オッドアイの同級生に脅されてるんですけど!

夜星(やぼし)

第一話 オッドアイな同級生


「学校に課題を忘れるとか……。俺、何やってんだよ」


 男は一人廊下を歩く。

 放課後の人が少ない校舎はどこか不気味でどこか居心地が良い。


「委員会にも入る事になったし、宿題忘れるし……はぁ〜。早く取って帰ろう」


 男は教室の扉を開いた。

 ガラガラと音を立て扉が開く。

 窓が空いており、春風が吹きカーテンが揺れている。


「誰だよ窓開きっぱなしにした奴」


 男は窓を閉じながら言葉を吐き捨てた。


「俺の机は、っと」


 男の机は四列目の一番後ろ。

 いわゆる当たり席の一つ。

 男は自分の席に向かおうと振り返った。


「え!?」


 振り返った時、口を開き、目を見開いて驚いて動かない人物が男の目に飛び込んできた。

 よく見るとその瞳は左右で色が違い、美しく、華麗で、幻想的な瞳。

 男から見て、右が白。左が水色。

 目を合わせると引き込まれそうで、吸い込まれそうな瞳。


「あっ! す、すいません。ま、まさか人がいるとは思わなくて……」


 男は思わず謝ってしまった。

 誰もいないと勘違いし、彼女の空間を邪魔してしまった。

 お互いに喋らず、無の時間が過ぎる。


「!?」


 突然彼女が俯きながらこっちに歩いてくる。

 男は思わず後退りをし、壁に背中をぶつける。


「痛っ!」


 背中をぶつけた男はハッと前を見る。


 俯き、男の顔を見ない彼女が男の前に立っていた。


「ちょ、ち、近いです」


 男は顔を逸らし、彼女に離れるようにさりげなく伝えた。

 しかし、彼女が離れる気配は一切しない。


「あ、あの〜」


「……た?」


 彼女が何か喋るのが聞こえた。しかし、聞き取ることが出来なかった男はもう一度聞き取ろうとする。


「え?」


「見た?」


 今度はハッキリと聞こえた。

 彼女は少し怒った口調で「見た?」と聞いたのがハッキリと男は聞こえた。

 しかし、見たと言われても一体何のことなのかさっぱり……


「見たってもしかして」


「私の眼、見た?」


 男は気づいた。

 彼女はあの美しかった瞳について聞いてきていたことに。

 見たと言うべきか、見てないと言うべきか男は迷った。

 しかし、ここで無駄に意味もなく嘘をつく理由もなく、彼女に虚偽の事を伝えても何も意味のないことだと思った彼は彼女に本当の事を伝えることにした。

 これが後々の原因になる事に気づかずに。


「み、見た。君の眼を! オッドアイの君の眼をしっかりと俺は見ました!」


 背筋を伸ばし、目を瞑り、男は叫んだ。

 嘘はついていない。

 男が見たありのままを叫んだ。

 少し間が空いたのちに彼女が喋る。


「ねぇ」


 囁いた彼女の声は優しく、怒り、蔑むような口調だった。

 思わず反射神経で男は叫ぶ。


「は、はい!」


 ある意味男の防衛本能だったのかもしれない。

 背筋を伸ばしているせいか男の体がプルプルと小刻みに震える。

 突然彼女は男の前に手を伸ばした。


「ひっ!?」


 男は驚き、彼女から顔を逸らす。

 彼女は大きな音を立て壁を叩いた。

 いわゆる逆壁ドンだ。

 壁ドンと言っても誰かが恋に落ちたり、憧れたりするものではない。

 彼女の壁ドンは恐怖だけを感じさせる壁ドンであった。

 男が顔を逸らし、彼女が壁ドンをするというおかしな光景。

 暫く間があり、男は閉じていた目を開いて彼女の美しく、華麗で、幻想的なオッドアイを覗いた。

 ゆっくりと彼女の口が動く。


「もし、この眼の事を誰かに話したりしたら……許さないから」


 冷たく、凍った怒りのこもった声で彼女は男に言った。

 その声は聞いた事のある同級生の声だった。




◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎約9時間前◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎




「いってきまーす」


 靴を履き、玄関で挨拶して、家を出る。

 ドアを開け、家を出た男はエレベーターに乗り、マンションを出た。


 俺の名前は春風空。

 都内にあるとある高校に通う学生である。

 容姿はそれなりに整っており、髪型もよくある髪型。

 身長、百七十センチメートル。普通。

 髪色も普通の黒色。瞳も黒色。

 スポーツ万能とまではいかないがある程度運動はできる。

 成績はいい方であり、順位は高い方。

 陰キャではないがそっち側に近い人物ではある。

 いわゆる普通。ザ・普通。

(ちなみに「友達はゼロ」なんて言えねぇよ)


 そんな俺は毎朝イヤホンをして電車通学をする。

 片道三十分くらいの通学時間。

 入学式が終わり、高校生活始まって一週間。

 もう流石に道も完璧に覚えたし、中学校の頃とは違う長い登校時間にも慣れた。

 駅から出ると、コンビニ寄ってお茶を買うというルーティーンを行い、コンビニを後にする。

 コンビニを出るといつもある女の子に出会う。


「ほら、いる」


「ちょっと! それどういう意味よ」


 彼女は如月琴葉。

 俺と幼稚園からの幼なじみである。

 髪色は茶色。瞳は黒。髪型はボブ。

 成績優秀。容姿端麗。元気いっぱい。友達いっぱい。


「俺と幼なじみって信じらんねぇよ」


 春風はボソッと呟く。


「え? 空なんか言った?」


 如月は少し膝を曲げ、頭に疑問符を浮かべながら春風空の顔を覗き込む。


「なにも言ってねぇよ」


 可愛げある動作をした如月に眼向きもせずに春風空は学校へと足を進める。


「え? ちょっ! ちょっと! え? ちょっと待ってよ!」


 コンビニで何か買いたかったのだろうか、如月はコンビニと春風空を交互に首を振って見て、春風空の後を走ってついていった。


「うぅ〜。コンビニ寄りたかったのに……」


 泣き真似をし、如月はだだをこねる。


「知るか」


「あのさー。そんなんだから友達できないんだよ?」


 さっきとは打って変わって態度が変わった如月。


「うっ」


 意図せず心に傷を負った春風空の口から声が漏れる。


「もっと優しくしないと」


 痛いところに針を追加で刺してくる。


「い、いいんだよ。別にいなくても! 一人の方が楽なんだよ!」


 苦し紛れの言い訳に聞こえるだろうがこれは俺の本心だ。


「またそんなこと言って!」


 腕を組み、如月は怒る。


「いいだろ? 俺の勝手なんだから」


 そんな如月には眼向きもしない春風空。


「もう!」


 と、如月はさらに怒った。



 学校に着くと、俺たちは校門を潜り、下駄箱に向かう。

 下駄箱はクラスごとに分かれており、出席番号順に並んでいる。

 俺は春風空だから出席番号は真ん中よりもちょっと後ろの二十四番。

 ラッキーな事に下駄箱は上の方だから楽して取ることができる。

 運が悪いとほら、如月のように一番下になって、めちゃめちゃ取りづらい。


「あー! もう! めんどくさい! 空変わってよ」


 腰を下ろし、ほぼ座った状態で上靴を取る如月。


「がんば」


 春風は一切興味を持たず、適当に言った。


 靴を履き替えた俺たちは廊下を右に曲がり、階段を二階まで登る。

 まだ一年だから一つ登るだけで済むけど、三年になって、三つ登る事になると想像するだけで息が上がる。

 二階についた俺たちはここで別れる。

 俺が三組、如月が四組だ。

 ちなみにクラスは全部で四つ。


 教室に入った俺は自分の席に座る。

 鞄を開き、教科書を机に入れる。


 入学したばっかとは言っても、一週間もするとクラスはまとまってくる。

 携帯見てる奴、机に座って喋る陽キャ、女子同士でかたまって昨日のドラマについて話してたり、本を読んでる奴もいれば、俺みたいに寝てる奴もいる。


 チャイムが鳴ると朝礼が始まる。

 担任が教室に入ってくるとみんな自分の席に戻り話を聞く。

 話といっても、大事な話は滅多になく、「今日も頑張ろう」とか、「プリント出してね」とか、後は雑談だ。

 担任の年齢が若いから話が合うのか知らないが雑談することがたまにある。

 俺からすると「早く終われ」って気分だ。


 一時間目は数学だった。

 数学は楽しいと思うが、一発目から数学は流石にやる気が起きない。

 しかもまだ一週間なので中学の復習とかだ。

 さらに俺のやる気は下がった。


 二時間目は社会だった。

 縄文から令和までの順番を覚えろ! って言われても必要性がないと思ったからこれも聞き流す。


 三時間目は国語だった。

 中学の頃とほぼ変わらない授業風景。

 説明文や物語を読んで、作者の意図を理解しよう! って感じの授業だった。


 四時間目は体育だった。

 体育は好きだ。

 何故か気分が上がり、何故か楽しくなる。

 担当の先生も面白い人で、授業も楽しい。

 毎日あってもいいと思った。


 昼休みは食堂でパンを買い、学校のベンチで携帯を触りながら食べる。

 中学生の頃は出来なかった携帯という神器を持ち込むという行為ができるようになったため、昼休みはすごく充実した。

 ここ三日の中で漫画を読みながらパンを食べるのが最高という事に気がついた。


 五時間目は想像通りだろうが理科だった。

 理科は化学と物理の二つに分かれており、今日は化学の日だった。

 私立ということもあり、プロジェクターを使い、実験を動画で見た。

 便利な時代になったもんだ。


 で、現在六時間目。ホームルーム。


「何するんだろ?」


 斜め右前の女が喋った。


「うーん。わかんない」


 その隣の女が返事をする。


「はーい! 席について」


 教室の扉が開かれ、担任が入ってきた。

 手には何やら箱を持っている。

 歩いて教卓の前に後ろに立ち、箱を置いた。

 チョークを取り出し、黒板にでっかく文字を書く。


「えーとなになに? い、い、ん、ぎ、め。あ、委員決めか」


 春風は心の中で黒板の文字を読んだ。


「はい。あなたたちが入学してから一週間! そろそろ委員を決めましょう」


 続けて担任が言う。


「え〜。今回の委員はくじ引きで決めたいと思います」


 クラス中が響めきざわつく。


「はーい。静かに。やっぱり、まだ一週間だし、まだまだわからないこともあるとも思うの。だからまずはくじ引きで決めようと思います。それに、前期、後期で別れるし、短いし。ね?」


 ウインクをしてクラスに同意を求める。


「いや! でも!」


 誰が言った。

 当然だ。

 そう言う意見もある。

 それに俺もそっち派だ。


「もうくじ引きでって決めちゃったから。ね?」


「あーだめだこりゃ……」


 俺は心の中で思った。

 クラスのみんなも思ったのか、誰も文句を言わなくなった。

 まぁ、それにクラスのうちから二人なんて当たるはずがない。


「それじゃあ引きま〜す!」


 担任の手が箱の中に入り、恐らく名前が書かれた二枚の紙が取り出された。


「さてさて。誰かな? おっ、この二人か」


 紙を確認した担任がニヤリと笑う。

 当たるはずがないと思っていても、やはり緊張はする。


「えー。委員は雨宮ちゃんと、春風くんです!」


 担任の口から名前が発せられた。


「ふーん。雨宮さんと、春風くんね……」


 春風空は頭の中で顔を思い浮かべる。


「え!?」


 思わず大きな声を出してしまった。

 クラスの全員がこっちを向いた。


「じゃあ、二人は前に来てくださ〜い!」


 担任がそう言ったので俺は渋々立ち上がり、前に行った。

 教卓の前に立ちみんなの方を見る。

 ってあれ? もう一人の雨宮さんは?


「雨宮ちゃん。呼ばれてるよ!」


 雨宮と思われる彼女の隣に座ってる女の子が言った。


「え!? あっ、私?」


 話を聞いてなかったのか、驚いて雨宮らしき人が立ち上がった。

 駆け足で教卓の前まで来る。

 駆け足できた彼女は髪は紺色でロング、瞳は黒色。

 容姿は言ってしまえば可愛い。

 声は優しく、クラスでよくみんなに好かれてる人だった。


「はい。てことでくじ引きの結果、この二人がクラス委員をすることになりました! それじゃあ二人、改めて自己紹介どうぞ〜」


「え!? 自己紹介?」


 俺は聞き返す。


「自己紹介です! やっぱりクラスを仕切っていくということで、大事かなって」


 ニコニコの担任。


「えーと、春風空です。頑張ります」


 パチパチと拍手が鳴る。


「じゃあ次は雨宮さん」


「雨宮雪です。何が何だかわからないけど精一杯頑張りま〜す!」


 心なしか、俺の時よりも大きな拍手が鳴った気がした。


「じゃあ今日はこれで終わりです!」


 そのまま流れ解散となった。


 俺は鞄に荷物をまとめて、教室を後にした。

 廊下を歩き階段についたところで如月に会った。

 というか背中を叩かれた。


「よっ! 陰キャ!」


「痛っ! 背中叩くな」


「ごめんごめん」


 俺たちは階段を降りて、下駄箱で靴を履き替える。


「ほんっっっとに一番下嫌! なんで一番下なの!」


 朝と変わらず下駄箱にキレる如月。

 俺はもちろんお構いなしに下駄箱を後にする。


「ちょっと! 待ってよ!」


 先に下駄箱から出た春風空を如月が追いかける。


「なんで置いていくのよ!」


 グーで春風空の肩を殴った。


「めんどいから」


「ちょっとなによそれ。ひどい」


 何かケダモノを見る目で春風空を見る。


「ほんとありえない。これでも女の子なんですけど」


「俺委員になってしまってイライラしてるの」


「え!? 空、委員になったの?」


 腹を抱えて如月が笑う。


「笑うなよ」


「ごめんごめん。面白くて。で? 誰となったの?」


 笑いながら問いかける。


「雨宮。雨宮雪って子」


「雨宮さん! あの!? めちゃめちゃ優しいくて面白いって子? いいなぁ。私も友達になりたぁ〜い」


 羨望の目をする如月。


「友達じゃないし、話したこともない」


 変われるなら変わりたい。

 その一言に尽きる。

 クラス委員なんて面倒でしかない。

 ましてや話したこともない人と一緒。


「あぁ、これが絶望というものか」


 春風空は上を向いて呟いた。


「きも」


 目を細くして蔑む目で春風空を見る。


「うるさいな。……ってあっ! 忘れた」


「何を?」


 如月が首を傾げる。


「課題…明日の数学のプリント忘れた」


「学校に?」


「俺、取ってくるわ。先帰ってて!」


 俺は方向転換をして学校に走った。


「変な奴」


 呆れた声で如月が言った。



◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎



「やらかしたぁ〜!」


 俺は走る。

 学校に忘れ物するというほどの面倒くさいものはない。

 学校を出てすぐとかならまだいい。

 でも今回みたいに、結構歩いたり、家に着いていたりすると叫びたくなる。 

 その点中学校はよかった。まだ家が近いから。

 でも高校は萎える。激萎えだ。


「はぁはぁ……も、もう無理……」


 春休みの間運動なんて一切してなかった。

 その弊害が今きた。

 足が重い。


「歩こう」


 俺は歩いて学校に向かった。

 本日三度目の校門を通り、三度目の下駄箱を使い、三度目の階段を登る。


「学校に課題を忘れるとか……。俺、何やってんだよ」


 春風空は一人廊下を歩く。

 放課後の人が少ない校舎はどこか不気味でどこか居心地が良い。


「委員会にも入る事になったし、宿題忘れるし……はぁ〜。早く取って帰ろう」


 俺は教室の扉を開いた。

 ガラガラと音を立て扉が開く。

 窓が空いており、春風が吹きカーテンが揺れている。


「誰だよ窓開きっぱなしにした奴」


 春風空は窓を閉じながら言葉を吐き捨てた。


「俺の机は、っと」


 春風空の机は四列目の一番後ろ。

 いわゆる当たり席の一つ。

 春風空は自分の席に向かおうと振り返った。


「え!?」


 振り返った時、口を開き、目を見開いて驚いて動かない人物が俺の目に飛び込んできた。

 よく見るとその瞳は左右で色が違い、美しく、華麗で、幻想的な瞳。

 俺から見て、右が白。左が水色。

 目を合わせると引き込まれそうで、吸い込まれそうな瞳。


「あっ! す、すいません。ま、まさか人がいるとは思わなくて……」


 俺は思わず謝ってしまった。

 誰もいないと勘違いし、彼女の空間を邪魔してしまった。

 お互いに喋らず、無の時間が過ぎる。


「!?」


 突然彼女が俯きながらこっちに歩いてくる。

 春風空は思わず後退りをし、壁に背中をぶつける。


「痛っ!」


 背中をぶつけた俺はハッと前を見る。


 俯き、春風空の顔を見ない彼女が男の前に立っていた。


「ちょ、ち、近いです」


 俺は顔を逸らし、彼女に離れるようにさりげなく伝えた。

 しかし、彼女が離れる気配は一切しない。


「あ、あの〜」


「……た?」


 彼女が何か喋るのが聞こえた。

 しかし、聞き取ることが出来なかった春風空はもう一度聞き取ろうとする。


「え?」


「見た?」


 今度はハッキリと聞こえた。

 彼女は少し怒った口調で「見た?」と聞いたのがハッキリと春風空は聞こえた。

 しかし、見たと言われても一体何のことなのかさっぱり……。


「見たってもしかして」


「私の眼、見た?」


 春風空は気づいた。

 彼女はあの美しかった瞳について聞いてきていたことに。

 見たと言うべきか、見てないと言うべきか春風空は迷った。

 しかし、ここで無駄に意味もなく嘘をつく理由もなく、彼女に虚偽の事を伝えても何も意味のないことだと思った彼は彼女に本当の事を伝えることにした。

 これが後々の原因になる事に気づかずに。


「み、見ました。君の眼を! オッドアイの君の眼をしっかりと俺は見ました!」


 背筋を伸ばし、目を瞑り、俺は叫んだ。

 嘘はついていない。

 俺が見たありのままを叫んだ。

 少し間が空いたのちに彼女が喋る。


「ねぇ」


 囁いた彼女の声は優しく、怒り、蔑むような口調だった。

 思わず反射神経で春風空は叫ぶ。


「は、はい!」


 ある意味俺の防衛本能だったのかもしれない。

 背筋を伸ばしているせいか春風空の体がプルプルと小刻みに震える。

 突然彼女は春風空の前に手を伸ばした。


「ひっ!?」


 春風空は驚き、彼女から顔を逸らす。

 彼女は大きな音を立て壁を叩いた。

 いわゆる逆壁ドンだ。

 壁ドンと言っても誰かが恋に落ちたり、憧れたりするものではない。

 彼女の壁ドンは恐怖だけを感じさせる壁ドンであった。

 春風空が顔を逸らし、彼女が壁ドンをするというおかしな光景。

 暫く間があり、男は閉じていた目を開いて彼女の美しく、華麗で、幻想的なオッドアイを覗いた。

 ゆっくりと彼女の口が動く。


「もし、この瞳の事を誰かに話したりしたら……許さないから」


 冷たく、凍った怒りのこもった声で彼女は男に言った。

 その声は聞いた事のある同級生、雨宮雪の声だった。
















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