第27話 決闘・・・瞬殺。
翌日、アトラスは王宮の競技場へと向かった。
決闘によって「アトラスが無能かどうか」を決めると言う謎のイベントが行われる。アトラスとしては気乗りしないことだが、王女様のご指名とあらば行かないわけにいかなかった。
「お兄ちゃん、コテンパンにしてやって!!」
妹ちゃんがアトラスの両手を握ってぶんぶん振りながらそう言った。
昨日妹ちゃんに事の次第を報告したところ、兄の決闘を見ないわけにはいかないと王宮までついて来たのであった。「お泊りデートが無理なら、王宮デートで我慢する」と言われては、アトラスも断ることはできなかった。
「う、うん、頑張る……」
妹ちゃんがいるとなると、一応情けないところは見せられないなとアトラスは思った。仕方がないから全力で戦おうと決心する。
と、アトラスより少し遅れてクラッブが現れた。コナンたち部下数名を引き連れている。
「お、誰かと思えば、無能すぎて我が≪ブラック・バインド≫をクビになったFランクのポンコツアトラス君じゃないか」
クラッブは近づいて来るなり嘲笑しながらそう言った。
アトラスは「は、はぁ」と、ため息交じりに答える。
「なんだ、その態度は。今日は俺が“指導”してやるんだ。ありがたく思え?」
「それは、ありがとうございます」
パワハラは適当に受け流すと言うのが、5年間の≪ブラック・バインド≫生活で身につけたアトラスなりの処世術だった。
だが、妹ちゃんは大好きな兄を侮辱されて頭がプッツンだった。
「何が“指導”よ。あんたみたいな偉そうなだけのやつに、お兄ちゃんが教えてもらうことなんかないから」
仮にも「王国公認ギルド」のギルマスなのに「偉そうなだけのやつ」呼ばわれされたクラッブは顔を真っ赤にした。だが、クラッブが言い返す前に、腰巾着のコナンが声を荒らげる。
「お、お前! ギルマスになんてことを言うんだ!」
さすがは腰巾着で隊長にまで上り詰めただけのことはあると思わせる対応であった。
だが、口を出したのは完全にコナンの失敗だった。
「“土下座のコナン”は黙ってて」
「ひぃッ!!」
妹ちゃんの一言で、リードを引っ張られた犬のように大人しくなるコナン。
「……“土下座のコナン”?」
クラッブが不思議そうに聞く。
「い、いえギルマス。や、奴の妄言です。忘れて下さい……」
と、アトラス以外がバチバチやり合っていたところに、王女ルイーズが姿を現す。後ろには近衛騎士たちを引き連れていた。
「みなさん、ようこそお越しいただきました」
その場にいた全員がルイーズの方を見て頭を下げた。
「アトラスさんの貴重なお時間を無駄にはしたくないので、早速始めましょうか」
ルイーズはクラッブを気遣う様子はこれっぽちもなくそう言った。そして続けざまにルールを説明する。
「相手のHPを半分に減らした方が勝ちです。いいですね」
「ええ、もちろんです」
クラッブは勢いよく返事する。アトラスも「わかりました」と同意した。
「それでは、双方位置についてください」
アトラスとクラッブはそれぞれ20メートルほど離れた位置につく。
「――それでは決闘を始めます。3……」
ルイーズがカウントダウンを始める。
アトラスとクラッブはそれぞれ剣を抜いて構える。
「2……1、はじめ!」
王女の声が空に響いた次の瞬間、アトラスとクラッブは同時に駆け出した。
スピードはクラッブの方が速い。彼は今でこそ経営者だが、かつてはそれなりの実力を持つ冒険者だった。だからアトラスのような無能に負けるはずがないと思っていた。
「雑魚が! 死ねえぇぇぇッ!!!」
クラッブは大剣の切っ先をアトラスに向けて突撃を敢行した。
アトラスは――――最初から防御を捨てた。
いやむしろ、地面を全力で蹴って、自分からクラッブの大剣に向かっていく。
「もらったぁあ!!!!」
クラッブの大剣は、アトラスの急所である心臓の部分を貫く。クリーンヒットでアトラスのHPは一気に削られる。
――――だが、それは全てアトラスの計算通りだった。
アトラスはわざと相手の攻撃が自分の急所に当たるように突っ込んで行ったのだ。
その結果、クラッブの攻撃はクリーンヒットのボーナスと、アトラスが自ら突進していった勢いとが合わさって、通常の二倍以上の威力になった。
その攻撃でアトラスのHPは一気に削れるが――半分は下回らない。
そして、次の瞬間アトラスの食らったダメージが倍になってクラッブに跳ね返る。
「ぐぁぁああああああああ!!!!!!!!」
空気が圧縮され爆発する音とともに、クラッブが空へと打ち上げられた。あるところまで勢いよく昇っていき、そのまま地面に落下する。
地面にぶつかる大きな音。クラッブは頭から地面に突き刺さっていた。
王女が確認すると、クラッブのHPは当然のように半分以下に削られていた。
「勝者、アトラス!!」
――――文字通り、秒殺。
「……す、すげぇ……」
「マジで一撃だったぞ?」
「クリーンヒットしてたよな? なのにHP全然削れてねぇぞ」
「あの攻撃力もバケモノだろ」
「近衛騎士でもあんなの無理だろ」
後ろで見ていた近衛騎士たちは驚きの言葉を漏らした。
アトラスが見せたのは、自ら敵の攻撃を急所に誘導し≪倍返し≫の効果を倍増させる隠し技だった。
(狙ってクリーンヒットを出すのが難しいんだけど、今日はうまくいったな)
アトラスは満足げに頷いた。
「さすがです、アトラスさん!! 目にも留まらぬ神業に感服いたしました」
ルイーズは満面の笑みを浮かべてアトラスの元に駆け寄ってきた。彼女はまたもアトラスの両手を取ってぎゅっと握りしめる。
「いや、たまたまです……」
アトラスは照れながらそう答える。
「いえ、間違いなく実力です!」
ルイーズは嬉々とした表情でアトラスを見つめる。
と、その様子を見ていた妹ちゃんは歯軋りして悔しがる。私以外の女がお兄ちゃんに近づくなんて、という思考が駄々洩れていた。
「ちょっと、失礼します王女様。未婚の男女が人前でくっつくのはあまりよろしくないかと!!」
そう言って妹ちゃんは兄の腕を引っ張って自分の胸にガッチリ引き寄せる。
「あら、あなたは……」
王女は突然割り込んできた少女に驚いて目を丸くする。
「アトラスの妹です!! い、も、う、とです!」
王女相手に全く怯まず、威嚇するような態度をとる妹ちゃんに、アトラスはタジタジになる。
「アトラスさんの妹さんでしたか。これはこれは挨拶もなく、失礼しました」
王女は妹ちゃんに明確な敵意を向けられていることは察していたが、一ミリも気にする事はなかった。王女は妹ちゃんを一瞥したあと、アトラスに向き直る。
「アトラスさん、本当にお疲れ様です。やはりアトラスさんは世界一の冒険者です!」
「せ、世界一だなんて……とんでもございません」
アトラスはたじたじになりながら答える。
――と、そんなところで、クラッブがようやく地面から抜け出して、アトラスたちの方にやってきた。そして何を言うかと思えば、
「王女様! やつは何かズルをしたのです!! そうでなければ、この私が負けるはずがありません!!」
クラッブはルイーズにそう詰め寄る。だが、もはやルイーズにクラッブの話を聞くつもりはなかった。
「嘘をついてSSランクダンジョン攻略を受注し、あろうことかアトラスを貶めることで嘘を正当化しようとするとは」
ルイーズがピシャリと言い放つ。するとクラッブはたじろぎながら弁明する。
「お、王女様!! 誤解でございます!!」
クラッブはそう訴える。だが、それを王女は一刀両断する。
「私があなた方にSSランクダンジョンの攻略を発注したのは、あくまでアトラスさんがいたからです。ちゃんと事前に確認したはず。あなた方が嘘をついていた以上、発注は破棄させていただきます。それから、王室を欺いたことは、王都中のクエスト紹介ギルドにも連絡いたしますので、そのつもりで」
王女は厳しく言い放つと、いよいよクラッブは追い詰められてしまう。
「お、王女様!! お、お許しを!!!」
クラッブは泣きそうになりながらそう言うが、ルイーズが意に介することはなかった。
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