カモミールの絵

てっきりナルについてもらうという話から訓練をすぐにするものだと思っていたのだが彼の部屋に呼ばれた。この前引っ越したばかりなのに今度はナルの部屋に入ることになったのだ。こうなる理由を作った俺が言うのもなんだが非常にややこしい。




部屋に行くと簡単に入れてもらえた。




少ししかない荷物を運んでから座り込む。パソコンで部屋が占められているこの部屋だが男二人が距離をとって座れるくらいには広い部屋だ。ここを見つけられていなかったことが不思議だがここから総長や他の幹部が住んでいる部屋からは離れているから仕方ないだろう。




「ここって大事なものがある場所じゃないのか?俺って割と信用とかないと思うんだけど情報とか平気なのか。他の幹部とかと離れてるしさ」




キョトンとした顔をされる。




「まぁそりゃあ奏多には変に思うところもあるし正直言って戦い方は気に食わんけど仲間やし裏切ろうとする雰囲気は見えへんからな。もちろんくるみはそう思ってへんけど。他の幹部と離れとっても戦力的に問題ないし髪のこととかあるから離れとったほうがえんや」




「一応好意的に接してくれるってことか」




そう聞いてほっとする。




こういうところが女性からモテる(?)理由なのだろうか。確かにただ着飾っただけの言葉よりも真実をオブラートに包みながら伝えてくれるほうが気が楽だ。




「最近訓練ばっかりしとるみたいやから心配になったんや。猫かんもよく訓練しとるほうやけど久遠はやりすぎてまうところがあるからそうやって教えられたんちゃうんかって思って」




「そういえば久遠についているときは一日中訓練していたな」




しかもスパルタだからかなりしんどかった覚えがある。




そばに置いてあるパソコンを見ると、総長と猫かん視点の映像が流れていてそれぞれから音声が聞こえているため彼女たちの動向は把握できているのだろうが久遠のことは見ることが出来ないのだろう。




よく見ると二人のほかにもう一つ視点がある。




この部屋がうつされていてナルが対面に座っている視点だ。そう、まさに俺から見ているナルのような感じの・・・




「いや俺にもカメラつけられているのかよ!?」




やっぱり信用ゼロだな。そりゃあ裏切っていないってわかるものだ。




今まで特に意識してなくて過ごしていたけれど変なことをしてしまっていなかったか不安になる。というよりもどこにつけられているのだろうか。




「久遠は監視カメラつけられるのを嫌がってどうしてもつけさせてくれへんかったしくるみと一緒におるから特につけてなかったんやけど奏多と一緒に行動するってなったらちょっとつけとかんと二人とも監視カメラなしは不安やったんや」




「猫かんは勝手につけたんだろ?久遠にはそうしないのか」




「猫かんは身内には隙が多い甘さがあるから簡単に取り付けることが出来たけど久遠は常に自分の周りに結界を張っとるから気を許した総長しか触れられへんで」




総長しか触れないって結構限られた人だけなんだな。




「ナルと猫かんに気を許してないって意外だな。どちらかというと割と話しやすい部類に入るんじゃないのか」




俺としては総長や久遠のほうが絡みにくい部類に入るし総長に至ってはいつも話すときに少しだけ緊張してしまう。多分本人の威圧感もあるし、猫かんが異常に嫌っていたり、久遠がかなり慕っていたり、ナルとの二人だけの世界だったり、それぞれが総長に対していろいろな方向で強い思いを抱いているように見えるからだろう。




俺の知らない間にいろんな物語があるみたいだ。




「おれは後から入ってきたからな。それに猫かん自体は悪くないんやけど・・・」




そこまで言うとナルが考え込むように顎に手を当てた。




そして、決心したように顔を上げる。




「奏多もこの家の仲間なんやし、過程はどうであれ世界最強の猫かんに勝ったご褒美としておれのことをおしえたるわ。聞きたいか?」




「まじ?聞きたい聞きたい」




「そんなに楽しい話やないんやけどな。つまらないと思ったら聞き流してくれても構わへん。おれの生き方は決して正しいものやないから」




困ったように言っているナルは言葉を選んでいるように目を左右に動かしながら話をまとめているようだ。本当に今話してもいいかなと判断してくれたらしい。






「もしおれが間違ったとしたら止めて」






止めてといわれてもナルがどういう人生を歩んできたのかなんてわからないというのに変なやつだ。そう思ったがとりあえず頷いておく。時系列とか変なことがあったら指摘してくれということなのだろうと考えた。












おれは物心ついたときから一人やった。




それもただのひとりではなく、世界の中でただ一人のハーフ。今まで何度も独自に調べてきたが本当にハーフはおれしかいないようだ。当然だろう。色が大事にされているこの世界で、他の国の人に恋をしてましてや子どもをつくるなんて色の概念にとらわれないおれですら頭がおかしいと感じる。頭のおかしい親から生まれた子どもなんて歓迎されるわけがなく捨てられて無抵抗なまま殺されていく運命なのが多くのハーフが送る人生だ。




おれも例外でなく道端に捨てられていたらしいのだが、その道に偶然通りかかったのが赤の国の総長である東城らいなやったらしい。こればかりは運がよかったとしか思えへん。




拾った理由もかわいそうだったというわけでもなく、「色が二つもあるなんて珍しいから」という理由やったらしいから彼女らしい。




もともと東城家は総長一家だから生まれた瞬間に自分が生まれる国の髪と瞳で生まれる唯一の一家で兄弟の中に他国の総長が生まれることから自分の国の色が大事ではあるが他国の色に嫌悪感は少ない。




「なんでおれの名前はナルなの?」




なんとなく聞いたことがあった。




彼女は、自慢げににたりと笑った。




「君は非常に人を惹きつける美貌を持っているからね。ナルシストにならないようにという望みをこめた名前だよ」




こう聞いたときにはこんな見た目に生まれたことで街にもろくにいけないと幼いながらも理解していたおれはナルシストなんてものになれたらよかったんやけど自分のことが嫌いだったためそんなわけないだろうと軽く殺意が湧いたものだ。




白の国やったら髪やから本物の白の国の人の髪の毛を集めたものを利用させてもらって偽装できたが赤の国では瞳の色を変えるものなんてないから目を隠さないとハーフであることを隠せなかった。そこでも同じように一緒に過ごしていたからずっと目を隠すなんて不可能だったためそのままの格好で過ごしていた。




だから他の幹部からの嫌がらせは壮絶なものだった。




お前みたいなやつが赤の国を名乗るなと殴られたり髪を引っ張られたり切られたり様々な嫌がらせを受けていたが、うまい具合に隠していたためバレなかったし恩人である彼女に悟られたくなかった。彼女は別に気にしなかっただろうけれど。




毎日自分が生きていることに驚いて、今日もまた殴られるのだろうかと呆然と思うほどにこころが削れていく感覚がしていた。でも逃げたところで一人で生きていくことはできないし白の国に移り住む勇気もなかった。おれにとっては赤の国がすべてだったのだ。




そんなある日、出会ったのだ。






あの絵に。






「君もこの部屋に来てみるといいよ。きっと魅了されるはずだから」






息をのむような美しさだった。






自分のことを否定する総長以外の赤色は大嫌いだった。燃えているようなその色は自分の弱っている心まで燃えつくしてしまいそうで恐ろしかった。でも総長はかなり自分勝手で気まぐれだったためよく愚痴を言われていたがおれにはとてもやさしかった。おれはそんなやわらかい赤色が大好きや。






その花の絵も、総長と同じ色をしていた。






全てを包み込むような柔らかく、そしてはかないながらも豪華に咲き誇り人を惹きつける美。






彼女の瞳に映ったその絵を見た瞬間に自分の世界が変わった気がした。






「この絵を見ていると君と出会った日を思い出すよ。キャンパスは白色だろう?そのうえに赤色がつけられているのだから君の色だね」




「おれの色・・・?」




「君の名前の由来、ナルシストにならないようにっていったけれど本当の由来は色にとらわれず、私のように立場に縛られないで自由になにものにでも『ナル』ようにってつけたんだ」




自分の名前が気に入ってなかった。




どうして名字をつくってくれないのだと思っていた。どうせなら弟みたいなものとして東城の名前くらい勝手に語らせてくれてもいいだろうと思っていたときもあったが、東城の名前には制限が多すぎて彼女も大変苦労してきたのだと白の国の司令官になってから気付いた。それに名字なんかにとらわれずに自分が名乗りたい名字が出来たら語れるようにとかんがえられていたものだったのだ。




総長は自由そうに見えて拘束されていて姉妹ともときに本気で戦わなければならない運命だった。だからこそおれに託したかったんやと思う。




だから俺は聞かれなくても「名字はないただのナル」と伝えるようにしてるんや。






おれはその日から絵に通い詰めた。




そこにいると彼女もいっしょにみることが出来て、生きづらさや恐怖心も少しだけ気にならなくなってきていたのだ。






絵の前だと彼女は不思議と素直に気持ちを伝えてくれる。




おれが力をつけ始めてついに戦闘幹部になるころには訓練ばかりの生活をしていたが朝に総長と会う事だけが楽しみやった。その時間以外であったとしても他人として扱うようになっていっていた。昔は「らいな」と呼んでいたんやけど「総長」って呼び始めた。




「私もかなり好きだと思っていたけれどナルは本当にこの花の絵が好きだね。この花が何の花か知っているかな?」




そのころは身長がおれのほうが小さかったから頭を撫でながら言う。彼女はおれの赤色の髪を触ることが好きやった。年齢は何歳かしか変わらないはずなのに何もかもかが上に見えた。




総長はそのころから誰もがうらやむくらいに美人だった。もしも血なんて関係なく育てられた人に顔が似るのだとしたら自分の顔が好きになっていたかもしれないのに。




意地悪そうだといわれていたつり上がった目と眉も、意志が強く見えてかっこええしスリットの入った大胆な服装が下品だといわれていたが彼女の縛られない性格が表されていた。それに加えて一番印象的だったのは国として存在しない黒と赤が入ったドレスを着ており二色をまとっている人は今でさえ彼女以外にみたことがない。




「知らへん」




恥ずかしがっていたおれはその手をかわしてそっけなく返していた。うれしかったくせにな。




「カモミール」




口数が多い総長がただ、それだけを口にした。




「カモミール・・・」




弱そうな名前だとそのころは思った。




だってそこに飾られている絵は華やかで一本だけでキャンパスを埋め尽くすくらいに魅力的な花なのだからもっとかっこいい名前が付けられているとおもっていたからだ。




その花について調べてみると、描かれているよりも華やかな花ではなくて落胆した。






しかもその花はもともと白い花だった。






自分の片方の色。赤色も嫌いだったが、それ以上に総長との壁を厚くしている白色はもっとそれ以上に嫌いやった。






不満に思ったおれは後日に彼女に問い詰めた。




「カモミールと全然違うやんか。それに白い花なんやろ」




その日も絵の前にいた。忙しくなっていく毎日なのに彼女はいつもそこで絵を見つめていた。赤の国は白の国よりも幹部の仲がいいわけではなく質もよくないから一人で過ごしていることが多かった。おれが護衛したかったのだが年が若すぎて適さないとされてしまった。




「この花の花言葉を知っているかな?」




「わからん」




「『逆境に耐える』だよ」




「逆境に・・・?」




「もともとは真っ白なカモミールだったんだけど私が赤に塗ったんだよ」




芸術作品に色を付けるなんて良くないことだろうが、白色を赤に塗り替えるなんておれのことのようじゃないか。




カモミールはよく人に踏まれるのだがそのうえで強く育っていくためその花言葉がつけられたらしい。






少しだけカモミールが好きになった。








しかしこっそりと会っていたその日にも終わりが来た。




カモミールの絵の展示がある部屋に向かっているところを運悪く見つかってしまったようでつけられていてさらに総長がおらんかった。




一回り以上大きい相手が詰めかけてくる。




「なんだこのしょうもない絵。白い瞳で見るのはやっぱりくそみたいなものしか見えないんだろうな。総長もなんでこんなのばっかみてんだろうな」




いつものような語りかけ。




瞳を隠せるように長く伸ばしていた髪の毛をつかまれ瞳を露出させられる。皮膚が引っ張られるような感覚に顔をゆがめてしまう。




自分よりも大きい相手であるため自分の体重とともに負荷がかかる。




ミシミシと音が頭からなっている。








「総長もおれたちと一緒に行動しようとしないし赤黒の頭のおかしいファッションしているしわがままだしあんなやつをまもらなきゃいけないなんて最悪だよな。まじで総長じゃなければぶっ殺しているところだわ」








いつもあきらめているのに、耐えられなかった。










俺にカモミールは似合わない。






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