猫かんとの闘い

訓練用の部屋に来たのは何度目だったか。




何度も何度も魔法が出されている場所ゆえに俺はあまりこの部屋が好きではない。魔力の匂いが染みついているのだ。最初に久遠に連れられてきたときは顔をしかめてどうしてこんなところに来なければならないのかと思ってしまった。




この部屋に入った瞬間皆は顔つきが変わる。




やはりここは戦うための場所なのだと思い知らされる。




いつもはただ猛烈なにおいがするだけの可愛らしい女の子というイメージである猫かんだったが表情を消して戦う準備をしている姿を見ると、戦争のときにみた冷たい瞳を忘れてしまうため心苦しくなってしまうがそれ以上に圧倒的な存在感。




「制限時間は15分。猫かんはハンデとして三本の魔力抑止のブレスレットを装着してその場から離れてはいけない。奏多は回復魔法やし猫かんとの実力差を兼ねてのものやけどこれでも正直戦いは厳しいものがあるから、危険やと判断したときにはおれが止めに入る。ええな」




二人とも頷く。




ナルさんは公正のために審判をしてくれるといっているが猫かん視点のカメラに加えて手持ちのカメラで撮影していることからデータ収集と止める役割のために来ているのだろう。




猫かんの腕には装飾の少ない三重の金色のブレスレットが光っている。そこからは猫かんから吸い取った分の魔力が凝縮して匂いが集中している。




「じゃあ、始めるで。3.2.1」




カウントが進んでいき、始まりの合図としてナルの手が下がる。






それを横目に確認しながら俺は手始めに一直線に猫かんに突進していく。






久遠から鍛えられた脚力で、地面を蹴り、加速していく。




彼女は床に白いチョークでつけられた円の中から出ることはできない。だから俺の蹴りを避けることはできない。




つまりは・・・






「素直な戦い方ですね」






彼女は氷で創ったシールドを張った。先ほど自分は傷つける才能しかないから人並みでしか防御はできないといっていたが、三つの魔力抑止ブレスレットを付けているというのに一般的な防御魔法使いの中でも上級の人のシールドだ。




そう来ることはわかっていたし、謙遜であることも想定内だ。これは戦う前からどのくらいの実力なのかを判断できるためにできる戦法だ。




俺はそのシールドを蹴って飛びのくと、足についた氷によって壁に張り付くような体勢になる。




その瞬間考えを巡らせる。




ある程度想定の範囲内だ。もちろん最悪の状態を考えていたのだがその最悪の範囲内だからいい状態とは一切言えないが。






壁を蹴って、背後に回り込む。








そして蹴りを放つ。






油断できる相手ではないため容赦もなく頭部を狙ったものだ。その手入れがされた白い長い髪に向かって足を振り上げた。






「ごめんなさい」






ビィィィン・・・と壁から悲鳴が聞こえる。






こちらを向いていないはずなのに後ろに目があるのかと思ってしまうほど正確に、氷の結晶が顔の横を通って壁を突き刺した。




直感で分かった。




今のは外してしまったのではなくわざと外してもらったのだ、と。




「今度は私の番です」




そう、小さくつぶやいている声を聴いたかと思うと






重力が急に重くなったのかと思うほどに簡単に俺は床に這いつくばっていた。






しばらくたってから気付いたのだが、とんでもなく大きい氷の結晶が俺の上にのしかかっているのだ。濃厚なにおい。






遠くで見守っているナルが視界に入る。馬鹿にしている表情でもなく、俺のことを心配している様子もなくただの石ころを見るようなどうでもいいものとしかとらえていない表情。優しく微笑みを向けている彼はそこにはいなかった。




猫かんも、すぅっと目を伏せる。




勝敗が決まったという空気。




ナルが時計を見ながら嘆息をしてストップをかけようと口を開きかける。時間で言えば制限時間の15分には遠く及ばないだろうが、数分で俺が勝てないと分かったためだろう。






まだ負けていない。






俺は、手を前に出した。






猫かんは油断していなかった。俺のその小さな動作を見て次に何が来てもいいように戦闘態勢に入っている。ここで強者は油断をしていたため倒されるっていうのがセオリーだろ。




「回復」




回復魔法には、2種類ある。




人をいやすための魔法と、ものを再生する魔法だ。






猫かんの白の丸に巻いていた種が急成長する。






「なるほど、これが何か意味でもあるんですか?」






彼女の足を巻き込んで成長していく植物を足ごと凍らせていく猫かん。瞬時に判断していることによりくるぶしまでしか成長させることはできなかった。




植物の種をまいていたのは先ほどの先制攻撃のときだ。接近戦をして白い丸のところに蒔きたかったため一気に近くに行く必要性があったためにいきなり蹴りから入ってみたのだ。その作戦も意味がないまま終わってしまったが。




普通の戦いだとこれによって猫かんの動きが少なくとも動きにくくはなっただろうがもともと白い丸から動くことが出来ないため意味がない。








だが、これは意味がある。










「うおおおおおおおおおおお!!!」










大きな咆哮とともに突進する。体を低くして、彼女の急所に入るために距離を思い切って詰めていく。先制攻撃のときとまるで変わらない攻撃。






彼女はそれでも冷静だった。






それでいい。だからこそここで最初の先制攻撃が効いてくる。






これでもしも先制攻撃がなかったとしたら馬鹿なことをしてきたとただ先ほどと同じようにシールドを張っていただろう。




もしも植物の種の攻撃がなかったとしたら考えていたかったであろう考えが出てくる。




もしかしたら何かあるかもしれない、と。






俺は、足元の植物に目を向けた。






すると、やはり彼女が足元に一瞬だけ目を向けた。








ここだ。








俺は、手を目いっぱいに前にもっていく。




彼女の白い肌に触れるために後ろから近づいていく。勝算はある。ただ触れるだけで十分なのだから、余計な行動はしない。




腕がちぎれそうなほど、手を伸ばす。






届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け届け・・・っ!






ただ






世界最強はそれすらも気にはしなかった。








「ここまで来て正面突破なんてかっこいいですね」






そういって、先のとがった結晶を、俺の眼前に召還した。






このまま進んでいけば顔につきささって怪我どころでは済まない事態になってしまうだろう。もしかしたら自分でも治すことができないほどの大けがを負ってしまってこれから幹部を目指して活動することなんてできないかもしれない。




目の前にとがった先端が近づいてくる。




優しい彼女は逃げて下に着地できるような速さで結晶を投げかけてきているのだ。しかし顔をよけるだけでは逃げ切れないという絶妙な卑怯さも兼ね備えている。








「そんなの、気にしない!」






彼女は振り返った。






結晶が俺の眼前に迫って、頬にめり込む。じくり、とした痛みが冷たさよりも先に来る。血が流れてきて冷たい中にも温かい感覚が通る。




めりめりと、頬をえぐっていく感覚とともに回復魔法で治療をしつつも、痛みを感じない魔法がかけられたらいいのに、とのんきなことを考える。






分かっているのだ、優しい彼女なら何をするのか。






猫かんの顔が歪む。






そんな顔をしていても、神様に愛されたとしか思えない美貌のナルよりもかわいくて、好きだと思うほどに俺も歪んでしまっている。






魔法が消滅した。






頬を突き刺していた痛みが消失して、俺は猫かんの肌に触れた。






とても久しぶりに触れる彼女の身体は俺とは違って柔らかくて、すべすべしていて・・・とても、凍ったように冷たかった。




自分さえも冷えてしまいそうな体温に自分の温かさがしみこむように、押し込む。






すると






「ぁ、あああああぁぁあああああ!!」






悲鳴が上がった。




こうなることはわかっていた。






俺は猫かんの魔力を弄ることが出来る。だからこそ魔力栓を治すことが出来るのだが魔力を操作することもできるのだ。ただし世界最強少女になにかあったとしたらいろんな意味で俺の首が飛んでしまうから魔力を吸い取っているブレスレットに向けて魔力が流れるように誘導する。




彼女の身体から魔力が抜けていく。






「そこまで」






そう、落ち着いた声が響いたときには猫かんはしゃがみこんでいた。




俺が手を離すと魔力が戻っていく。






俺たちの戦いを止めたナルは冷たい目をしていた。それは、先ほどの戦いの中で見ていたときよりも冷酷な視線だ。




「今回の戦いは、奏多の勝利」




そういいながら猫かんの肩を優しく叩いている。




「でも、おれは認められへん。もしもおれがこの試合で止めてなかったとしたら——————どうしてたんや」




落ち着いた声の中には、怒りがはらんでいる。




思い出してみる。ナルが止めるまでは俺は猫かんの身体から魔力を吸い取っていた。とはいっても移動しているだけだが魔力の移動というものはかなり負担が大きいものだ。そして時計を確認すると残り時間は5分もあった。




この間があったとしたら。




「五分もあったら魔力を全て移動させてたな」




「それがなにを意味しとるかわかってんのか」




「そりゃもちろん戦いだし」




「そのことは戦いやからええ。自分の身体を犠牲にして、猫かんのやさしさにつけこんで戦ったところも戦法や。でもな」




怒られるだろうと思っていた点を全て肯定される。




猫かんは何も言わずにただ座り込んでいる。その顔は抱きしめているナルの胸に向けられているため見ることが出来ない。




その体は震えていた。




「あの場面で傷つきながら突進しとったのと、赤の国の総長と一緒に行動していたのに堂々として気に入られ殺されかけたのに平然としとるところもおかしいと思っとった。それに色に関して無関心でどの国のやつでも平等に接しとる」




淡々と、不審に思われていたことを口に出されていく。








「そして猫かんの魔力を簡単に操作して優しさに漬け込んでいく精神力。・・・あんたは、人間としてかけとるもんが多すぎる化け物や」








俺は、その話を聞いて否定したい気持ちになった。






でも何も言えなかった。








初めて猫かんと戦ったこの日、勝ったのは奏多だった。
























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