第三話 ー暁、飛ぶー
大粒の汗を額に浮かべ、ベッドの上でもがき苦しむ。得体の知れない不快感が喉元へ駆け巡る。
「やめろ………俺が悪かった………だからやめてくれ………!」
生暖かい何かが顔を覆い、そして………
「なぁ富永。凄めなネタが入ったぜ」
放課後、教室の席に座った匠海が最初に聴いた言葉だった。前の席に座っている岡本が声の主だった。匠海と同じくオカルト同好会のメンバーだった。
「ネタって、いきなり何だよ?」
匠海はかったるく問いた。岡本は興奮気味に話しだした。
「ほら、二年の立川がいじめられて自殺したって話あっただろ。あいつをいじめてた連中が次々と不幸な目に遭ってるんだよ。交通事故とか、精神がおかしくなったとか。なんなら今日、副リーダー格だった糸田。あいつが変死体になって発見されたらしいんだよ」
二年の立川こと、立川優。可哀想だが、お世辞にも美男子とは呼べぬ眼鏡面の彼は、文武においては他の生徒よりも劣り、気弱な人見知りという性分のため友達もいない、というステータスの彼は、イジメグループにとっては格好の餌食となった。描写するのも憚られる、壮絶なイジメを受けた末、岡本の言葉通り自死を遂げた、とされている。
イジメグループの非道さは、学校ではよく知られた話だった。抵抗したり、イジメの全貌を学校に訴えようものならば、壮絶な報復が待っている。連中に立ち向かい、無傷だった者はいない。心身ともに、お土産と言わんばかりの傷を負って帰還する。生徒は無論、教師もその例に漏れていない。
おまけに、教師陣や他生徒の前では、ターゲットに愛想よく振る舞い、イジメを表に発信しない狡猾さを備えているから質が悪い。グループノウンメンバーと噂される生徒は皆、真面目で勤勉。外道に落ちた人間とはとても思えない、思わせない顔ぶれが揃っていた。
誰も刃向かえず、カモフラージュにも成功していることに味を占めたか、学校外でもリンチや強盗といった悪事を働いている、という噂すらも立つようになった。
死体、というワードが出たからか、匠海は話に恐怖感を覚えた。フィクションなら興味が湧くものの、リアルで起きた出来事ならい、人が死んでいるわけだから、気が引けるのも無理はなかった。
「なぁ、俺達でこの呪いの真相を突き止めようぜ!オカ同の血が滾るぜ!なぁ?」
「踏み込み過ぎは良くないと思うぜ…」
匠海はイカれた提案を全力で否定した。だが、岡本は不満気な顔を作った。
「えぇ……おんもしろくないなぁ。伊藤も乗り気だったぜ」
伊藤は一年の後輩だった。オカルト同好会は二年二人と一年一人という地獄のような構成だった。引退した先輩曰く、毎年こんな感じのメンバーだが何故か廃部にならないのだという。
呪われるのは怖いが、こういう事件がなければ部としても面白い活動ができない。
ある意味でのデッド・オア・アライブの選択に思考を放り出されていた匠海の思考は、外から聴こえた悲鳴によって現実に引き戻された。
「何だ一体……?」
戸惑う匠海の隣で岡本は勢いよく立ち上がり
「新しい呪いだあ!」
と叫ぶと、教室から出ていった。
岡本を追いかけ校庭に辿り着いた匠海は体育倉庫のあたりに群がる生徒達の姿を見た。外部活の為か、全員が体育着かユニフォームを着用しており、岡本の制服の白と黒が異様に目立つ。
岡本の後に付き、野次馬共の最前列で見たのは、アスファルトで舗装された道に、下半身がすっぽり埋まった男子生徒の姿だった。服装から野球部所属だと判断できた。複数人の野球部員がその手を掴み、童話の大きなカブよろしく、生徒を引っこ抜こうと苦闘しているが、一向に抜ける気がしない。
「あいつも……イジメグループの一人だ……」
岡本が目を見開き呟いたが、匠海へはそれに応える余裕はなかった。アスファルトのため道に吸い込まれるように埋まる人間を見れば、俺の声帯はたちまち凍りつく。飛び交う悲鳴や怒号を四方から受けながらも、匠海はその光景を瞳に映すばかりしか出来なかった。
刹那、跳躍によって、野次馬の海を飛び越え、何者かが男子生徒の腕を掴み、そして生徒を見事、引っこ抜いた。灰色の煙が吹き出し、下半身を煙と同じ灰に染めた男子生徒の全貌が現れる。意識を失ったか、目を閉じた彼を床に降ろすと、何者かは、一陣の風が如き素早さで、その場を後にした。しかし、彼を吸い込んでいたであろう穴は、どこにも見当たらなかった。
謎の人物の救命活動にざわつく中、匠海は数少ない親しい知り合いからの話を、その脳内で再生していた。
「まさか……」
そう、遠くへは逃げてない筈だ。岡本の呼ぶ声を突っぱね、匠海の身体が走り出した。
本来、そこにあるべきはずの物がない。とりわけ珍しい現象ではないものの、人間である手前、それは霊装武士すらも焦らせる。
「バイク………」
「撤去はまず考えられない。盗難と考えるのが妥当だろう」
刃の愛車である、ニンジャ250がなくなり、スッキリとした駐輪スペースに立ち尽くす彼にノウンはそう告げた。
「何故鍵をかけなかった?」
「そんな悠長な事をしていたら、奴は助からなかったかもしれない」
「他人優先で物事を考えるならば、自分の不幸を嘆くのはお門違いだな。はっきり言って情けない」
あいも変わらず辛辣なノウンに不平でも一つ言ってやろうと口を開いたのと同時だった。
「ちょっとぉ!」
ガキではないが、まだ大人にもなりきれてはいない。そんな声が刃に浴びせられた。振り向くと、見覚えのある制服に身を包んだ少年が居た。肩を上下に揺らしているあたり、走ってここまでやってきたのだろうと推察できる。
「……なんだ?」
問いかける刃の声は、あからさまに不機嫌なものであった。その尖った声音に縮こまりつつ、少年は荒い息と共に疑問句を発した。
「……あんた………、ひょっとして……」
「この後はだいぶ暇になるから、店の掃除とかよろしく!」
高岩の声に詩織ははい、と元気に答えた。
富田の一件以来、図書館を不気味に感じた詩織は喫茶たかいわのバイトという新しい職にありつけていた。仕事も楽しいし、これは天職だなと詩織はひしひしと思っていた。
しかし、客はすぐやってきた。匠海と、もう一人、ロングコートの…………
「あ……あなたは………」
驚く詩織に対し匠海の後ろにいた男は
「またお前か………」
とため息混じりに呟いた。だが直ぐに
「お前、何でこのガキに俺のこと教えたんだ」
と匠海を指さした。
どうやら、この男は匠海が自分の仕事を知っていることを不可解に思い問いだしたところ、匠海は詩織から教えてもらったという趣旨の話をした。そんな訳で、喫茶店を訪ねてきたのだという。
「あの……その、すみませんでした。全部を詩織さんから教えてもらったわけではないんですよ。謎の怪物と戦う戦士がいる、ちゅう都市伝説……、じゃなくて洒落怖かな。とにかく、そんな話を見つけたんで、つい……」
匠海は、喫茶店に入ったときから、申し訳無さそうな雰囲気を変えなかった。都市伝説は、彼の所属する『オカルト同好会』たるものの中で、知ったのだろうと詩織には推測できた。その仕入れた話を偶然出会った男に話したところ、強引にここに連れて来られた、という次第だった。
「というか、駄目だったんですか?」
詩織は唖然とした。男は溜息と共に呟いた。
「俺のことは世間に知られたら困るんだよ……」
「えぇ……?」
詩織は嘆きの声を上げた。その様子を見つつ、
「じゃあ、なんであんな話がネットに転がってんだ……?」
と、独りごちた匠海に、
「知らん。おしゃべりな霊装武士が口走ったとかだろ」
男は、あからさまに不機嫌というか、決まりの悪そうな視線を向けた。
「まぁ、喧嘩はやめなさいな。それより、なんか食べる?」
という高岩の発言が場を支配した。
少しの間、キッチンにこもっていた高岩は大ぶりの皿を手にこちらに向かってきた。
「はいおまたせ。うちの看板メニュー、魔王オムライスねぇ」
皿には鮮やかな黄色のオムライスが盛られていた。何が由来で『魔王』の名が冠されたのかは不明だが、彼の言う通り、この店で一番売り上げが良いメニューであることに間違いはなかった。
男は警戒崩さぬままオムライスにスプーンを挿し込み口へ運んだ。
少しばかり目を見開いた。数秒の硬直の後、一言
「うまい」
と呟いた。高岩はニンマリ、笑みを浮かべた。無言ではあるものの、男のスプーンを運ぶ手は止まらなかった。
「そういや、あなた、なんて名前なんですか?」
オムライスにまっしぐらな男に詩織は質問した。男はこちらに視線をあわせた。
「あ、私は平田詩織です!」
詩織は慌てて名を名乗った。しばらくの間を置いて
「神崎刃だ」
と男はぶっきらぼうに話した。
「神崎さんですかぁ。よろしくお願いします」
詩織はぺこりとお辞儀した。刃は応じなかった。その後、匠海と高岩も続いて名を教えた。
「………あの、私を襲った化け物、あれは何なんですか」
詩織の問いかけに刃は困惑を浮かべていたが突如
「二回も襲われているんだ。何者か理解させても良いと思うが」
という謎の声が鼓膜を震わせた。
「え……!誰……?どこから今の声?!」
「ここだ。分かりづらくて申し訳ない」
ややパニック状態の詩織をなだめるようにその声が響いた。刃は面倒くさそうに左腕を曲げた。そこには見覚えのあるブレスレットが巻き付けてあった。
「私はノウン。こいつのサポートをするのが主な仕事だ。以後宜しく」
そのブレスレットは目の部分を赤く点滅させながら声を出した。
喋るブレスレット、という肩書きは中々にインパクトが強かったようで、新しい客と勘違いしてやってきた高岩はノウンの喋る様を見るなり、泡を吹いて倒れてしまった。
「奴らは『ネクロ』という。強い負の感情によって、死んだ人間が怪物として蘇った姿だ。怨霊の上位互換とでも思ってくれれば良い」
「そして奴らは肉体を保つため、人間の肉と魂を喰らう」
ノウンの説明の後、刃は忌々しく呟いた。
「肉体……?幽霊なのに?」
横槍を入れた匠海にノウンが応じる。
「それが奴等の特性だ。負の感情が肉体を生み出しているとか、生前の肉体をそのまま流用しているだとか、諸説あるが明確なメカニズムは解っていない。そして、奴等は動植物を象った異形にその身を変え、人間を襲う」
霊感のれの字にも縁がない、と自称できる詩織にもネクロが視えたのは、ノウンの言う『特性』に拠るものだという。オカルトを通り越したファンタジーのような聞こえであったが、詩織はそれをファンタジーの一言で片付ける事はできない。二度の恐怖体験が強い裏打ちとなっていた。
「……で、そのネクロの血が私に流れてるみたいな……話なんですよねぇ……?」
たどたどしく詩織は質問した。この間、自身を襲ってきた女が、そんな主旨の話を口走っていたのを思い出したからだ。
「恐らくこの間君を襲ったネクロの勘違いと思うのが妥当だろう」
ノウンはあくまで事務的に答えた。霊光、というノウンから放たれる青い光に当たったとき、詩織の後ろに影ができていたのが、確たる証拠らしい。
「あ、また質問してもよろしいでしょうか?」
極めて物腰低く話を遮ったのは、匠海だった。刃の怪訝な眼差しに触れたからか、決まりの悪そうに、彼は目を伏せた。
「質問なら構わない。できる範囲で答えよう」
そんなノウンの返答に好奇の勢いを取り戻したようで、匠海はゆっくりと声を流した。
「その、もし、人がネクロの血を持ってたら、そのときはどうなるんですか?」
さして時間もかけず、ノウンは話しだした。
「その人間は、ネクロに変化する。ネクロの血に人間の負の感情を増幅させる効果が在るそうだ。どんなに小さなものでもな。魔念が肥大化するせいで、生きてる人間でも、ネクロと化してしまう、という寸法だ」
一通りノウンが話し終えると、匠海はなるほど、と一言だけ呟いた。
空想的ではあるが、現実味を確かに帯びている。そんな未知の恐怖に動揺する詩織に、見向きもせず席を立ち上がった刃は、レジの方へと歩みを進めた。
「あ、もう行っちゃうんですか?」
疑問が無尽蔵に溢れる手前、詩織は思わず刃に問いかけた。
「バイク泥棒を捕まえねばならないのでな」
無視する刃の代わりに、ノウンが応じる。文句を言う刃は、結局、こちらへ視線もやらずに、支払いを済ませ店を去った。
「へぇー。あーゆうのって本当にあるんだなぁ」
感心する匠海の横で、詩織は自分の世界が変わったことを、改めて知覚していた。
いつものように都市伝説サイトを読み漁っている時だった。後輩の伊藤からの電話に匠海は驚きを覚えた。
「富永先輩。立川先輩の呪いの話なんですけど……」
「それがどうしたのさ?」
伊藤の声が再びスマートフォンから流れ出した。
「昼間襲われていた人いたじゃないですか。あの人が今、学校の門をくぐったんですよ」
続いてやはり興奮気味の岡本の声が聴こえた。
「立川は学校であいつを呪い殺すつもりなんだ。折角だからお前も来いよ。やべぇ映像が撮れるかもしれないぜ」
時間は夜の十一時を回った頃。何故そんな時間帯に二人が学校にいるのか不明だった。しかし
「わかった。すぐ行く」
と匠海は答えてしまった。なんでそう言ってしまったのかは自分でもわからなかった。気づいたときには口がそう動いていたのだ。
恐る恐る店を出た匠海は学校めがけ自転車を駆り出した。鋭い風が肌を逆撫でていくのを感じながら、俺がこうして学校に迎えているのは、すぐ行く、と言えたのは、単なる好奇心に突き動かされていたからやもしれぬ、と一人感慨に浸っていた。その好奇心の矛先に、危険の二文字がなければ、今の彼にとっては御の字だった。
見慣れたナンバープレートをケツに付けたニンジャ250。暗がりの道路にて、それとすれ違う事ができたのは、刃にとってこの上ない僥倖であった。その上にまたがるライダーは、見ず知らずの人物だったが、奴が駆るバイクは、十中八九自分の愛車だと確信した刃は、歩行者路と車道を仕切るフェンスを飛び越え、バイクの進行方向に着地。そのまま立ち塞がる形をとった。やはり想定外だったか、急ブレーキ音が荒く辺りを揺らす。
体格から察するに高校生だろうか。刃のものをそのまま拝借したヘルメットから覗く目は、異様に見開かれていた。驚きよりかは、恐れの色が濃いように感じる。
「それ、俺のバイクだろ。さっさと返せよクソガキ」
泥棒の心情を考える義理もなく、刃は脅しをかける。だが、例のクソガキは目を見開いたままで何も喋りはしない。
「返せってんだよ。聞こえないのか?」
追撃を忘れず、ガキに近づいた刃は、そこで異変に気付いた。奴は元より、刃を見ていなかった。奴は刃の背後を直視し怯えていたのだ。刃の事は恐らく意識下にもない。
異変を感じ取ったと同時に後ろを振り向く。だが、そこに恐れるべき物はなかった。車道とそれを呑み込まんと広がる夜闇があるのみである。困惑を介して、刃は夜闇を見た。しかし、その困惑はすぐに増大した。
何者かの腕が、刃の首を背後から締め上げたのである。
「……ッ!」
狭まる喉を重石が圧迫し、声の出し方を忘れさせてくれる。身を強く揺らし、束縛を解こうとするが、離す気配がまるでしない。素人のやる絞首ではなかった。
だからといって、大人しく窒息死を迎える刃でもない。絞首に尽くす相手の腕を支えとし、大きく両足を振り上げた刃は、当然ながら足を素早く振り下ろす。強い手応え。そして、支えが消滅した刃は両手両膝をつく体裁で車道に着地した。一瞬、首の圧迫があからさまに強くなったが、大事には至らなかった。
振り向きざまに戦闘態勢をとったが、刃の首を締めたと思わしき人物の姿を見つけることはできなかった。
勿論、バイク泥棒の少年は背後に居た。身体は冷たくなっていたが。仰向けで、頭を刃の足元に向けていた。その腹部には、バイクの前輪が肉を裂くほど深く食い込んでおり、赤い鮮血が止めどなく流れている。
「ネクロか………」
独り言つと、刃は少年から脱がせたヘルメットを被り、バイクと共に闇の中へと消えた。ネクロが残す残留思念を辿っていけば、対象の足取りは掴める。残留思念を感じ取るのはノウンの仕事であった。
クソガキ、と侮蔑した少年の目が浮かぶ。彼のような目で死んでいく人間をこれ以上は増やすわけにはいかない。漆黒を、責務だけが走り抜けていく。
学校に着いた匠海は二人と合流し、男子生徒の後を追った。岡本曰く、塾からの帰宅がてら、不可解な事件が起きた学校の夜の様子を観察しよう、という趣旨で張り込みをやっていたのだという。伊藤は興味本位で付いてきた模様。
生徒はまるで導かれるかのように体育館へと入っていった。慌てて匠海一同も追跡した。
暗がりの体育館にはこの学校の生徒と思わしき人影が二つあった。例の男子生徒と、もうひとり。
「立川だ………」
岡本は眼球が落ちんとばかりに目を見開いた。
「立川って、もう死んでるはずだろ……」
匠海も同じ調子で呟いた。
「駄目だ………立川先輩だけカメラに映りません……」
スマホ片手に伊藤は絶句した。
その刹那、立川の顔がやたらと肥大化した。うわっ、と三人共叫びを上げた。立川は大きくなった口で、腰を抜かした男子生徒を丸呑みした。血の付着した肉を食いちぎる生々しい咀嚼音が響く。
「やべぇ………やべぇって…」
興奮が恐怖に変換されたようで、岡本が情けない声で提案した。勿論満場一致だった。しかし、
「誰か、見てただろ」
という立川の声が響いた。硬直する三人。次の瞬間、轟音と共に三人が隠れていた柱が四散し後ろの方へ投げ出された。
足が動かない。未知の恐怖が自身の四肢の制御を支配していた。足音が近くなる。
喰われる。そう思った。
「早く逃げろ!」
腰を抜かした三人の男子生徒を催促した刃は、歩み寄ってくる生徒に目を向けた。ノウンの青白い光が放たれる。生徒の影はできなかった。
「貴様がネクロか」
その言葉を吐き、刃は生徒に向かい拳を振るった。それを受け止める生徒。しかし接近した腹に膝蹴りを加える。後退する生徒。すかさず拳を打つ刃。拳の二連撃から放たれる上段蹴りのコンボをまともにくらった生徒は更に後ろへ吹き飛ばされる。
「うぅ………はぁッ!」
生徒が叫ぶ。備え付けの倉庫の扉が勢いよく開き、ボールの類が一気に放たれた。豪速球が刃の身体に突き刺さる。
「さぁ!苦しめ!苦しめよお!」
刃の苦悶の表情を見て、生徒が高笑いを上げる。
「………野郎ッ!」
目を見開いた刃は跳び上がり、迫りくるボールを生徒に向かい蹴り返した。ボールは顔面にヒットし、生徒は体育館壇上にまでふっ飛ばされた。
「………人間は人を言葉で、暴力で、傷つける。人間は人間を殺すんだ!俺だってそうだ!自殺ではあるが、奴らさえいなければ、俺は自殺なんてしなかった!」
立川の悲痛な叫びがあたりに反響する。
「奴らだけじゃない。周りの連中だってそうだ!誰も彼も見ているだけで俺を助けてくれなかった今更悲しんだり怖がったりしたってもお遅い……遅い!……うぁぁぁ寂しかったよ、苦しかったよ、痛かったよ………思う以上に何倍も怖かったよおぉぉ。そんな人をほおっておいちゃいけないって親にも先生にも教わってんだろ大切なことなんだろぉ?!それもできない奴らに拝まれたってねぇ、ちっとも嬉しくないんだよブァァァァァァァカッ!エヒョヒョヒョヒョヒョ!」
憎悪で感情が暴走している。相当危険だぞ、とノウンが忠告する。激情に身を任せていると思った次の瞬間には頭を床に擦りつけ号哭。起き上がった顔に涙の跡はなく、満面の笑みで盛大に嘲笑い、今の無表情に至る。常軌を逸した現場が繰り広げられているのは、誰の目にも明らかであった。
「人を殺し苦しめる点では、人間もネクロも変わりません。それなのに、何故貴方は人間を守るのですか?」
感情が死んだ彼に面し刃は静かに口を開いた。
「それが俺の仕事だからだ」
その一言だけでも、返答としては十分に成り立つ。しかし、それだけで済ませてはならない、使命感のような、物足りなさのような。心地の悪さが刃に巡る。
「………いや、俺は、この世界はそんな人間ばかりじゃない。俺が出逢った人のように、温かい人間もいると、そう信じていたい。その為に戦っている……」
確かな躊躇いを含んだ言葉達は、その心地の悪さを掻き消す為のものだったのやもしれない。しかし、その回答は立川の根源的な怒りの炎に油を注ぐだけだった。
怒りの雄叫びを上げた立川は、巨大なトンボを思わせる姿に変身した。顔は骸骨のようで、腹部には肋骨を思わせる湾曲した突起物が生えていた。尻尾の先にはトゲ鉄球がついていた。
「ネクロ『ブラトッボ』。巨体の相手だ。やや分が悪いな」
ノウンが忠告する。
「ギザバボゴゴデゴボジデザブ………(貴様もここで殺してやる………)」
叫びとともに、口から青色破壊光線が発射された。
爆炎が上がる。その炎と煙をかち割って現れたのは………
「霊装!」
暁だった。手には霊刀『焔』を携えている。斬撃。しかし、それは肋骨状の突起によって跳ね返される。至近距離での破壊光線。もろにくらった暁は床に弾き落とされた。
「グガァ!」
ブラトッボが体育館の天井を突き破り、空高く舞い上がる。
「奴、空中から仕掛けてくるぞ。あくまで地上に降りるつもりはないようだ」
ノウンのアナウンスに承知、と答えた刃は体育館外に向かい、自家用バイクにまたがった。鋭く尖ったヘッドライトや流動的なボディ。車種はカワサキのニンジャ200のようだ。
霊装輪を前に掲げると赤く丸い光のゲートが現れた。そのゲートをくぐると、バイクの姿が大きく変わった。
後輪は大きなアーマーで囲まれ、前輪のサイドを覆うアーマーからは金色の角が左右一本ずつ生えていた。機体色も黒から赤に変わっている。
霊馬進『フレイムチェイサー』!
「翔べ!」
暁がそう叫ぶと後輪のアーマーが展開。翼のようになった。そしてフレイムチェイサーが闇夜に舞い上がった。
「ブ………ギダガ。ゴボゾバガギザバボバガバダ!(ふ………来たか。この空が貴様の墓場だ!)」
暁を見つけたブラトッボは破壊光線を放つ。夜の黒に青白い光線が映える。それを回避しつつ、フレイムチェイサーから炎の玉を発射する。ブラトッボの体に爆炎が咲く。さらなる抵抗と言わんばかりにブラトッボは腹部の突起物を暁めがけ発射した。それを霊刀で斬り伏せながら、更に接近する。
「うおおおおおおおっ!」
フレイムチェイサー全体が炎に包まれる。攻撃をもろともしない。そして、前輪の角でブラトッボの腹部を突き刺し、貫通した。
フレイムチェイサーで相手に突撃する『烈火馬進突貫』!
大きな風穴を戴いたブラトッボは一際大きく爆発した。
事の一部始終を見つめる目があった。スーツに眼鏡姿の男。胸には西園寺コーポレーションのロゴマークが描かれていた。
「上等じゃないの。でなきゃ困る」
呟いた刹那、虚空からブラトッボの肋骨が一本降り注ぐ。暁が上空で斬り伏せたものだろう。位置は男の後方。
しかし、男は特殊な形をした銃を右腰のホルダーから抜き、それを撃ち抜いた。ノールック命中。造作もないことだった。肋骨は爆散し、赤黒い爆炎を浮かべる。
「嬉しいぜ暁。お陰で退屈せずに済みそうだ」
業火を背に、男は笑みをみせた。煮え滾る炎が一種のエクスタシーを呼び起こしているようで、たまらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます