第20話 ホワイトさに驚くアトラス
朝、アトラスがギルドの建物に入ると、他パーティの隊員たちの話し声が聞こえてきた。
「今度のSSランクダンジョン攻略、別のギルドに取られたらしいぞ」
SSランクダンジョンと言えば、稀に発生する最高難易度のダンジョンで、アトラスはまだ足を踏み入れたことさえなかった。
発生自体が相当レアで、かつ攻略難易度も高いため、受注できるのは≪ホワイト・ナイツ≫などのいくつかのトップギルドだけだ。
そして≪ホワイト・ナイツ≫は数多くのSSランクダンジョン攻略を受注し成功に導いている。そんな≪ホワイト・ナイツ≫が失注するというのはかなり大きなニュースだった。
「受注したのはどこのギルドだよ」
「それが、≪ブラック・バインド≫っていうらしい」
と、アトラスは急に聞き慣れた言葉が聞こえてきて驚く。
「≪ブラック・バインド≫って、最近ノってるっていうあのトップベンチャーギルド? でもいくら何でもいきなりSSランクダンジョンは無謀なんじゃないか?」
「それが、なんでも王女様直接のご指名らしいよ」
王女様と言えば、ルイーズ・ローレンス様のことだ。以前、アトラスも攻略で一度だけ会ったことがあった。
(もちろん、向こうはこっちのことなんて全く覚えちゃいないと思うけど)
――と、アトラスが自席につくと、隊員のイリアが近づいてきた。
「おはようございます、隊長」
「おはよう」
イリアは挨拶のあとすぐに「失注」の話を切り出した。
「うちの代わりにSSランクダンジョン攻略を受注した≪ブラック・バインド≫って、隊長が前にいたギルドですよね」
「うん、そうだね」
「前に隊長に「戻って来てもいいぞ」とかって偉そうに言いにきた男は相当弱そうでしたけど、≪ブラック・バインド≫にはSSランクに挑むだけの力があるんですか?」
アトラスが知る限り、その「弱そう」な男であるコナンのパーティが≪ブラック・バインド≫の最強パーティだった。しかもパーティで一番強かったアニスは≪ブラック・バインド≫を辞めている。クビになったトニー隊長はともかくとして、アニスの離脱は大きな痛手だろう。
「うーん、正直厳しそうだけど……どうするんだろうね」
アトラスは苦笑いしながら言う。
「じゃぁ、失敗して結局≪ホワイト・ナイツ≫に仕事が回ってくるかもですね」
そう言ってイリアは金髪のツインテールを揺らしながら席に戻っていった。
すると、今度は入れ替わりでギルマスのエドワードがアトラスの席に現れた。
「おはようございます」
「おはよう。今日は内勤か?」
「はい。明後日から新しいダンジョンを攻略する予定です」
「そうかそうか。なら明日は有休でも取ったらどうだ?」
エドワードのその言葉に、アトラスは驚きのあまり固まってしまった。
「ゆ、有休……?」
「ああ。まだギルドに入ってから一度も有休を使ってないだろ?」
もちろんアトラスも「有休」という言葉は知っていた。だが、5年間の冒険者人生で、今まで「有休をとってもいい」なんて言葉をかけられたことがなかった。
「ゆ、有休って、取っていいんですか……? 処分されないんですか?」
アトラスは思わずそう聞き返してしまう。もちろん≪ブラック・バインド≫でも有休という制度はあったが、それを使うと「職務に集中していない」という理由で減給になっていた。なのでアトラスにとって「有休」というのは、「存在するが使えない制度」のことだったのだ。
「処分? バカなこと言うな。休むことで罰を受けるなんてありえないことだ」
ブラック環境にどっぷり浸かっていたアトラスは、エドワードの言葉がにわかには信じられなかった。と、アトラスが呆然としていると、後ろでイリアが手をあげる。
「私も書類仕事ほとんど終わったんで、ぱっぱと済ませて明日休みます」
すると、他のメンバーが「俺も休もうかなと思ってたんだよね」なんて言い出す。そして、それを聞いたイリアが、
「って言うか、どうせみんな暇なら、明日みんなでバーベキューしに行くっていうのはどうですか?」
そんなことを言い出す。
「それいいですね!」
と一瞬でパーティ全員が休みを取って、遊びに行く流れになる。その様子を見てアトラスはさらに驚いた。≪ブラック・バインド≫では、そもそも有休なんて取れなかったし、パーティで遊びに行こうという話になる程仲良くもなかった。
「隊長、どうですか?」
イリアが、首を傾げて聞いてくる。
「も、もちろんみんながいいなら……」
「やった。じゃぁ決まりですね」
(……これが真に仕事ができる人たちの働き方なのか)
アトラスは、自分の所属しているギルドのホワイトさに驚いてしまったのだった。
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