第21話 妹ちゃん、兄とデートできなくて悲しむ
アトラスは定時で仕事を終えて、日が昇っているうちに家に帰ってくる。
「ただいま……」
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
妹ちゃんはいつも通り、アトラスのことを玄関まで迎えに来てくれる。
「あのさ、なんか明日有休をもらえることになった」
アトラスが言うと、妹ちゃんは一瞬立ち尽くす。
「へ? 有休? つまりお休みってこと?」
「うん」
「有休って本当に実在したんだ!?」
妹ちゃんも有休という存在を知識としては知っていたが、いかんせん兄が5年間有休どころか週末の休日さえまともにもらえなかったの見てきたので、驚いてしまったのだ。
そして兄に一日自由な時間ができたことを知り、テンションが最高潮に高まる。
「お兄ちゃん、休みなんて久しぶりだね!! どこに遊びに行く!?」
妹ちゃんはここ数年兄と出かけることがほとんどできなかった。なので、ようやく兄とデートする時間ができたと思ったのである。
「ご、ごめん。それがパーティのみんなも一斉に休みを取って、一緒にバーベキューに行くことになって……」
兄がそう説明すると、妹ちゃんは口を大きく開けて悲しむ。
「が、がーん……」
兄が冒険者になってからというもの休みが全くなかったので、一緒にどこかに出かけるということも全くできなかった。そして5年ぶりに一緒に遊べると思って気持ちが高ぶっただけに、悲しみも大きかったのだ。
「……妹と会社の人、どっちが大事なの……?」
(いや、それは奥さんが旦那に言うやつだ)
アトラスは内心でそう突っ込む。
「ご、ごめん」
だが、妹ちゃんの悲しみように、アトラスも申し訳ない気持ちになってきた。
「デート……」
妹ちゃんは茫然自失でそう呟く。
「なんか……ごめん、また休みとるから……」
兄は穴埋めを約束するが、それでも妹ちゃんのショックを和らげることはできなかった。
†
翌日、部下たちとのバーベキューを思う存分楽しんできたアトラスが帰宅したのは結局夜だった。
「ただいま……」
アトラスが家の扉を開けると、今日は妹ちゃんの出迎えがなかった。アトラスは不安になりながらリビングに入る。
妹ちゃんはソファーに寝転んでいた。手にはなにやら黒い宝石が握られている。
(――あれは、確か録音石だ)
音声を記録して、あとで繰り返し再生することができるマジックアイテムである。
「た、ただいま……」
アトラスがもう一度そう言うと、妹ちゃんは「おかえり……」と小さな声で言う。
と、次の瞬間妹ちゃんが録音石の表面を撫でる。すると記録された音が再生される。
『――妹ちゃん、大好き!!』
部屋に響く少年の声。それは間違いなく、かつてのアトラスのそれだった。
「なにそれ!?」
アトラスは突然聞こえてきた声に驚く。だが、妹ちゃんは兄の質問には答えず、さらに音声を流す。
『――妹ちゃん、大人になったら結婚しよう!』
「いやいや!? だからなにそれ!?」
聞こえてくるかつての自分の寒い言葉に顔が真っ赤になるアトラス。
録音石から聞こえてくるアトラスの声は、かつて妹ちゃんが「兄が自分のことを大好きだという証拠を残しておこう」と思い立ち記録してあった音声の数々だった。
「……私を好きだった頃のお兄ちゃんを思い出して」
妹ちゃんは真剣なまなざしで兄にそう語り掛ける。
「ご、ごめんなさいです」
アトラスは妹ちゃんの勢いに押されて、とりあえずそう謝った。そして、それだけでは誠意がないと思い、続けて提案をする。
「今週末、遊びに行こう? 二日丸々使って泊りで!」
アトラスは誠意を見せるために旅行を提案する。すると、妹ちゃんは打って変わってぱぁっと笑みを浮かべた。
「え、ほんと? やった! どこ行くどこ行く!?」
アトラスは妹の豹変ぶりに驚く。
(明らかに今までの落ち込みようは演技だったな……)
アトラスは妹の切り替えの早さを見て、そう気がつくのだった。
(……いや、まぁいいんだけど)
「えっと、どこでもいいんだけど……恥ずかしいからさっきの音声消してくれない?」
「絶対イヤ」
(という事は事あるごとにあの音声が流されることになるのか……)
アトラスは頭を抱えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます