第48話 逆転

 †


「お兄ちゃん!」 

 突然現れた妹ちゃんにアトラスは驚く。

「どうしてここに!?」

 兄が聞くと、妹ちゃんは巨竜を睨みながら答える。

「帰りにお兄ちゃんの部下の人が走っていくのが見えたから。定時後だし、なんかあったのかと思って」

 確かに≪ホワイト・ナイツ≫は圧倒的ホワイト職場なので、隊員が定時後に働くことはまずなかった。だから、定時後にメンバーたちが必死な形相で街の外へ行く姿はある意味目立ったことだろう。

(しかし、それだけでここまで来るとは……)

 アトラスは妹ちゃんのカンの良さに驚く。

「とりあえず危ないからここから離れてくれ」

 妹ちゃんにそう言うアトラス。けれど妹ちゃんは杖を構えて、その場を動く気はないことを示した。

「私がいなかったら危なかったくせに!」

「う……。まぁそれはそうなんだけど」

「これでも≪王立冒険者学校≫の首席なんだから」

 妹ちゃんは天下の≪王立冒険者学校≫の中でも最も高い実力を持っていた。

 学生故その力を思う存分発揮する機会はさほど多くなかったので、今こそいい機会と思ったのだろう。妹ちゃんは臆することなく、巨竜に立ち向かっていく。

「――――“ドラゴンブレス”!!」

 いきなり上級魔法を繰り出す。それを見ていたアトラスの部下や宮廷騎士たちは、突然現れた学生がベテランの冒険者でもなかなかできない上級スキルを発動したことに驚いた。

 だが――

「……効かない!?」

 巨竜に大きなダメージを与えることはできなかった。

 巨竜は相変わらずほぼ無傷。一瞬立ち止まって、攻撃主の妹ちゃんの方を見るが、興味がないとばかりにそのまま街へ向かって進んでいく。

 妹ちゃんは無視されたことに気が付き舌打ちした。

「――お兄ちゃん、倍返し、借りるよ!」

 そう言って妹ちゃんは杖を兄に向ける。

「“魔力強化(マジック・バフ)”」

 妹ちゃんのバフによってアトラスの魔力が強化される。そして倍返しによって、その効果が倍返しで妹に跳ね返ってくる。

 だが、兄のことを知り尽くした妹ちゃんの行動はそれでは終わらなかった。

 そしてさらに強化された魔力を生かして、もう一度兄にバフをかける。

「――“魔力強化(マジック・バフ)”!!」

 妹ちゃんのバフは元から強力だったが、兄の“倍返し”によって魔力ステータスが上がった今、さらに強力なものになっていた。そして、それが再び自分に返ってくることで、従来の何倍もの力を手に入れる。

 そして満を持して、再び巨竜にスキルを放った。

「――――“ドラゴンブレス”!!」

 再び妹ちゃんの炎攻撃が巨竜に放たれる。

「グァァッ!!!!」

 はじめて悲鳴を上げる巨竜。巨竜の膨大なHPからすれば、削った値はかなり小さいものであったが、確かに巨竜にダメージを与えることができたのだ。

「す、すごい!!」

 周囲は妹ちゃんを見て嘆声をもらす。

 しかしそれでも巨竜に大きなダメージを与えられていないことに変わりはなかった。

「これでもダメなの!?」

 今の攻撃は、理論上妹ちゃんの最高火力だった。だからこれを繰り返しても巨竜を倒すことはできないとハッキリわかってしまったのだ。

 魔力強化は、次に使う魔法に対してのみ効力を発揮する。再び強化してから攻撃すればダメージを与えることはできるが、巨竜のHPが半分になる前に、魔力が尽きるだろう。

 妹ちゃんは唇を噛み、悠然と歩いていく巨竜を黙って見守るしかなかった。屈指の力を持つ妹ちゃんが、兄の規格外の力とタッグを組んでも勝てない。そうなるといよいよ勝ち目がない。

 ――いよいよ、もう街までもう数十メートル。

 そして街の入り口の所には、何十人かの冒険者たちが待ち構えていた。

 巨竜を迎撃するために急遽集められたのだ。だが、Sランクメンバーが束になっても叶わない相手にはまったく意味をなさないだろう。

「どうすれば……」

 ――だが。

「もしかして、全員でアトラスさんを強化すればいいんじゃないですか!?」

 アニスがそんなアイデアを出す。

 考え方はとてもシンプルだ。

 だが、今回に限ってはとても強力なアイデアだった。

 普段のダンジョンでの戦いでは、ダンジョンの広さの都合があり、一度に戦えるパーティメンバーが限られる。けれど、今回はダンジョン外での戦いだ。既にアトラスのパーティに加えて、宮廷騎士団、そして街の前に駆け付けた冒険者たちもいる。それが一斉にアトラスに“魔力強化”をかけ、倍返しを受けた後、もう一度“魔力強化”をかけるという風にすれば、アトラスの攻撃力は飛躍的に増していく。

「急いでそれを試しましょう!!」

 妹ちゃんがアニスの考えに同意する。

 巨竜は街の目前まで迫っている。これが最後のチャンスだった。

「“魔力強化”!」 

 妹ちゃんがアトラスに魔力強化をかける。そして倍返しによって自身の魔力が強化されたところでそれを利用してさらにもう一度、

「“魔力強化”!」

 それでアトラスの攻撃力はさらに強化される。

 そして、周囲もそれに続く。

 アニスも、

「“魔力強化”!」

 イリアも、

「“魔力強化”!」

 副団長も、

「“魔力強化”!」

 アトラスの部下はもちろん宮廷騎士団のメンバーも一心になってアトラスにバフをかけていく。

 そしてアニスが、街の前を守っていた冒険者にも状況を説明して協力をお願いする。

「“魔力強化”」

「“魔力強化”」

「“魔力強化”」

「“魔力強化”」

「“魔力強化”」

「“魔力強化”」

 アトラスはその場にいた大勢の“魔力強化”を受けて、自分が加速度的に強くなっていくのを感じた。

 無限のエネルギーが自身の体に流れ込んでくるような感覚。

 そして、周囲の人間全員がアトラスに“魔力強化”をかけおえたところで、剣を握り直して巨竜の前に立ちはだかった。

「はぁ――ッ!」

 真正面から剣を掲げて、全力を出して突撃していくアトラス。

 巨竜は目の前に現れたアトラスに、再び最強の攻撃“ドラゴンブレス”を放つ。

 ――豪火がアトラスに降り注ぐ。だがアトラスはなんとか踏ん張った。

 そして、

「――――“倍返し”ッ!!」

 アトラスの突き出したその剣に、全員の想いが重なった。

 極限まで高めた一撃が、圧倒的な火力をもって巨竜の心臓へと突き刺さる。


「グァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 巨竜はつんざくような雄叫びを上げる。

 アトラスの力が、その固い鱗を突き破り核となっていた剣にまで達した。

 ――砕け散る魔剣。

 次の瞬間、爆風が過ぎ去っていき、その中心にアトラスと、核を失った巨竜の巨体だけが残った。

 そして巨竜は力を失い、地面へと倒れこむ。

轟音は遥か彼方へと去り、あたりに静けさが残る。

 先ほどまで圧倒的な威圧感をまき散らしていた巨竜が、今は単なる肉の塊となっていた。

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