第二話 オッドアイなミッション


「もし、この瞳の事を誰かに話したりしたら……許さないから」


 冷たく、凍った怒りのこもった声で彼女は男に言った。

 その声は聞いた事のある同級生、雨宮雪の声だった。


「え?」


 驚いた。これは驚きだ。

 だって全然違うんですもん。

 いや、確かに見た目は同じですよ。はい。瞳以外はね。

 てか瞳なんてどうでもいい。

 なんだこの性格。

 知らない知らない。

 俺は知らない。

 誰? ホームルームの時と全然違うじゃん。

 怖い。一言で言うと怖い。

 何されるかわからない。


 春風空は脳内でとてつもない量の独り言を呟いた。

 それはそれはアインシュタインの脳内を優に超えていた。

 とてつもない回転量。

 驚きに驚き、言葉が止まらない。


「ねぇ? 聞いてんの?」


 雨宮の一言で春風空の脳内に静寂が訪れた。


「は、はい! もちろん聞いてますとも!」


 美しく、華麗で、幻想的な彼女の眼を寸分の狂い無しで覗き込む。


「な、なんかキモいんだけど……。と、とにかく、今日の事は誰にも言わないように! わかった?」


 前半のキモいと言われたのにはショックを受けた。

 しかし春風空はショックなど受けている場合などではない。

 今すぐ、今すぐに返事をしなければと言う思考が脊髄反射により彼に起こる。


「わ、わかりました!」


 大きな声で返事をする。


「じゃあ私帰るから。教室の鍵閉めよろしく」


 喋りながら自分の席に置いてある鞄を取りに行く雨宮。

 春風空はただその後ろ姿を見ている事しかできなかった。

 教室のドアまで行った時、彼女は振り返りこう言った。


「もう一度言うけど……。バラしたら許さないから」


 バン! っと音が鳴るほど力強くスライドさせ、ドアを閉めた。

 その音に春風空は驚き、体をビクッと震わせた。

 そして一言。


「俺、脅された?」



◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎



「うわぁぁぁぁ!」


 春風空は叫びながら目を覚まし、ベットから崩れ落ちる。


「痛ててて……。夢か……」


 見ていた夢を思い出す。

 チェーンソーを持ち、「待ておらぁぁぁ!」と言いながら全力で追いかけてくる雨宮から全力で逃げ惑う俺。


「そりゃあんなこと言われたら夢でも見るよな……」


 なんとも目覚めの悪い朝。

 ただでさえ昨日の事があったのに、普段なら幸せに寝てる日常さえ脅されるのかよ。


 春風空は重い体を起こし、制服に着替える。

 歯を磨き、髪をある程度整え、朝ごはんを食べた春風空は家を出る。


 いつも通り通学路を通り、お茶を買うというルーティーンを行い、コンビニの前でため息を漏らす。


「はぁぁぁ」


「どうかしたの?」


 俯きため息をこぼしていた春風空の耳に優しく問いかける声がした。


「うわっ! びっくりした」


「私のセリフだよ!」


 思わず驚いてしまった春風空に呼応して目の前の女の子、如月琴葉が驚く。


「なんでいるんだよ」


 入学してから一週間。

 毎日毎日このコンビニの前でこうやって会って登校する。

 もはやルーティーンの一つになった如月。


「仕方ないじゃない。私もこの時間に登校してるんだから」


 歩きながら会話をする。


「ところでさっきのため息何かあったの?」


 体を傾けて疑問を問いかけてくる如月。


「いや、昨日……」


 あっ! となった春風空は手で口を塞ぐ。


「昨日何かあったの?」


 如月は当然続きを聞いてくる。


「いや、なんでもない。ちょっと目覚めが悪くて最悪だ〜って思ってただけ」


 春風空は適当に辻褄の合う理由を如月に説明した。


 あっぶねぇ! 言いかけるところだった。

 昨日脅されましたって。やばかった。

 殺されるところだった。

 !? まさか周りにいたりしないよな。


 春風空は横、後ろ、前を激しく首を振り雨宮がいないか確認する。


「ど、どうしたの?」


 「お前、何してんの?」って顔をして如月が当然の如く疑問を浮かべる。


「いや、なんでもない」


「ならいいんだけど。てか、昨日の話の続きだけど」


 突然思い出したかのように喋り始めた。


「ん?」


 俺はさっき買ったお茶を飲みながら相槌を打った。


「雨宮さんなんだけど」


 ブーーー! あまりにもタイムリーな名前に驚き思わずお茶を吹いた。


「ちょ! 大丈夫?」


 如月はお茶を口から吹いた春風空に驚き、心配する。


「ごほっ……っごめ゛ん。だ、大丈夫大丈夫。雨宮さん!?」


 咳き込みながら如月が雨宮のことを聞いてきたのかどうかを俺は確認した。


「そ。雨宮さん」


 如月の口から出た名前はしっかり雨宮さんだった。


「あ、雨宮さんがどうかした?」


 俺は恐る恐る如月に聞いた。

 すると如月はぴょんっと春風空の目の前に立ち、体を傾けると同時に如月の口から言葉が発せられる。


「空、私に雨宮さん紹介してくれない?」



◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎学校到着後◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎


 校門を潜り、下駄箱で靴を履き替え、階段を登り、如月と別れ教室に入り、自分の机に俺は荷物を置いた。

 そして心の中でこう叫ぶ。


「どうすればいいんだよ!!!!!!!!」


 過去一心の中で叫んだ。

 心の壁が崩れて外に聞こえてしまうんじゃないかと思うほど叫んだ。


 どうするんだよ! 

 昨日の今日だぞ! 無理だろ! 

 百歩譲って昨日のアレがなかったとしたらワンチャン行けてたかもしれない。

 でも昨日のアレの後だぞ。

 脅され、これから一回でも喋りかけたら殺されるかもしれない状況だぞ!?

 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!

 ゼーーーーーーーーッタイに無理!!!


 机に座り、頭を抱え心の中で叫ぶ。


 てかなんで断らなかったんだよ!

 馬鹿!

 俺の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿…………


「何してるの?」


 俺は声を聞き、心の中で再三再四に馬鹿と叫んでいたのをやめた。

 そしてまるで目の前にとてつもない化け物、例えるのなら強大な天敵を目の前にした劣等種の生き物のように体を震わせた。

 そして震える体を起こし、恐る恐る顔を上げ、声の持ち主の顔を見る。


 いた。

 彼女が。

 天敵かつ目標である彼女が。

 昨日の今日で話しかける事、否、近づく事すら不可能だと思っていた彼女。

 雨宮雪が目の前に立っていた。


「っ……! あ、雨宮……さん! な、なんで?」


 驚き言葉に詰まりながらも理由を尋ねる。


「なんでって、あなたが昨日の事を言ってないか確認しに来たのよ。そしたら震えて頭抱えてたから何してたのか聞いたのよ」


「いや、昨日の今日だから流石に……ってあれ!? 眼の色……」


 彼女の瞳は昨日の白、水色と打って変わり、今は両方黒色になっていた。

 彼女は目をパッと開き春風空の口を手で塞いだ。


「ちょっ! 声でかい!」


 彼女は焦りながら俺に注意した。

 そして周りを確認し、誰も聞いていない事を確認した彼女は春風空にこう言った。


「本当に殺すよ? 発言と行動には気をつけないとマジで」


 春風空の目を睨みながら怒りのこもった声で脅す。


「あい。あんおういういまえんえした」


 口を彼女に抑えられていた為、「はい。本当にすいませんでした」が変な風に聞こえた。


「とりあえず。絶対に誰にも言わないで」


 彼女の言葉に春風空は縦に首を振った。

 春風空の口から手が外される。


 俺は今だって思った。

 今しかないと。

 君と話したがっている人がいると。


「あ、あま……」

「雪〜! おはよ!」


 春風空の声と女の子の声が重なった。

 春風空の声は見事にかき消される。


「おはよう。麗奈今日遅いね」


 教室に入ってくると同時に雨宮に話しかけた女の子。


 えーと、確か、たち……たち……橘だ!

 橘麗奈! いつも雨宮と話してる人!


 橘麗奈という名の彼女は髪はショート、眼は黒。

 明るく、元気な印象がある。

 そんな彼女は続けて喋る。


「めずらしいね。春風と話してんだ」


 そう言って橘は春風の方を見る。


「ちょっとね。委員の事でさ」


 よくもまぁそんな出鱈目がポロポロと出るもんだな。


「そーかそーか。雪は仕事熱心だからなぁ」


 橘は雨宮の頭を撫でる。


「えへへ」


 性格変わりすぎだろ。

 おい! 気づいてないのか! 橘さん!

 こいつは人を脅す酷い奴だぞ!


 そんな心の声は届くわけもなく、二人は離れていった。


「はぁ。助かった」


 無事雨宮に殺されずに済んだ春風空は安堵の息をついた。


 って! 違う! 

 言えよ! 俺! 

 最大のチャンス逃したぁぁ!

 やらかしたぁぁぁ!


 最大のチャンスを逃し、振り出しに戻った春風空であった。



◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎



 朝礼の時はもちろん伝える事ができなかった。

 席は離れてるし、そもそも前で担任が話してる時に喋る事はできるはずがなく、そのまま朝礼は終わった。


 その後も果敢に伝えようと努力はした。

 理科室移動の際やら、体育移動の時やら、休み時間やら何度も伝えようとした。

 その度に、相手とタイミングが合わなかったり、誰かと喋ったりしていたから無理だった。

 決して言い訳ではない。

 決して。


 そして時は過ぎ、六限の国語。

 チャンスがやって来た。


「委員の二人は放課後残ってね!」


 来た! 人生一番のチャンス!

 ありがとう! 由良召先生!

 いつもはなんとも思ってないけど今日だけは感謝します!


 担任である由良召藍にここまで感謝の気持ちを述べた事は無い。

 早く授業が終われとひらすら祈る。


 チャイムが鳴った。

 号令がかけられ、授業が終わる。

 終礼が終わり、クラスのみんなが帰っていく。

 部活に行く者、バイトに行く者、家に帰る者。


 そんななか俺はやっとかという思いで、席に座ったままでいた。


「じゃあはい二人こっち来て〜」


 由良召先生が気の抜けた声で春風空と雨宮を呼ぶ。

 俺たちは先生に一番近い教卓前の二つの席に座った。










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