第四話 ー雅、登場ー
微妙に崩れかけたいくつもの建物が並んでいる。撤去作業中の団地と思われる。草木も眠る丑三つ時故、工事時間外ではあった。
その空中を舞うのはフクロウのようなネクロだ。しかし、その素振りは何者かから逃げるような調子を見せていた。
刹那、フクロウ怪人の身体を青白い閃光が貫いた。悶るフクロウ怪人は建物に衝突し爆散した。
「………お仕事終了」
爆炎を見ながら、銃を持った青い霊装武士は満足そうに鎧を解除した。
「キャンプですか!いいですね!」
仕事終わり。詩織は高岩の提案に好感を示した。高岩の提案。それは、高岩、匠海、詩織の三人でキャンプに行くというものだった。ちょうど明日は店の定休日だったのでキャンプには好都合だった。
「よし!じゃあ決定!明日はキャンプだ!」
詩織の了承を受けて高岩は歓喜とともに両腕を上げた。おー!、と叫び匠海も拳を上げた。
その様子を微笑ましく思った詩織はふと、心の片隅でまた刃と出会うことになるのだろうかと思った。そう考えると何だか不安な心地になってしまうのであんまりそのことを考えるのはやめよう、詩織は続けてそんな思考を浮かばせた。
勿論、刃以外にもネクロとかいう化け物にも出会いたくはなかったが、幽霊が出るような場所ではなさそうなので、ひとまず思考は安堵に着地することになった。
オーダードームの社長室。そこには先日と同じように眼鏡の男の姿があった。勿論、西園寺社長の姿もあった。
「少しばかり、あなたにも褒美を与えましょう」
男の報告の後、西園寺はそう投げかけた。男は笑顔に多少の疑問を混ぜていたが
「褒美とは如何なるものでございましょうか?」
と問いた。西園寺は笑みを浮かべ応じた。
「赤い霊装武士の抹殺」
その一言。場に薄寒い空気が張り付いた。
「彼は後々計画の邪魔になり得る存在です。早めに始末するに越したことはないでしょう。それに、これはあなたの一番大きな望みでもある。そうでしょう?」
少しの沈黙の後、男は口を開いた。
「社長。ありがたいお言葉、この上ございません。直ちに遂行いたします」
西園寺はその言葉に笑みをさらに深くした。
「計画に必要なもの。そのお使いも忘れないように宜しくお願いしますよ」
男はお任せください、と応じ、社長室を去った。
「続いて速報です。黒小鳩キャンプセンターにて現在、男性二人の行方がわからなくなっているとのニュースが入ってきました」
人が行き交う駅の外。ビルの壁埋め込まれている大型テレビからニュースキャスターの声が流れる。キャスターのバストショットの下には『速報 男性二人が行方不明』と青背景白文字のテロップが置かれていた。
「現在捜索が行われている様子です。詳しい情報が入り次第、再びお伝えします」
刃はそのニュースを注視していた。
「黒小鳩キャンプセンターか。ちょうど任務で言われていた場所だな」
ノウンが目を点滅させた。
「ネクロの仕業ということか」
刃がノウンに続き刃が呟く。
「その可能性も視野に入れるべきだ。ネクロがいるのは確実だからな」
刃にノウンはそう応じた。刃は向きを変え歩みを進めた。
キャンプ当日。高岩の車に揺さぶられ着いたのは『黒小鳩キャンプセンター』というキャンプ場だった。西園寺コーポレーションが運営しているようで、看板の右端に小さく西園寺コーポレーションのロゴが描かれていた。
「あれ………なんか警察の人がいる」
テントを建てんと思ったとき、匠海が向こうの方を指差し呟いた。警官と思わしき人物と民間人らしき人物が複数人確認できた。何かしら話し込んでいる様子だった。
「あぁ。行方不明の人探してるんだよ。それでも今日営業してるんだから、凄いよなぁ」
高岩はそう応じた。行方不明者捜索がある関係で森の一部分は侵入禁止との措置を受けていたが、キャンプ場自体は普通に楽しむことができた。
「あ、そういや詩織ちゃんどうしたの?」
高岩が思い出したかのように匠海に問いかけた。
「確か道具を取りに行くとかなんとか……」
匠海は詩織がキャンプに使う道具を車に忘れたから取りに行くという趣旨の話をしていたのを思い出した。
「ふーん………にしては遅くないか?」
高岩の指摘に匠海は確かにと同調した。行方不明事件のことも相まって、不安が立ち込めてきた。
様子を見に行った二人の予感は必中した。車に向かう道中には持ってくる予定だったキャンプ道具一式が入った袋が落ちていた。急いで車に向かったが勿論詩織の影はない。
おぼろげな不安が現実味を帯びるという恐ろしさに二人は身体を震わせた。
目を覚ました詩織は自分が見知らぬ場所にうつ伏せで倒れていることを知覚した。辺りは背の高い木に覆われ、薄暗かった。ゆっくり起き上がり目にしたのは、広い面積を黒い泥で覆われた土地だった。正確には泥が溜まっている底なし沼なのだが。
「うっそでしょ………」
呆然とした絶望感に苛まれながら詩織は目を冷ますよりも前のことを思い出そうと画策した。
道具を取りに行った帰り、詩織は何か甘い香りを感じた。何故か詩織はその甘い香りのする方向へ歩みを進めてしまったのだ。…………それ以降の記憶はなかった。
どうすればいいのか考えていた刹那、沼から同じく黒くぬめぬめした手が生えてきた。まるで泥でできたような手だ。そして、全身が泥で覆われたような謎のクリーチャーが三体ほど沼から這い出てきた。
「まさか………ネクロ?!」
詩織が驚愕の声を上げる。意を介さず迫るネクロ達。逃げようと立ち上がったが、ネクロの覇気に追いやられたのか、派手に転んでしまった。
ネクロが詩織に殴りかかろうとした刹那、頭上を横切った波状の炎が三体のネクロを同時に切り裂いた。着地音の方に振り返ると、そこには暁が居座っていた。
「神崎さん!」
「またお前か。懲りないな」
当たり前ながら、刃の声が流れた。呆れた様子だったが、刃は詩織が立ち上がれるように手を差し伸べてくれた。
詩織が立ち上がった頃だった。沼の中央が盛り上がり山のようになった。目や口のような物、更には腕も確認できる。
「奴はネクロ『マミレドロ』。この沼に沈んだ人々の魔念が集合してできたネクロだ」
ノウンが解説を入れる。刃は詩織に隠れてろ、と口早に呟いた。木の陰に隠れた詩織は沼の中から先程自分を襲ったネクロが再び現れるのを目にした。
暁がネクロ達と拳を交じわせる。しかし、三対一故に苦戦を強いられている様だった。
奥にそびえるマミレドロたるネクロが口から泥を放った。三体のネクロによって動きを止められていた暁はもろに泥をくらい、近場の木に背中を打ち付けてしまった。
鎧が赤いフラッシュに包まれ、刃の姿が顕になった。痛みに顔を歪めている。
詩織は思わず神崎さん、と叫んだが返ってきたのは刃の苦しむ声だけだった。
迫るネクロ。しかし、銃声とともに何者かがその三体を撃ち抜いた。糸が落ちるかのように倒れ込むネクロ。銃声の方向に振り返った詩織は眼鏡をかけたスーツ姿の男の姿を視覚した。
「なーんか楽しそうなことやってるじゃないの。俺も混ざろっと」
飄々と男は軽い足取りで歩みながら答えた。そして詩織を見つけ
「連中、こういう子が好きなのね。いい趣味してんね」
と軽く呟いた。
「……あなたは?」
詩織の問いかけに男は調子を崩さず答えた。
「この街の自由と平和を守る愛の戦士。ま、見ればわかるよ」
そして、男は眼鏡を外し左手を右肩の上の辺りに移した。その人差し指には青い指輪がはめられていた。刃の指輪の色違いと思われる。その指輪に口づけした後、男は
「霊装」
と言い放った。彼の体は青いフラッシュに包まれ、鎧を着込んだ姿へと変身した。
両端が吊り上がった赤いゴーグル状の目。額からは一本角が生え、後頭部からは赤い束ねられた毛のようなものが吊り下がっていた。手首の辺りにはカッターのように尖った突起物が据え付けられていた。全体的に青いカラーリングでまとめられており、男が持っていた銃は上部に弓形のパーツが追加され、ボウガンのようにも見えた。
「霊装武士………?」
詩織がゆっくりと声を震わせた。
「
雅の言葉の後、気を失っていたネクロが起き上がり、刃そっちのけでこちらに迫ってきた。三体の内の一体はすでに力尽きたようで、突っ伏した身体は熱を加えたバターの如く、溶けるように消滅した。したがって、残りの二体が雅めがけ走り出したのだ。
銃口を向ける雅。発砲。連続で青白い弾が放たれた。連撃をくらったネクロの内の一体は地面に倒れ込み爆散した。
怯まず攻めるもう一体。そのパンチを回避した雅は、ネクロの頭を掴んだ。
「へぇ。生きがいいねぇ」
のんきな声のまま、雅は腕のカッターを勢いよくネクロの首に突き刺し、首を引き裂いた。ネクロの黒い血が飛び散る。
「オーケー。とりあえずノルマは達成かな」
生首を見つめ、満足そうに呟いた雅はマミレドロが陣取る底なし沼へと歩みを進めた。マミレドロの放つ泥を最小限の動きで回避しながら。
刃が静観している辺で止まった雅は専用の銃『霊銃 雷』の持ち手近くのレバーを引っ張った。弓形の部分が九十度可動した。そして、マミレドロに狙いを定める。
「………チェックメイト」
刹那、銃口から稲光と共に蒼白の閃光が放たれた。閃光は真っ直ぐ突き進み、マミレドロの眉間あたりを貫いた。
必殺の一撃『雷電閃光射』!
マミレドロは稲光を発しながら爆散した。
痛みを感じながらも刃は立ち上がり、青い霊装武士に近づいた。
「おっ、元気そうで良かった。こんなとこでくたばってもらっちゃ面白くないからね」
霊装武士は霊装を解除した。スーツ姿の男が現れる。その左胸の辺りのロゴを見てノウンが声を上げた。
「西園寺コーポレーションだと?何故霊装武士の貴様が……?」
ニンマリと男が答えた。
「潜入捜査ってやつだよ。カッコいいだろ?」
男が名刺を内ポケットから取り出し、見せびらかした。名刺から、この男は『鈴鹿将暉』という名前であると推察できた。
「潜入捜査だと……?」
刃が聞き返す。
「連中、密かにネクロに関する研究をやっている。俺がこの場に来たのも、研究材料を集めるためだ」
刃が顔を歪めたが、男は意に介さず話し続けた。
「あぁ勿論、俺は研究に参加するつもりは無いぜ。今日ゲットした試料も研究できないように細工するするつもりだ」
飄々と答える男に刃はどこか奇妙な不信感を覚えた。その不信感は次の言葉で更に深くなることとなった。
「ま、目的は他にもあるんだけどね」
「目的……?」
「そ。ヒントはね、神崎刃。お前が関わってること」
男は人差し指で刃を指差し答えた。
「何だと……?俺が………?」
漠然とした驚愕に刃は間を置かず呟いた。
「ま、そのうちわかるからさ。楽しみにしておいてね」
様子を変えず応じた男は最後に詩織の方を向き
「あ、お嬢ちゃん。ネクロの誘いに乗っちゃ駄目だよ。俺みたいなカッコいい男の誘いのほうが数億倍楽しいぜ」
と呟いてからその場を足早に去っていった。
謎の男が去った後、詩織は刃に近づいた。
「あの人……誰なんですか?」
刃は一言知らん、と答えた。そりゃそうかと思いつつ男が去った方向を眺めた。
「お前………怪我してるぞ」
刃が唐突に喋った。えっ、と振り返った詩織は自分の右膝を擦りむいていることに気がついた。先程転んだときにできたのだろう。
「あっ、これくらいなら………」
大丈夫と言い終わる前に刃はコートのポケットから薄い布のようなものを取り出し、それを傷口に巻き始めた。
「あ、すみません!ありがとう………ございます……」
何処か気恥ずかしく顔を赤らめてしまった詩織に対し刃は
「傷の手当ぐらいやって当前だ。変なことを考えるな」
と、努めて冷たく応じた。そんな彼を横目で見ていたノウンは、少し間を置き
「何度もネクロに襲われている訳だ。此奴は君の事を放っておけないのだろう」
と、機械的に話した。その謎の告白に刃は先程の詩織、いや、それ以上に顔を赤くした。
「ノウン!お前……!」
「無愛想だが、優しさがない訳では無い。それは覚えていてほしいのだがな」
「余計な世話だっ!」
刃の羞恥の声を遮るようにノウンは言い放った。それに怒鳴り返す刃。そのやり取りが小気味よく、詩織は思わず笑みを漏らした。
手当を終えた刃は立ち上がりそそくさとその場を去ろうとした。
「元いた場所に帰してやる。さったとついて来い」
ぶっきらぼうに刃は命令した。詩織ははい、と元気に応じ、立ち上がった。
「よかったら皆と合流した後、一緒にお昼ごはん、食べませんか?」
詩織は刃の顔を除くようにして問いかけた。刃は知るか、とだけ言い歩く速度を早めた。
その言葉尻が丸かったのが、なんだか嬉しかった。
喜々と会話する詩織を横目に挟みつつ、ノウンは先程感じていた違和感に、頭を廻らせていた。
「刃が彼女の傷口に近づいた時、僅かながら傷口から腐臭がした。あの臭いは……ネクロの血としか考えられないが……まさかな……」
人間の何倍以上もの嗅覚を有するノウンだからこその、意見でもあった。だが、詩織だけでなく、何処か嬉しさを感じているようでもある刃の顔が、ノウンの報告を妨げるようだった。
妙な葛藤が繰り広げられていた故か、ノウンは、自身を監視する黒い影に、気づくことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます