戦いの意味
あの後から猫かんとは気まずくなってしまった。
「じゃあ、訓練に行ってきます」
そういって訓練場に向かう猫かん。そういいながら今までは微笑んでくれていたのに目を合わせてくれないなんて今までの状態からは考えられなかった。
俺についてくるなというオーラを出しているためついていかないし彼女もそれを当然のように歩いていく。
もちろん一緒に訓練をあれからしていない。
どうしたらいいのかわからないため二人分のコーヒーを淹れてから椅子に座る。これは猫かんのためにではなく目に前に座っているナルのためにだ。
「あんたは何のために戦いたいんや」
そう、ぽつりと聞かれる。
その声は俺に尋ねているというよりも自分に問いかけているような口調だった。魔力がないナルにとっても思うところがあるのだろう。
「最初は猫かんを助けるために戦いたいと思ってたんだが猫かんに守ってもらわないといけないくらいの実力差があったし傷つけた」
しかしあんな結果を出してしまったのに、猫かんのような態度をするほうが普通だと思うのだがナルはかえって親しく接してくれる。
何が猫かんに平和な世界をもたらせるように背負ってやるだ。彼女の強さに真っ向から対抗せずにやさしさに漬け込んで勝利をつかんで傷つけてしまったのだ。傷つけることが好きではないだろうしましてや誇りである魔力がなくなっていく感覚は計り知れないほどの恐怖感があっただろう。
こぶしを強く握る。
我を失って勝つことだけに集中してしまった結果だ。
「ナルも戦闘専門幹部だったんだろ。何のために戦ってたんだ」
コーヒーのにおいを嗅ぎながら流し込んでいく姿を見ながら問う。戦闘ともなれば自分の命を危険にかけてまで戦わなければならないためよほどの理由があるのだろう。
「ハーフやからって迫害しかなかった人生やったけど、ええところが一つだけあったんや。定住するにはその国の色を持っていないといかんのやけど俺には二つの選択肢があった」
「赤の国と白の国か」
頷く。
彼の髪の下には真っ赤な髪が隠されていることを俺だけが知っている。
「赤の国に先に生まれて、迫害を受け続けていたからこの偽髪の毛を得てからは白の国で過ごそうかと思っとったんやけど、一枚の絵に出会ったんや」
その瞬間、彼の部屋に飾られた深紅の花の絵が脳裏によぎる。
こんな素人でもこの絵は素晴らしいと理解ができるほどに芸術を感じるような美を集めた絵だった。あまりそういう方面に明るくない俺でも思い出すことが出来る強烈なインパクトをもたらしたものだ。白しかないこの国であの深紅は目立つ。
そういえばらいなが部屋に入ってあの絵を見ても驚かなかったのはその絵があることを知っていたからということだろうか、と今更になって納得する。
「あの絵に魅入られた俺は、譲ってもらうために総長に頼みに行ったんや。今思えばハーフの子どもが総長に会って生きて帰ってくるなんてありえんやろうけど気まぐれで面白いもの好きな総長は喜んで幹部として戦うことを条件に了承した」
「絵のために迫害に耐えたのか」
絵をもらった段階で律儀に働く必要はないはずだがそれ以上の価値があったため彼は働き続けたのだろうと表情から察する。
だというのに今現在司令官として働いている理由が気になるが今聞く場面ではないだろうと自粛する。
「それが昔の俺の戦っていた理由。今の俺は・・・」
長いまつげで瞳に影を作っている。
「猫かんを殺すために、戦っている」
聞き間違いだと信じたかった。
驚きすぎて声が出ない。
もちろん動機としては十分存在している。もともと赤の国の幹部だったナルにとってはらいなに恩があるため白の国の最強の戦力である猫かんをつぶしてしまう事は恩返しにしてはお釣りで豪遊できるほどであろうと思う。しかし、ナルにとって猫かんは仲間であり、元カノであり今でもかなり慕われている状態であるのに殺すなんてあんまりだ。
そういってしまいたいのにナルの覚悟を決めた顔に何も言う権利はないと判断してしまった。
その後俺とナルの間で言葉が交わされることはなかった。
かつり、と足音と魔力の匂いに振り返る。
そこには久しく会っていなかった総長と久遠の姿があった。彼女たちはたまにすれ違うこともあったが本当にずっと一緒にいる。
長い髪の毛をなびかせながら微笑んでいる。
「ナルが外に出ているなんて珍しいね」
「くるみ。俺はあんたの部下やけど言われたことを必ずしも聞く必要なんかないし聞く気もないんやから」
空気が張り詰めたような気がする。
彼と総長が電話越しに話していたりナルの部屋に総長が入っていっているのを何度か目にしたことがあるため仲がいいものだと思っていたがそれなりに厳しいものがあるのだろう。
いつもの会話なのか両方は気にしている様子もない。
久遠も感情が見えない顔で立っているだけだ。
「今日は君に話があってきたの」
「え、俺?」
猫かんと同じように満面の笑顔をしてくれるのだが大人の女性であるためか妖艶な表情であるのに加えてなにか含めているかのような威圧的な雰囲気だ。この家の中で一番接しにくい人物だがこれがオーラというものなのだろうか。
意外にも総長は俺の存在を気にしていないのか基本的に関わってこない。
こうして俺に直接話をしてくるなんて初めてじゃないだろうか。
「奏多と猫かんの戦いの結果やろ。奏多が勝ったで」
ナルが質問を先取りして答える。
すると、総長の顔が一瞬凍り付いた。
「勝ったって言っても卑怯な手を使ったことは理解している。本当に悪かったと思っている」
総長が知らなかったとしても、猫かんの気持ちを利用して勝ったというよりも反則勝ちのような感じになってしまったことは謝っておくべきだろう。上司としても当然であるが、一緒に住んでいるのだから親に近い感覚なのかもしれない。それにしては猫かんは嫌っているようだが。
頭を下げたが、反応がない。
「こんなことはあったんか」
よくわからない問いに聞き返そうとしたがナルは俺に聞いているわけではないようで頭を上げると総長のことを見ていることに気付いた。
彼女は非常に驚いた様子だ。
「この場面で君が勝つはずがないんだよ。だって猫かんとの間にはあまりにも差があって、志も弱すぎるからボコボコにされて猫かんがみじめに思うはずなんだよ」
「いやすごい言われようだな」
そんなツッコミも気にされていないようで深く考え始める二人。
しかし久遠もこの状況が分かっていないらしく不思議そうな顔をしている。しかし目が合ったとたんそらされた。地味に傷つく。
でも本来まっとうに戦っていたとしたら総長が言っているようなことになっていただろう。
「もしかして君ならなんとかできるのかもしれないな」
そういって見つめられる。
「どういうことだ」
なんとかできるのかもって言われても何の話かさっぱりわからないんだが。戦えといわれてもなんと今回は猫かんという知っている人物で大きすぎるハンデを抱えてやっとという状態だったのに戦場に立てといわれてもどうしようもないぞ。
勝ち方に興味はないようで勝ったことだけを気にしているようだが幻滅されそうで怖い。
聞いた質問が聞こえていないのか聞こえているけれど無視されているのか返答は返ってこない。
「君はハズレだと思っていたけれど使えるかもしれないとわかったよ。強くなれるようにちゃんと支援をしようか」
「ハズレって失礼なやつだな」
「でも彼には『定型』と異なっているところが多すぎるんとちゃうか。今はこうしておれが観察しとるけど今回のように他の幹部に危害を加える恐れもあるやろ」
『定型』・・・?聞きなれない言葉だが会話の流れから俺の話なのだろう。口をはさみたくなるがどうせ答えてくれないだろう。
すると、今まで黙ってみていた久遠がおずおずと動いた。
「総長、ナルさん。事情は知らないけど、その話佐倉くんの前でいいの」
俺に強い警戒心を抱いている久遠は二人の会話を俺に聞かれることを心配しているようだ。確かに俺に対して決して好意的ではない話なことは話の内容がわからなくても理解できる。
すると二人が振り返る。
俺が話しかけてもそんなに反応しないのに久遠が話しかけたらすぐに反応するのは信頼度の差から仕方ないのだろうが寂しい。
「彼の前だからいいんだよ。もしもこれから幹部の皆を傷つけるようなことがあったらナルが始末をすればいいよ」
「おれやったら奏多の得意技もすることが出来ひんしね」
俺の得意技とはおそらく魔力を利用して魔力を操作する技のことだろう。そうなると強さで言ったら猫かんが一番だろうが魔力操作への対処となればハーフだから魔力を持っていないナルを当てるのが最適だろうと思われる。
ナルの正体を知らない久遠がいる場だったから言えなかったのだろう。
「今日からは俺が奏多につく」
つまりは幹部の久遠や猫かんときてナルまでついてもらうなんて全員についてもらうことになるのか。我ながらやらかしすぎている。
「ついでにナルは物理攻撃がかなり得意だから鍛えてもらったらとても役に立つと思うよ」
戦闘幹部もしていたのだろうからやはりそうなのだろう。
猫かんは魔法を全面的に使うタイプのようで物理攻撃をしているところは見たことがないためそこまでなのだろうが物理攻撃専門にしている人に鍛えられれば確かに役立ちそうだ。
ナルも気さくなほうだから話しやすいし。
何か不審なところがあったら殺される可能性もあるが。
「あと、ちょっとナル来て」
手招きされて立ち上がるナル。
総長はその腰に手を当ててから外に誘導していく。そのナチュラルなエスコートを女性がしていることから大人の世界を見ている感じがする。ナルは年齢不詳であり見た目があまりにも美形すぎて年齢が上にも下にも見えるのだ。美形は男性か女性かもわからないこともあるという話を聞いたことがあるため結果的に中性的になるのだろう。
そのままナルの部屋に向かったようで総長の匂いが遠くなっていった。
いよいよ怪しい感じがするな。
でもナルは猫かんや総長、赤の国の総長に好意的な目線を向けられている感じがするのだがたらしなのだろうか。俺は現在猫かんに嫌われていて総長にもハズレだと思われていたけれど見直したかと思ったら不審なことをしたら殺しておけと命令され久遠には裏切られて殺されかけらいなにはピンヒールで背中に穴をあけられかけた。
あれ、俺って嫌われすぎ?てか味方いなくね?
そんなみじめな妄想を抱きながら、俺はナルのかえりを待っていた。
ナルの部屋で、二人は向き合って座っていた。
「ナルが赤の国の人とつながっているって噂を聞いたんだけどどういうことかな?」
総長が一枚の紙を突き出した。
そこには赤の国の印が入っている手紙だった。そこには彼女たちの隣に飾っている真っ赤な絵についての話だけが記述されていた。
「ただの絵について手紙をとりあっとっただけの話やで」
「今回は今までと違うんだからナルが動く必要なんてないんだよ」
「でも、もう限界なんやろ?いつまでも希望ばっかり抱いとっても意味がないことくらいわかるやろ」
二人だけが分かっている会話に、総長は悲しげに目を伏せる。
「大丈夫やから。ただ普通の話をしとっただけや」
ナルが慰めるような口調で言う。
しかしその顔はいつもの優しい顔ではなく、感情を捨てたような冷たい表情をしていた。総長の長い髪が日の光が浴びきらめているのに対して彼の偽物の髪の毛はつやがない。
「ナルがいなくなってしまったら私はどうやって過ごせばいいのかわからない」
そういって顔を下に向けた総長に、ナルがしたのは甘い優しい「裏切ったりしない」「君のそばを離れない」という言葉ではなくその背中を撫でることだけだった。
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