月。

 あいつに無理難題を押し付けられてるんだった!

 あ、雨宮は!?


「校外学習! 校外学習!」


 ま、まだ言ってるよ! 

 こいつ先生いなくなったの気づいてないのか!? 

 そんなに楽しみなのか?

 

「あ、雨宮さん? お、終わったよ?」


 俺は恐る恐る雨宮の肩を揺する。

 数回揺らされた雨宮は「はっ!」と驚いた様子。


「先生いなくなったよ?」


 念のためもう一度言う。


「え、え?」


 戸惑う雨宮。

 雨宮はあたふたした様子だ。

 

「せ、先生の話聞いてたよね?」


「……も、もちろんよ! 聞いてたに決まってるでしょ!?」


 聞いていなかったのが丸わかりだ。

 こいつ何も聞いてなかったな。


「じゃ、じゃあ何言ってたか分かるよ、ね?」

 

「あ、当たり前じゃない! こ、校外学習楽しみって話でしょ!?」


 ……でしょうね。

 聞いてるわけないですよねーー。


「ば、馬鹿にしないでよね」


 腕を組み、フンスと言わんばかりの威張り具合を見せる雨宮。

 その自信はどこから湧いてくるのやら。

 

「あのーー、先生が言ってたのは明日の班決めを仕切ってくれって言ってたんだけど……。もしかして校外学習が楽しみすぎて聞いてなかった?」


 俺は少し煽った。


「……う、うるさいな! き、聞いてたよ!」


 雨宮は顔を赤くした。

 

 あら可愛らしいじゃないですか雨宮様。

 裏の顔を持つ貴方でもそんな顔出来るんですね。

 

「図星か……っ!」


 痛ってぇぇ! こいつ殴ったな。

 ついに本性を表しやがった。

 殴ったね! 親父にもぶたれたこと無いのに!

 俺は頭を両手で押さえて痛みを和らげようとした。

 そして

 

「……馬鹿」


 そう呟いた雨宮は鞄を取って教室の扉を開けた。 

 

「じゃあね」


 そう言って雨宮は教室を後にした。




▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎



 っててて。

 あいつ強く殴りやがって。

 普通に痛てぇよ。

 …………。

 だぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 だから違うって!

 こんなことしてる場合じゃ無いんだって!

 追いかけなきゃ!


 俺は頭の痛みなど忘れ、急いで鞄を取って教室を後にし、雨宮を追いかけた。


「はぁはぁ。どこ行った?」


 出来るだけ大急ぎで下駄箱まで来たが雨宮の姿は見えない。

 ここまでの道のりで雨宮らしき姿は一切見えなかった。

 考えられる可能性は一つのみ!


「神隠しだ!」


「何言ってんのよ」


 声と同時に頭を再び叩かれる。


「……っで! 誰だよ……って雨宮さん!?」


 そこには居なかったはずの雨宮がいた。

 神隠しにあって、消えたはずなのに。


「何言ってたのよ。神隠しとかなんとかって」


「いや。なんでもない」


 と、まぁ冗談はさておき。


「どこにいたの?」


「トイレに行ってたのよ」


 雨宮は神隠しに遭っていたわけではなく、普通にトイレに行っていたみたいだ。

 

「それで? なにか急いでたみたいだけど?」


「あ、そうだった」


 ようやく言える。たった一言言うだけにどれだけの時間がかかったか。

 

「紹介したい人が……」

「空?」


 紹介したい人がいると言おうとした時、春風を呼ぶ声がした。

 タイミングがいいのか悪いのか。

 偶然にも春風を呼んだのは如月だった。


「……タイミング完璧だよ。如月」

  

「完璧って何が……って。空その人……」


「そ、お前が紹介してくれって言ってた雨宮さん」


「あのー。春風くん。この人は?」


 俺と如月のやりとりを見ていた雨宮が尋ねてきた。

 

 って、もうその真面目モードですか。

 切り替えが早いですわねお嬢様。  


「あー。雨宮さん、こっちは俺の幼馴染の如月。如月琴葉」


 俺は雨宮に如月を。

 如月に雨宮をそれぞれ紹介した。

 

「初めまして。如月さん。雨宮雪って言います。よろしくです」


 最初に喋ったのは雨宮だった。

 真面目モードでしっかりと挨拶をする。


「えーっと。如月さん?」


 如月は何故か俯いたまま動かない。

 雨宮が呼びかけるが反応はない。

 

 そういえばこれどっかで見たような……。

 確か昔……っ! まずい! 


「雨宮さん!」


 俺は雨宮の名前を叫んだが遅かった。

 

 如月は雨宮に抱きついてスリスリとほっぺを擦り付けていた。

 

「雨宮さ〜ん。一度喋ってみたかったの〜」


 こうなるともう手はつけられない。

 満足するまで如月はほっぺをスリスリする。

 

 昔、幼稚園の頃、俺と如月はマスコットと触れ合おうみたいなものに行った事がある。

 その時、如月はマスコットを前にしてさっきみたいに俯いた後、スリスリし続けた。

 如月の両親や、スタッフが止めに行ったが如月は満足するまで離れなかった。

 

 てか、まだその癖治ってなかったのかよ。


「は、はるかぜくん! こ、これ、ど、どうすればいいの?」


 如月の行動にどうすればいいのか分からなくなった雨宮は捨てられた子猫のように俺に助けを求めてきた。


「はいはい。如月さん。一旦離れましょうね」


 俺は如月の肩を結構強めに掴み、雨宮からゆっくりと引き離した。


「ごめんね雨宮さん。こいつ少し変な癖があって」


「い、いや、それはいいんだけど。その……。如月さんまだほっぺを空中でスリスリしてるけど大丈夫?」


 俺に引き離された如月はまだ誰もいない空中をスリスリしている。


「おーい。如月。如月琴葉さーん」


 俺はやる気ない感じで如月に呼びかけた。


「雨宮さ〜ん……っ! はっ! ご、ごめんなさい雨宮さん! と、取り乱しちゃって……」


 突然我に帰った如月は何度も何度も謝っている。

 

「だ、大丈夫! ……っ!」


 如月の行動がおかしかったのか、否おかしかった。あの行動は普通の人ならしない。

 如月がおかしかったのだろう。

 雨宮はクスクスと笑った。


 彼女が笑うところは初めてみた。

 笑い方は性格が出ると聞いたことがあるが、彼女の笑い方は、意外だった。

 てっきりあの本性をしているのだからもっと「ワハハ」とか、「アハハ」みたいな笑い方だと思ってた。

 案外可愛らしいところもあるんだなと、俺は思った。


「ごめんなさい。如月さんが面白くて……っ!」


 雨宮の笑いは止まらない。


「あ、あはは……。それは良かった」


『何が良かっただよ』

 

 春風は心の中でツッコんだ。

 

「ーーふぅ。面白かった。如月さんは面白いね」


 一通り笑った雨宮は落ち着いたのか会話を続けた。


「そ、そうかな?」


 満更でもなさそうな様子の如月。

 

「うん。如月さんすっごく面白い」


「あ、ありがとう! あっ! それでね雨宮さん! お願いがあるんだけど」


「お願い?」


「うん。あのね、えっと。私と友達になってくれませんか?」


 この如月が緊張してるのはあまり見たことがなかった。

 珍しいものを見たな。

 いい事あるかも。


「もちろん! 私でよければ友達でもなんでもなるよ」


 断るわけもなく、雨宮は如月のお願いを受けた。


「本当に!? やった! じゃ、じゃあ雪って呼んでもいい?」


 おぉ。如月さん。

 本調子出てきたんじゃないですかね。


「もちろん! じゃあ私は琴葉ちゃんって呼ぶね」


「うん! よろしくね!」


 はぁ。色々あって一時はどうなるかと思ったけどなんとかなったな。

 結果オーライってやつか。

 長い長いミッションだった。

 険しい山道だった。

 でもようやく山頂に着いたんだな俺。

 さてと、それじゃあ俺は邪魔にならないようにそろりそろりと帰りますか。


 春風は雨宮と如月にバレないように足音を立てずにゆっくりと下駄箱に行き、靴を取り出そうとした。


「空〜!」


 げっ! バレた。

 春風は如月に呼び止められる。


「な、何か用ですか?」


「これからファミレス行くけど、空も来るよね?」


 どうやら俺が独り言を心の中で呟いていた時に二人で決めたようだ。


 俺としては早く帰って寝たい。

 流石に疲れた。

 断ってもいいですよね雨宮さん。


 俺は雨宮の顔を覗いた。

 雨宮は俺が覗いてる事に気づくと、口パクで


「お、ま、え、も、こ、い!」


 と、口パクで脅す。


「で、ですよねぇ〜〜」


「え? 空、何か言った?」

 

「い、いや何も……」


 春風空のミッションは終わりを告げたが、また別のミッションが始まった。






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