第47話 苦戦


「街に向かってる!?」

 あんな強力なモンスターが、街に行けば大勢の人間が殺されるのは明白だった。

 ――だが、一人で止めようにも勝ち目はない。アトラスはそれを理解して駆け出した。

 いち早く冒険者たちに伝えて、なんとか街の前で食い止めなければ。

 幸い、巨竜はあまりに大きすぎて飛べないようだった。悠然と――つまり、比較的ゆっくりと、街に向かって歩いている。

 アトラスが必死に走れば、巨竜より早く移動できた。

 アトラスはさっき別れた部下たちがいるはずの道を選んで走る。

 必死に走った先に部下たちの姿を見つけた。全員ではないが、アニスやイリアの姿はあった。

「アトラスさん!?」

 突然必死な形相で現れたアトラスを見て、アニスは驚きの声を上げる。

「大変なんだ。王子様が竜になっちゃって、街を襲おうとしてるんだ! なんとか街に行く前に倒さないと」

 アトラスが簡単に説明すると、アニスたちはすぐにアトラスに従って動き出した。

 一人の隊員には街に知らせに行ってもらい、ほかのメンバーで巨竜のもとへと向かった。

 幸い、巨竜の進むスピードはあまり早くなかったので、アトラスたちが駆け付けたころ、まだ街まで距離がある場所にいた。

「大きいッ!!」

 巨竜を見て息をのむイリア。Sランクパーティとして活躍している≪ホワイト・ナイツ≫のメンバーをも驚かせるだけの大きさであった。

 巨竜を目にして一瞬たじろぐメンバー。

 そんな中、アトラスは先陣を切るように、巨竜に向かっていく。

 跳躍し、巨竜の脇腹に突撃攻撃を敢行する。しかし、剣は竜の硬い鱗にはじかれてしまう。

 そもそもの防御力が高く、アトラスの攻撃力ではまったくダメージを与えられなかった。

「ハァァァッ!!」

 ――アトラスに続いて、アニスも攻撃に参加する。

 アトラスより攻撃力のステータスで勝るアニスは、ダメージを与えることに成功した。しかし、それもわずかなものだった。

「グラァァ」

 たかるハエを振り払うように、巨竜はその大きな翼でアニスを薙ぎ払った。

 もろにその攻撃を受けたアニスは後方に投げ飛ばされる。そのHPは大きく減っていた。

「くらえッ!!!」

 今度はイリアが果敢に突撃していく。

 けれど、やはり巨竜にはほとんどダメージを与えることはできなかった。巨竜は攻撃力も驚異的だが、その防御力が圧倒的だった。固い鱗が信じられないほどの耐久力を持っている。

(これじゃ冒険者が何人束になっても勝てない!!)

 アトラスは内心で焦ってそうつぶやいた。

「隊長、どうすれば!?」

 イリアが隊長に指示を求める。

 ――そして少し考えた末、アトラスがこの状況を打破するためにひねり出したのは、強力な一撃で敵の装甲を砕くというものだった。

「あの鱗の鎧がある限り埒(らち)が明かない! 時間差の倍返しで威力をあげて鎧を突破するからみんな援護してください!」

 アトラスの作戦は、前にSSランクダンジョンで≪奈落の王≫相手にとったのと同じ作戦だった。倍返しの攻撃を即座には返さず、しばらくため込んで威力を増幅させる“借金返し”を使って、高い火力を出し一転突破を図るというものだ。

「了解しました!」

 以前一度その作戦を試しているアニスはすぐに内容を飲み込む。

 アトラスは巨竜の前に立ちはだかり、あえてその顔面目掛けて切り込んだ。まっすぐ視界に入ってきたアトラスに対して、巨竜はドラゴンブレスを放つ。

 ただでさえ強力な一撃を至近距離でまともにくらうアトラス。圧倒的なHPを持つアトラスでなければ致命傷となりかねない一撃だった。

 だが、吹き飛ばされたアトラスのHPはそれでもまだ残っていた。そして倍返しのカウンターを温存し、すぐさまポーションで回復する。

 その間に脇からアニスたちが攻撃をかけ、少しでも巨竜の視線をそらそうとする。

 アニスたちの攻撃は巨竜にダメージを与えることも、動きが鈍らせることもできなかったが、気を引くことはできた。

 そしてしばらくして、アトラスの中で、温存した“倍返し”の力が最高潮に達したのを感じる。

「――――“借金返し”!」

 アトラスは渾身の一撃を、巨竜の側面に叩き込む。

「グァァッッ!!」

 わずかに悲鳴をあげる竜。

 けれど、分厚い鱗にわずかにヒビを入れることが精一杯だった。HPもほとんど減っていない。

 自分の持つ最高火力でも、この程度しかダメージを与えらないのかとアトラスは歯ぎしりする。

 そしてとうとう街が見えるところまでやってきてしまった。このまま行けば、巨竜が街を蹂躙することになる。

 と、そこでようやく応援が駆けつけてくる。宮廷騎士団の面々だ。

「王都を守れ!! 一斉攻撃!!」

 副団長が声を張り上げ、騎士たちは巨竜相手に立ち向かっていく。

 しかし。

「ぐぁぁぁ!!」

 次々に跳ね飛ばされていく騎士たち。Sランクレベルの力を持つ宮廷騎士たちでも、巨竜相手にはまったく歯が立たなかった。

「クソッ!!!」

 見かねたアトラスは、ヤケクソ気味に突進攻撃を敢行する。

 巨竜はアトラスに対して再びドラゴンブレスを放つ。その業火によって、大ダメージを負うアトラス。さらに巨竜はトドメとばかりに、前足をアトラスに向けて振りかざした。

 豊富なHPを持つアトラスだったが、その一撃を耐えるだけのHPは残っていなかった。

「――――ッ!!」

 それがアトラスにとっては最期の瞬間に思えた。

 だが。

「――“ヒール”ッ!!」

 巨竜の前足に跳ね飛ばされるアトラス。だが、その直前、どこからともなく声が響き、アトラスを癒しの光が包み込んでいた。

 それによってなんとかHPが残り、死を免れる。

 アトラスは巨竜と距離を取り、自分を助けてくれた人物のことを確認する。

 ――いやその声の主は確認するまでもなかった。

「お兄ちゃん!」 

 その声は、紛れもなくアトラスの大切な妹の声だった。


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