ハーフやから
こんなはずじゃなかった。
どうしてこの二人が戦わなくてはならないのか。そう思ってしまうほどの圧倒的な戦力に俺は何をすることもできない。というよりは、猫かんから漂ってくる魔力の匂いが莫大に強くなりすぎて頭が痛くなってくる。猫かんが力いっぱいにぶつけている魔力に比べて、ナルは涼しい顔をしている。
それもそうだろう。ナルさんは魔法が効かないのだから猫かんの魔力を持っていても関係ない。
「嘘だって言ってください!だって、あなたは・・・赤の国の人なんでしょう!?」
いつものような可愛らしい笑顔なんてものは存在しない。
髪を振り乱しながら、無数の氷の結晶をナルに向かって飛ばしていく。
しかしその攻撃は届くはずがない。まるでそこには何もないかのように、彼の身体を貫いて床に刺さっていく。刺さるなんて生易しいものではなくえぐれている。もしもこれが彼の身体だったとしたらいとも簡単に命を奪ってしまっていただろう。
彼女が唯一信頼を寄せている相手であるナルの正体。
そんな存在であっても許すことが出来ないものであるハーフという人種。色を大事にするこの世界では半分の血が入っているというのは、本来気味が悪いものなのだ。言い伝えられている話ではハーフは違う国の人が恋に落ちて子どもを作ったとしても周囲からの目に耐えられず捨ててしまう事が多い。その時点で拾う人もおらず常に命を狙われる存在であるため5歳まで生きることすら難しいだろうとされている。もちろん生まれることも希少であり存在を隠しながら生きているため詳細は知らされていないが。
年齢が中性的で眉目秀麗すぎるがゆえにわかりにくいが落ち着きからして年上に見える。そんな年まで生きることが出来たのは本人の強さもあるだろうが早い段階で赤の国の総長に拾われたことが強く関係しているだろう。そしてその拾われた相手が恐らくハーフに対して寛容なことも大きいだろう。彼女の服装はいつも赤色だけでなく黒色も入っている。黒の国なんて存在はしないはずだが。
そんな過酷な環境で生き抜いた彼が見る景色は、元恋人が本気で瞳を狙ってくる姿。
こんな残酷なことがあるだろうか。
「残念やけど赤の国やないんや」
「うるさいうるさいうるさい!」
つんざくような声。
ナルの声が聞こえないように大きな声を出すねこかんは今にも泣きそうな表情。
「ナルさんは、違います!」
「あんたの持ち味は頭の出来は良くないけど圧倒的なセンスと冷静なところやろ。おれに魔法が効かへんことはわかっとるはずやで」
俺はあまり猫かんの戦っている姿を見たことはないが感情をむき出しにしているところも見たことがない。センスがいいのは明らかだろう。そもそも猫かんほどの魔力を持っていることがありえない状態で扱えているのだから。まぁ魔力栓はできてしまっているが。
毛を逆立てながら冷たい空気をまとっている。
「目をよこせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ここで猫かんが武力に変えてくる。
魔力が少しでも入っている状態だとナルには効かなくなってしまうため、彼女の身体能力だけで立ち向かうことになる。いつも魔力だけに頼っている彼女には少し分が悪くなるのではないか。
しかしそんな考えは杞憂だった。
猫かんが驚異の身体能力を持っていたというわけではない。
むしろ平均よりも劣っている脚力・・・その足で繰り出された蹴りは彼の目をめがけてしなったかと思ったが、彼には届かなかった。
白い脚を掴んで止めている。
「はぁ、あんたは魔力に甘えすぎとるって何回言ったらわかるんや。運動音痴なんやから鍛えとかんとあかんっていうとるやろ」
「私は魔力しかとりえがない人間です。他のことは頑張ったところで伸びることもないんです・・・それに、あなたさえいればもしも魔力が効かない相手であっても勝てるはずなんです」
懇願するような叫び声に、ナルが顔を歪ませる。
「おれは戦えないって言ってるだろ」
「なんでですか!」
彼が赤い国に住んでいるときはハーフとして過ごしていた。それは総長がハーフであることを受け入れてくれているのもあるが色を変えるという行為がタブーであるため替えの瞳なんて存在せずありのままの姿でいなければならないからだ。当然そんなことをしていれば反感を買う。
その結果、白い瞳を傷つけられたのだ。
片目だけではあるがそのせいで今まで握っていた剣を使うことが出来なくなったという経緯だったはずだ。
ナルは、薄く微笑む。
「おれがハーフやからやで」
そう告げた声はひどく冷たかった。
猫かんの匂いが、急激に上昇していくのを感じた瞬間、後頭部に容赦のない蹴りを入れられて気絶をした。
猫かんの冷たい空気によって出されるナルから呼吸に合わせて出る白い息が、寂しげな雰囲気を醸していた。
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