第17話 【トニー隊長side】クビ


 アトラスが加わったことで、パーティはあっという間に危機を脱した。

 かつてアトラスを無能呼ばわりし続けたメンバーたちも、この時ばかりはアトラスの背中に隠れるように黙り込んでついてきた。そして一行が外に出ると、そこにはそわそわとあたりを歩いて待っていたトニー隊長の姿があった。

「あ、アトラス!!」

 トニー隊長はアトラスたちの姿を見つけて慌てて駆け寄ってきた。

「だ、ダンジョンはどうなった!? ぼ、ボスは倒したか!?」

 彼の第一声はそれだった。

 トニー隊長はそのことで頭がいっぱいで、見捨てた部下のことなど考える余裕もなかったのだ。

 この期に及んで彼が考えているのは自分の保身だけ。そのことにアトラスは本気でため息をついた。

「そんなことより、部下たちの心配が先なんじゃないですか?」

 思わず語気が強くなる。普段温厚なアトラスが突然見せた険しい表情に、さすがのトニー隊長もハッとして我に返る。

「あ、あぁ……。そうだ。みんなもよく無事だった」

 取り繕うように言う隊長。だがその言葉に真心などあるはずもなかった。

「そ、それでダンジョンは?」

 やはり隊長にとって、あくまで自分のクビのことだけが気になるのだった。

「ダンジョンボスは倒してません。これでダンジョン攻略は失敗です」

 アトラスがハッキリと告げる。

「そ、そんな!!!」

 トニー隊長は再び地に膝をついて、アトラスにすがりつく。

「頼む! 今からボスを倒してくれ!! そうじゃないと俺はクビになってしまうんだ!!」

 だが、アトラスはパーティメンバーの言葉を代弁するように言い放つ。

「部下を見殺しにしたあなたが、隊長のままでいるのはふさわしくないと思います」

 アトラスがそう告げると、トニー隊長の手はアトラスの腕から滑り落ち、そのまま地面に膝をついてうなだれた。

 ――それが、仲間を見捨てた愚かな冒険者の末路だった。


 †


 ――――翌日。

 ≪ブラック・バインド≫ギルドマスター室。

「もはや言うことはない。お前はクビだ」

 ギルマスのクラッブは、トニー隊長に冷たくそう宣言した。もはやクラッブも呆れ果てており、トニーの失態を許すはずもなかった。

「申し訳ありませんギルマス!! し、しかし、な、な、なんとかクビだけはご勘弁を!」

 トニー隊長は土下座してそう嘆願するが、聞き入れてもらえるわけもない。

「目障りだ! いますぐに出ていけ!!」

 クラッブが声を荒らげて言う。

「お、お願いします!!!」

「ええい、めんどくさいやつだ。お前たち、この無能をつまみ出せ!」

 クラッブは外で待機していた部下に命じて、トニーを部屋から強制的に追い出す。

「ぎ、ギルマス!!!!!!!! お、お願いします!!!!!」

 そんなトニー隊長の叫び声が、ギルドの建物に虚しく響き渡るのだった。


 †


 ギルドを追い出されたトニー隊長は、そのまま魂が抜けたように自宅へと戻った。

「今日は早いのね」

 自宅の玄関で妻が愛想なく言った。 

「……実はギルドをクビになった」

 トニー隊長は正直にそう打ち明けた。もはや隠しておく気力さえなかった。

「……とうとうクビになったの」

 だが妻は特に驚いた風もなかった。実のところ、彼女はいつかこうなると分かっていたのだ。

 旦那が、たいした実力もないのに自分を大きく見せて、他人を貶めて生きている姿を、この十数年ずっと見てきた。だから、クビになったと聞いても全く驚きはなかった。むしろ遅かったくらいだ。

 そして、彼女にはこの日が来たらやろうと思っていたことがあった。

「もう、この家にいることはできない。悪いけど離婚して」

 ――突然告げられた三行半(みくだりはん)。

 急展開にトニー隊長は驚いて言葉を失う。確かに彼女との関係は冷え切っていたが、しかしまさか離婚を突きつけられるとは思わずと困惑した。だが、妻は冷静に説明する。

「あなた、仕事で少しでも嫌なことがあると散々私に当たってきたわよね。リストラされた今、この後、あなたが私たちにどういう態度をとるか、よくわかっているの」

「そ、そんな……ま、待ってくれ」

 トニーはそう言ってすがりつこうとする。だが、妻の決心が揺らぐことはなかった。

「……お母さん、家出て行くの?」

 と、部屋から娘が出てくる。母親が家を出て行くと聞いて一気に不安な気持ちになったのだ。

「もちろん、あなたも一緒に行くのよ」

 と妻は娘を抱き寄せてそう言った。

「ま、待ってくれ! 二人で出て行くのか!?」

 妻だけでなく、まさか娘まで一緒に出て行くなんて、トニーには到底受け入れられなかった。

 トニーは娘にすがりついて引き止める。

「まさかお父さんを置いてかないよな?」

 だが、娘はハッキリと告げる。 

「お父さん、お母さんをいじめるからキライ」

 そう言って娘は母親の方へと歩いて行く。

「そ、そんな……」

 トニーは妻と娘にも捨てられ、いよいよ何もかも失ってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る