残された手紙

 頭が痛い。




 今までの人生で体が痛くなかったことなんてないというくらい全身がきしんでいた。それが普通なんだと思っていたが、ナルさんにその話をしたら眉をハの字にして抱きしめられた。その瞬間、救われたようなやはり自分は慰められるような環境にいるかわいそうな存在なのだと感じた。




 でも佐倉先輩に出会ってから変わった。




 マッサージをしてもらっただけで体の循環が綺麗に回っていることを感じられるようになる。完全に痛みがなくなるわけではないが、それでも悪化の一方だったのが止まった。それだけで全然違う。




 でも、なんだか今日は刺すような痛みとだるさがひどい。




 すぐにでもマッサージをしてもらいたい状態。動くこともけだるすぎてしたくない。戦闘幹部なのに情けない。




 ノックが三回。




「はい」




 がちゃり、と音を立ててドアが開く。




「これ佐倉くんから」




 佐倉先輩だと思っていたのだが、予想に反して入ってきたのは背のあまり大きくない私よりも小さく可愛らしい顔立ちをした少女、久遠さんだった。




 少し濁った液体が入ったコップ。




 そういえば訓練室に行く前の久遠さんに同じ液体を渡しているのを見たことがある。




「それはなんですか」




「はちみつレモン水」




「そうですか・・・」




 あまり口数が多いわけではない久遠さんと話すことは得意じゃない。それなのに佐倉先輩と仲良くしているように見えたから驚いていたんだ。




 それに私が言うのもなんだが、本当に正反対なんだ。生まれ持った才能を持っている私と実力派で多才ながらも武器である防御魔法を中心的に高めていっている。一つだけに絞っている私とすべてを極めている久遠さん。




「ありがとうございます」




 ありがたく受け取って飲む。 




 想像以上においしい。さすが佐倉先輩だ。




「別に」




「あの、どうしてあなたが?」




 悲しい話だが久遠さんが私のことを苦手に思っていることは確かなのだ。それなのにわざわざ部屋にまでドリンクを持ってきてくれるなんて。




 もしかして歩み寄ってくれているのだろうか。




 しかし、彼女は気まずそうに目をそらす。




「佐倉くん疲れてる」




「佐倉先輩が・・・あ」




 私が倒れる前の記憶が一気に思い浮かんできた。




 ナルさんに衝撃的な話をされてしまった後に私はみっともなく暴れてあまつさえ傷つけようとしたのだ。そんなに暴れて泣いたとしても、彼は話を嘘だとは言ってくれなかった。




 久しぶりにあんなに魔力を使ったからこんなに疲れているのだろう。




 心なしか周りの空気が冷たい。




 窓を見ると、外には氷の結晶があった。二階だというのに、訓練室から飛び出て見えるということは天井や壁に穴を空けてしまっているのだろう。




 本当に、いやになる。




 これほどの魔力を使っているのに傷一つなく局所的に痛みがないということは魔力栓もできていないのだろう。佐倉先輩が私が気を失っている間にマッサージしてくれていたのかと思うと、疲れさせてしまっていることに罪悪感が湧き出る。




「ナルさんはどうしていますか」




「・・・・」




「?」




 首を傾げる。




 返答が返ってこない。




「それに関しては私が話をするね」




ああ、そうか。久遠さんがいるのなら当然総長もいるに決まっている。同じアジトに住んでいるもののそこまで接する機会が少ないため久しぶりに見た気がする。




 いつもの柔らかい雰囲気がない。




 もともと日焼けを知らない白い肌だというのに、さらに血の気を失って青白くも見える。攻められたとしても、淡々として動じることがない風格を醸している彼女がここまで目に見えて取り乱しているなんて考えられない。




 唾をごくりと飲んだ。




「ナルが、いなくなった」




「ぇ・・・?」




 いなくなった?




 ナルさんが?




 頭が理解したくないと警鐘を鳴らしている。




 だって、ナルさんは白の国の司令官で失ってはいけない人だというのに。この国の住人で長年一緒に暮らしてきた人なんだ。




 どうして。




 いやになって家出でもしてしまったんだろうか。




「この手紙が置いてあった」




「読まない方がいい」




 久遠さんが総長のいうことに口をはさむなんて珍しい。口答えをするような態度ではなく、私のことを気遣ってくれているようなまなざし。私のことがあまり好きではないというのにたまにこうして優しさを出してくる。




 それが余計にみじめになる。




 久遠さんに言われたからというわけではないが、身体が妙に震えてしまって渡された手紙を受け取らなかった。






 しかし




「ナルさんがどこにいるかだけ、わかりますか」




「・・・」




 その、沈黙ですべてが分かった。








 赤の国だ。








 ナルさんの生まれ故郷と言われているもので、彼の半生を過ごした国。






 彼が出ていくとなったらあそこしかない。






 思えば、不思議なことはいくらでもあったのだ。






 他の国で過ごすことなんてありえないことなのに、総長が受け入れてあまつさえ幹部にまでしているという事実とそれを赤の国は知っているのに黙っていること。魔法を消し去る魔法だと言っていたが、魔力が少しでも生じるものは触ることもできない。久遠さんも常にアジトの周りに結界を張っているものの自由に作ったり外したりできる。それなのにナルさんが魔法を受けている姿を見たことがない。部屋からも全く出てこない。




 一緒に何年も過ごしていて、付き合っていた時期もあるのだから隠しきることはできなかったようだ。






 でも私は気づくこともできずに否定した。








 顔を覆って、外の世界から断絶するように布団に沈んだ。












 ナルさんは化け物の私を受け入れてくれたのに。






 私は、受け入れなかった。














 私を支えてくれていた笑顔も、優しい声も、意外と強いところも、私のことを気遣ってくれている細かな声掛けの温かさも、きれいな顔も。










 全て、覚えているのに。














 思い出が、全て・・・・・・・・・・気持ちが悪いものに変わった。

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